第2講

 では、講義を始めます。

 前回の講義では乱数と疑似乱数についての解説を主に行いました。今回はその乱数が、戦争とどのような関わりを持っているか見ていきます。


 皆さんは当然「戦争」を知っていると思います。何しろ今この渡瀬市も戦争中ですからね。

 過去、概ね二十一世紀ごろまでは、戦争とは国家間の武力衝突を指していました。領土や宗教など様々な主張の食い違いを解決する手段として、平和的交渉などでは解決できない場合に発生するものでした。まあ、当然例外も多々あったとは思いますが。

 翻って今日、この旧来の意味での戦争はもはや起きていないことは皆さんご存じでしょう。多大な犠牲と悲劇を生む戦争を、我々人間は初めて克服することに成功しました。それは非常に喜ばしいことです。

 しかし、それによって生まれる弊害を見過ごしてはなりません。人口過多ですね。

 科学技術や医療の発達、過去には途上国と言われてきた国々の発展により、人間の平均寿命は驚くほど伸びました。しかし人が生きるための資源は限られています。

 食糧、飲用水、土地といった資源は、人口の増加に伴って枯渇していくわけです。

 そこで編み出されたのが、現在行われている、人口増加を抑制するシステムとしての戦争です。


 先ほど述べた通り、もはや人間同士が武器を手に争い、命を落とす時代は終わりました。そのような悲劇的ではない形で、人口増加を抑制する必要があります。ここで、前回の講義で述べた乱数が活躍するわけですね。


 皆さんの中で、自分、あるいは家庭が、住んでいる自治体から電子計算機供出命令を受けたことのある人はどれくらいいるでしょうか? 挙手を――ああ、結構多いですね。おおよそ四分の一くらいですか。


 今日の戦争は、自治体同士の長が合意して開始されます。そして、敵対する自治体の死亡者は疑似乱数によって決定されるのです。ランダムに生成された数字によって死ぬ人が決まる。もちろん人の死は悲しいものですが、人間同士がお互いに憎しみ合い、恨み言を残しながら死んでいくような悲劇的なものではなくなりました。

 では疑似乱数はどのようにして決まるのか? ということですが、それには皆さんも持っているパソコンを使います。

 人の死が関わるわけですから、疑似乱数はできるだけランダムでなければなりません。もし疑似乱数に簡単な規則性があったなら、自治体が住民ひとりひとりに発行する管理番号を見て、死ぬ人を予測できてしまうわけです。それではどうしても不公平に感じてしまう。

 そういったわけで、戦争において用いられる疑似乱数の生成アルゴリズムは非常に高度です。前回の講義で紹介した線形合同法なんかとは比べ物になりません。

 ……そういえば、コメントペーパーは概ね目を通しましたが、計算を間違えている学生も何人かいましたね。あのくらいの計算でも人は間違えることがあるわけですが、現在実用されている疑似乱数のアルゴリズムは、人の手計算で再現することは100%不可能です。

 少し話が逸れました。今日の戦争では、電子計算機供出命令によって自治体がたくさんの住民からパソコンの計算能力を借り上げ、それを総合して疑似乱数を生成し、敵対する自治体の死者を決定するのです。

 実はこのような例は過去にも幾つか存在します。有名なところでは――これはかなり古い例ですが、二十世紀の終わりから二十一世紀にかけて、SETI@homeという世界的なプロジェクトがありました。

 これは、電波望遠鏡から得られるデータの中に、地球外生命の痕跡、つまり宇宙人からのメッセージのようなものがないかどうか探索するプロジェクトなのですが、その計算に、世界中からボランティアを募り、一般の人々のパソコンの計算能力を使ったのです。まあ特段成果などはなかったようですが。


 ……今日の戦争では、疑似乱数を用いて死者を決定します。そして不公平感を解消するため、そのアルゴリズムは非常に高度なものでなければならない。これは国際法で決まっています。詳細は省きますが、周期が2の397483969乗未満であってはならないとか、細かなルールがたくさんある。それらを満たすようなアルゴリズムを、この大学でもそうですが、情報科学科などの教員たちは研究しているわけです。

 また、アルゴリズムの速度も重要です。いくらコンピュータは計算が速いとはいえ、国際法に準拠した疑似乱数の生成には非常に時間がかかり、結果として多くの住民からパソコンの計算能力の大部分を借り上げなくてはならない。

 実際に供出した人はおそらく、パソコンを使いたいのに使えない、ゲームしたいのにできないという経験をしたことでしょう。そういった不都合を減らすためにも、アルゴリズムの速度は重要になってくるわけです。


 さて、少し長くなってしまいましたので、今回のコメントペーパーは記名のみでよいことにします。有意義なコメントがあれば加点の対象としますが、記名のみでも減点しないので安心してください。それでは提出した人から退出して構いません。

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