第十二話 土地の値段


 予期せぬ訪問者の一件からオレはこの家の事情を二人に話した。


 爺さんの所有物だったこの家を守るためにはこの土地の今の持ち主であるロガンから買い取る必要がある。

 オレとしてはこの家に匿うからにはいずれ話さなければいけないことだったが、それでもこんなタイミングになるとは予想していなかった。

 

「うぅ……アル様はお爺様との思い出を手放したくないんですね」


「……この土地を買い取るために、か」


 純粋なラーツィアはまるで自分のことのように親身になってくれる。

 しかし、師匠は冷徹な眼差しを浮かべオレを見詰めていた。


「それで? いくらなんだ。ここは辺境だ。この家の価値はともかくそれほどの金額とは思えないが?」


「金貨三千枚」


「………………はぁ?」


 値段を告げられたときの師匠は顎が外れるんじゃないかと思うくらい大口を開けていた。

 まあ、無理もない。

 王国の護衛騎士の給料がどれくらい貰えるかは検討もつかないが、この土地の金額が相場より随分と吹っ掛けられてることはわかるだろう。


「バカなっ、そんな金額……王都でもそれなりに広い土地を買える額だぞ!」


「あー、そうだろうな」


 ランクルの街で一月の給料は大体金貨十枚から十二枚だろう。

 年間で金貨百二十枚から百三十二枚。

 そこには当然生活費として消える金も含まれている。

 手元に残るのは金貨数枚もないだろう。


 一方冒険者はランクによって差が激しいから比較が難しいが、ゴブリン一体の討伐で銀貨一枚の報奨金が貰える。

 それでも、銀貨十枚で金貨一枚分だから、ゴブリンなら三万体も倒す必要がある。


 ……改めて考えると途方もない数字だな。

 そもそもゴブリンだってそんな数がランクルの街周辺に生息している訳がない。

 だがそれを三ヶ月で稼ぐ必要があるんだから笑えもしない。


「この家を訪れる道中、他の民家は一切存在していなかった。家周辺は林に囲まれフワダマまで住み着く始末。しかも、ここは街からかなり離れた位置にあるだろう? そんな不便で発展の余地のない土地が金貨三千枚の価値だと、バカげてる!」


「オレも相当吹っ掛けられてるのはわかってる。だが、土地の所有者は間違いなくロガンの奴だ。……応じるしかない」


「その……わたしお金のことは詳しくないんですけど……」


 ラーツィアは師匠の持つマジックバックに視線を移す。


 このマジックバックという魔導具はオーガの素材を収納したように、実際の大きさと内部の空間に違いがあり、さらには中に入れたものの重さを軽減する効果がある。

 非常に高価で一般市民には到底手の出せない代物だが、高ランクの冒険者は必ず所持する代物だ。

 王国のお姫様のラーツィアならマジックバックを所持していてもおかしくない。

 きっと師匠がラーツィアの代わりに持っているんだろう。


「アル様さえ良ければそのマジックバックには王都から脱出する時に入れた換金できそうなものが入っています。そこから必要な分を使っていただければ――――」


「姫様! 何をおっしゃるのですか!? この中には姫様が女王様からいただいた大切な装飾品の数々が……」


「レオパルラ、アル様は命の恩人です。このうえ匿っていただこうというのなら、せめてお家賃を払わなければいけないのではありませんか? わたしはアル様の助けになれるなら売っていただいて構いません」


「ひ、姫様……」


 ラーツィアの瞳は嘘を言っているようには見えなかった。

 本心からオレの力になりたいと願ってくれている。

 ……こんな、こんな人がいるのか?

 オレは衝撃を受けていた。

 

 オレはゴミ恩恵だ。


 恩恵がわかった途端離れていってしまった人がいた。

 恩恵がわかった途端態度を一変させてしまった人がいた。


 勿論変わらず優しくしてくれる人もいる。

 それでもラーツィアのように心から他人を案じてくれる人には出会ったことがない。


「……悪いけど、それは受け取れない」


 ラーツィアが差し出そうとする綺羅びやかな装飾品を仕舞うように促す。


「ですが! それではアル様が困ってしまいます……」


 悲しそうな顔をしないでくれ。

 オレは小指に嵌めた白金の指輪を掲げる。


「オレには……ラーツィアの譲ってくれたこの吸魔の指輪がある。ラーツィアが許してくれるならこれを使わせて欲しい」


 この指輪はオーガすら倒せる指輪だ。

 

 オーガの討伐報奨は金貨三枚。

 さらに、それとは別に冒険者ギルドではオーガの素材も買い取って貰える。


 この指輪を駆使すれば諦めていた金貨三千枚を稼ぐことも不可能じゃない。


 ただそれはゴミ恩恵のオレが冒険者として目立つことになるということ。

 追っ手に追われているラーツィアたちも同じ家で生活するなら必然的に目立つことになる。

 ジルバという探し人が見つかりラーツィアたちの安全が確保できれば問題は少ないが、ここに長年住んでいるオレもわからない相手だ。

 情報を探すにも時間がかかるかもしれない。


 オレは拙いながらも自分の考えを二人に伝えた。


 そのうえでラーツィアの出した答えは……。


「わたしも冒険者になります!!」


 本当にこのお姫様は驚かせてくれる。

 オレの不安や懸念を飛び越えて楽しそうに提案してくれるラーツィアの姿は自由そのものだった。

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