第四十七話 第三王女ベルベキア・モントリオール


 動揺しながらも師匠が教えてくれたのはラーツィアが姉と呼んだ人物のこと。


 ラーツィア・モントリオールの姉、モントリオール王国第三王女。

 

 戦闘による激しい動きを阻害しないようにストロベリーブロンドを頭頂部で編み込み一纏めにした彼女は、『グレートソード』の恩恵を有した自由奔放、傍若無人、傲岸不遜な『暴虐姫』。


 Aランク冒険者にも引けを取らない武力に加え、堂々とした立ち振る舞いから性格の苛烈さはともかく彼女個人のファンも多いらしい。


 その心情は強さこそがすべてであり、強力な恩恵を持ち自らを打ち倒せる者の元へと嫁ぐと国民の前で高らかに公言しているそうだ。

 また、他国にもその話は有名で挑戦する者が後を絶たないとか。


 もっとも彼女のお眼鏡に叶った人物はいなかったそうだが。


 それにしても、ラーツィアのお姉さんだけあって相当な美人だな。

 丈の長いローブに身を包むんで佇んでいるだけなのに会場中の注目が集まってる。


 自らの恩恵に絶対の自信を持つ彼女は、この熱狂渦巻くオークション会場にあって立ち姿からも覇気を纏っているのが窺えた。

 

「はわっ、はわわ」


「ツィア、落ち着いてくれ」


 こんなに取り乱したラーツィアを見るのは初めてだ。

 視線は泳ぎ、パタパタと手を動かす。

 おいおいなんだこのカワイイ生き物は。


 しまった。

 そんなことを考えてる場合じゃない。

 このままじゃ要らない注目も集めてしまう。


 オレがラーツィアをどうなだめるか思案している最中に、落札の声を挙げた人物が何者なのかいち早く気づいたジーエックスが動く。


「これは驚きました! 王国の姫君、先日惜しくも亡くなったラーツィア・モントリオール様の姉。『暴虐姫』第三王女ベルベキア・モントリオール様がこの会場にいらしていましたーー!」


「っ……!?」


 司会のジーエックスの会場中に響く言葉に凛としていたはずのお姉さんの表情が瞬く間に曇る。

 それはラーツィアが亡くなったという事実にショックを受けていることが容易にわかる表情。


 それにしても……マジでアイツ配慮ってもんを知らねぇな。


「……ラーツィアは温厚で優しく大人しい子だった。私の大切な妹」


 勇ましい立ち姿だったはずの彼女が急に小さく見える。


「……彼女は確かにもういない。だが! 私は決して忘れない! 彼女という大切な妹がこの王国に存在していたことを! 彼女が誰よりも安寧を愛し、他者を慮れる人物であったことを! ラーツィアは私の妹であったことを!」


「ううぅ……ベル姉様ぁ……」


 ラーツィアのこと大切に想ってくれていたんだな。

 オレは孤児だから本当の兄弟はいないけど、実の姉妹っていいものなんだなとラーツィアの流す涙を見て思う。


「……少し取り乱したな。今日は皆が楽しみにしているオークションに水を差しにきたのではない。私も新たな大規模ダンジョンを楽しみにここにきたのだ。皆気にしないで楽しんで欲しい」


「おい、ジーエックス! いい加減にしろよ」


「は、はい! これは大変失礼しました!」


 ステリラちゃんにドスの利いた声で怒られるジーエックス。

 そうだ。

 もっと怒られろ。


「ん? どうしたんだ師匠?」


 するとなぜか師匠が狼狽したままだった。

 え?

 なんかあったっけ。


「いや……ベルベキア様があのような殊勝なことをおっしゃられるとは……夢でも見ているのかと思ってな」


「えー」


 不意に呟く師匠の言葉に耳を疑う。

 ど、どういうこと。


「ベルベキア様は……誤解を恐れずにいうと……嫌がる姫様を強引に外に連れ出そうと画策していたんだ。……それも何度も」


「はい……ベル姉様は『たまには日光を浴びないとカビが生える!』といってわたしを何度も古塔から連れ出そうとして…………わたしは寝ていたかったのに」


 う、う〜ん。

 古塔にずっといたら不健全だと思ったんだろうな。

 気持ちはわかる気がする。


「ベル姉様は酷いんですよ! 『なら部屋の中でできる運動をしよう!』って突然言い出して朝から夜までずっと腹筋運動? をさせられて! そのせいで夜中にお腹が痛くて眠れなかったんです!」


「そ、そうか……」


 いや〜、割といいお姉さんなんじゃないか。

 話を聞く限りラーツィアを心配して何度も幽閉されていた古塔を訪ねてきていたみたいだし。


「ベルベキア様は普段戦闘に使える強い恩恵の持ち主にしか興味を示さないんだが姫様だけは例外でな。よく魔物を狩りに遠征した後に古塔に姫様の様子を見に来てくれたものだ」


 ラーツィアはむくれているけど、師匠の説明を聞くとやっぱりいいお姉さんだったのでは?

 『暴虐姫』なんて恐ろしい異名で呼ばれても、優しいところもあるんじゃないか。

 噂はアテにならないもんだな。


「さ、さて! 気を取り直してオークションを再開しましょう!」


「お前のせいだろ……」


 ステリラちゃんの厳しい監視の目が光る中、慌てて司会としての仕事を思い出すジーエックス。


「えー、ベルベキア様が金貨千枚を出してくださるとのことでしたが……。他に落札したい方はいらっしゃいますか! いなければベルベキア様の――――」


「――――ちょっと待って欲しいね」


「んんっ!」


 今度は会場の隅。

 またもやフードで顔を隠した人物。

 おいおい今度はなんだ。

 こちとらラーツィアのお姉さんの登場でもうお腹いっぱいだぞ。


「おじさんもその魔法具、落札させて欲しいんだけど」


「なんだと?」


 フードを被った人物、多分男を鋭い眼差しで睨みつけるラーツィアのお姉さん。


「ぼくは金貨千百枚だそう」


「……」


 いきなり百枚上乗せ!?

 どんだけ魔剣柄が欲しいんだよ!


「おおっと! これは謎の人物が金貨千百枚! 千百枚! ベルベキア様に宣戦を布告してきたぁ! 皆さんお待ちかねの波乱の幕開けだぁ!!」


 ジーエックスの叫びが会場に木霊する中、フードの人物とお姉さん、両者の激しい視線がぶつかり合う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る