第三話 眠り姫
「姫様っ! どこかに身を隠していて下さい!」
レオパルラと呼ばれた女騎士の必死な声が、静寂だった森に反響する。
「ガアァァァーー!!」
オーガが動き出した。
その太く赤黒い腕を振り回し、女騎士に凄まじい勢いで殴りかかる。
「ぐぅっ」
女騎士の表情が苦悶に歪む。
無理もない。
直撃こそしなかったが、外れたオーガの拳が地面を殴りつけただけで、爆発が起こったかのように衝撃が放たれた。
しかし、女騎士は即座に体勢を立て直した。
そして、自らの恩恵を使用する。
「『ファルシオン』」
「……あれは、武器系統の恩恵……」
女騎士の手元に現れたのは一本の短刀。
片刃であり、刀身の長さは七十センチメートルはある。
武器系統の恩恵、その具現だった。
「やあぁぁぁーー!!」
彼女はその短刀を裂帛の気合いと共に振り下ろした。
「ギャアァッ」
オーガが呻く。
短刀はオーガの筋肉に覆われた鋼の身体を切り裂き確実にダメージを与えていた。
それにしても、女騎士の動きは速い。
もしかしてあれが闘気を使った戦い方なのか?
素早さで翻弄し、オーガの攻撃を尽く避けている。
オーガは討伐難度Bの魔物だ。
頭部からは二本の角が生え、赤黒い体表の筋肉質な身体は
、弱い武器では傷一つつけられないほど硬いらしい。
それと互角に戦いあまつさえ次々と傷を増やしていく姿に、オレの恩恵との圧倒的違いを見せつけられた。
勿論体術や闘気の扱いの差もあるが、それでもオレでは到底到達できない領域で戦っていた。
オレの助けなんて要らなかったか……。
差を見せつけられて、その場から去ろうかとも考えていた時、それは目に入った。
「う、うぅ」
「っ、まだ逃げてなかったのか!?」
思えば無理もないことだ。
明らかに戦闘をするような服装でもなく、姫様と呼ばれていることからも王族か貴族だと分かる。
そんな女の子がいきなりオーガの前に放り出されて、動ける筈がない。
「……どうする、どうすればいい」
女騎士とオーガの戦いは、ますます激しさを増している。
女騎士が二本目のファルシオンを作り出して攻撃すれば、オーガは急所の眼や心臓を重点的に防御して反撃にでる。
オーガが大胆に接近して殴りかかろうとすれば、女騎士はファルシオンを投げつけ牽制する。
いつ均衡が崩れても可笑しくなかった。
そんな時、ついにオーガが姫様と呼ばれた女の子に向かう。
「ガアァァァアーーー!!」
「っ、このっ、その先には行かせない『ファルシオン・ファング』」
女騎士の恩恵を利用した攻撃が飛ぶ。
空中に作り出されたファルシオンが、まるで流星のように交差する軌道で一直線に空を駆ける。
「ギャアァァァッ」
オーガの太い二の腕に突き刺さった。
効いている。
だが、痛みに悶るオーガはそれでも前に進んだ。
「そんな!? 止まらない!?」
オーガが女の子に一歩、また一歩と近づいていく。
女騎士の攻撃も段々と意に介さず、それどころか反撃まで加えて進むようになってきた。
もはや執着としか思えない感情で動くオーガ。
「止まれ!! 止まれ!! 姫様! お逃げ下さい! 姫様ーーー!」
オレは……。
女騎士を吹き飛ばし、オーガがついに女の子の前で腕を振り上げる。
その腕を振り下ろせば、華奢な人間なんて木っ端微塵に砕けるだろう。
オレは……。
「ガアァァァッ!!」
気づけばオーガの前で蹲る女の子を抱き抱えて走っていた。
「え?」
「うわー、死んだかと思った」
「え? え?」
腕の中で目を白黒させて驚く女の子。
間近で見るととんでもなく可愛いな。
「貴様! 姫様に何をする! 早く手を離せ!!」
オーガに吹き飛ばされた割に元気そうだ。
「無理だ! 今足を止めたら二人共殺される!」
「〜〜〜〜っ、クソっ! なら貴様が責任持って姫様を守れ!!」
そう言いながらもすでに体勢を立て直して改めてオーガに挑んでいく女騎士。
彼女は悔しさと安堵の織り混ざった怒鳴り声をあげ斬りかかる。
「おー、すげぇな」
守るべき者の無事が確認された後の女騎士は強かった。
ファルシオンを両手に凄まじい手数と体術でオーガの動きを抑え込む。
ふと、抱きかかえた女の子がこちらを見ているのに気づいた。
「ラーツィアです」
「え」
「わ、わたしの名前……貴方様のお名前は? どうか教えていただけませんか?」
「ア、アルコだ。アルコ・バステリオ」
覗き込む瞳の綺麗さに動揺した。
変な自己紹介になってないだろうか。
声が裏図ってしまった気がする。
「あ、あそこに隠れよう。丁度大木が倒れていて目隠しになる」
翡翠のドレスを着た金の髪の女の子。
彼女はラーツィアと名乗った。
本当の名はラーツィア・モンテリオール。
俺の住むモンテリオール王国の王位継承権第四位に位置する、第四王女。
長らく古塔に隔離され幽閉されていた、天真爛漫な“眠り姫”。
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