第一話 ランクルの街の万年Dランク冒険者


「あ〜、ねむ」


 オレの朝は早い。


 孤児院から飛び出して早四年。

 オレは十八歳になっていた。


 目覚めたのはオレの家。

 正確にはオレの家になった元爺さんの家。

 

 この木造の無駄に広く、頑丈な家は元は木こりをしていた爺さんの物だった。

 孤児院から飛び出したオレは、冒険者となったが恩恵のせいもあってか、依頼を受けても思うように活躍することはできなかった。


 その日の日銭を稼ぐのもやっとの生活。

 野宿を繰り返して、街の衛兵のお世話になったこともあった。

 

 爺さんに初めて会ったのは、二年前のある雑用の依頼の時のこと。

 街外れにあるこの家を襲う魔物退治の依頼。

 最弱の魔物とも言われるフワダマの討伐。

 それすらも苦戦に苦戦を重ねてようやく倒したと思ったらなけなしの剣が折れた。


 日銭を稼ぐのにやっとのオレに剣は貴重品だ。

 ましてオレの恩恵は戦闘には大して使えない。

 嘆くオレを見て、不憫に思ったのか、爺さんはこの家にオレを招いてくれた。

 爺さんは優しかった。

 この家を拠点に冒険者として活動すればいいとまで言ってくれた。


 なぜそこまで親切にしてくれるのか聞いたことがある。

 爺さんは気まぐれだと言った。

 でも、その瞳がなぜか寂しくも懐かしいものを見る目だったのが忘れられない。


 そんな爺さんが亡くなったのは先月のこと。

 二人なら少し広い程度の家がもの凄く広く感じた。

 帰ってきて誰もいないことに虚しさを覚えた。

 ここには思い出がたくさんある。


「懐かしい夢を見たな」


 この家はオレの物になった。

 だが、同時に背負わなければならないこともあった。

 

「冒険者ギルドいくか……」


 軽く朝食を食べ、向かうのは冒険者ギルド。

 冒険者に仕事を斡旋してくれる施設のことだ。


 ランクルの街の中心。

 街の大通りが面する一等地にそれはある。

 爺さんの家から遠いのがネックだが、ここに来ないことには一日の仕事は始まらない。


「お〜〜、“ゴミ恩恵”野郎のお出ましだ〜、今日も朝早くご苦労だな〜〜」

 

「お前に受けられる依頼なんてあるのか〜〜」


 朝っぱらから冒険者ギルドにたむろする奴らのお決まりの台詞が飛んでくる。


「あ〜、おはよう」


 適当に挨拶して依頼の張り出されたボードに向かう。


「いい依頼は……はぁ、今日は討伐系しか残ってないのかよ……」


 採取系の依頼は元々数が少ない。

 今日は雑用系もないようだ。

 残るは魔物の討伐依頼のみ。

 仕方なく依頼書を剥がして受付まで持っていく。


「これ、手続きを頼む」


「アルコさん、これ討伐系の依頼ですよ。しかもゴブリンです。……本当に倒せるんですか?」


「これしかないんだから仕方ないだろ」


「ですが、アルコさんは何に使うかも不明な未知の恩恵なんですよ。これを受理して万が一のことがあったら私が困るんです」


 オレの持ってきた依頼をなかなか手続きしてくれないこの女はマリネッタ。

 この冒険者ギルドの受付嬢にして一番の美人と噂の生意気な奴。

 なにかにつけてオレの恩恵の弱さから心配だ、心配だと言っては採取系の依頼ばかり勧めてくる。


「アルコさんはもう何年もDランクのままなんですよ。Eランクから昇格出来たのだって奇跡のようなものです。それなのに、ゴブリンの討伐なんて出来る訳がありません。せめてパーティーを組んでから挑んで下さい」


「そ〜だ、そ~だ、俺のような武器系統の恩恵でもねぇと話にならねぇぞ!」


「マリネッタちゃんの言う通りだ。“万年Dランク”は採取の依頼だけしてろよ!」


「もう、皆さん! アルコさんを責めないで下さい! 私はアルコさんのことが心配で……」


「いいから、この依頼を受理してくれ」


 マリネッタは最後まで渋々といった表情だったが、依頼の手続きは完了してくれた。


 まあマリネッタが渋るのも仕方ない。

 オレは採取の依頼ばかりで討伐の依頼はフワダマかジャイアントラットくらいしか受けていなかった。

 ゴブリンだってこれが単独で初めて受ける依頼だ。


 そもそも俺の恩恵は戦闘向きのものじゃない。

 しかし、“万年Dランク”のオレが、討伐系の依頼を受けるのには訳がある。


 爺さんの家は確かにオレの物になった。

 だが、同時にあの土地を買い取る必要も出てきたからだ。

 

 あの土地は爺さんの所有物ではなかった。

 土地の所有者から借りているだけの物だった。

 借用の金額は高くはない。

 爺さんの生きている間は確かに銀貨数枚程度の金額で借り受けることができていた。


 しかし、爺さんが亡くなったいま、契約は無効になった。

 爺さんと直接契約した土地の所有者は、いつの間にか代替わりし、いまあそこに住むオレに高額の買い取り料金を吹っ掛けてきた。

 

 期限は三ヶ月。

 それまでに金を揃えられなければ、あの家を出ていくことになる。

 あの思い出の詰まった家を。


 だから、オレは危険でも魔物を倒すしかないんだ。

 たとえ周りになんと言われようとも。

 金を溜め、土地を買い取る。


 だが、心配は要らない。


 今日この日にオレの運命は変わる。

 “眠り姫”との出会いがこの先に待っているのだから。

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