その7 ここにサインを
「ようこそエルベス庁舎へ。よく眠れましたか?」
ルノウさんに連れられて、シンプルな廊下をこつこつ歩き、突き当たりの部屋へ。
中ではゼノさんが待っていた。
ネフはええまあ、なんて返事を濁す。
それを見てか、ではお話は簡潔に済ませましょう、とゼノさんは一枚ずつ紙を僕らに渡す。
羊皮紙とは違う、するするとした手触りに少しびっくりする。その上には、今回の依頼内容がわかりやすくまとめてあった。
「ルノウ君、頼むよ」
「はい!」
出来る人だ……!
「――先日もお伝えしたように、現在エルベスのエネルギープラントが故障しており、修理のためには閉鎖された制御区画に入る必要があります。ですが制御区画に入ることができるのはエルベスを造った彼らだけであり、我々は入ることができません。ここまではよろしいですね?」
もちろん、と僕たちは頷く。
では、とルノウさんの話は続く。
「最新の研究から、エルベスのエネルギーが魔法と酷似している事が分かりました。我々はこのことを踏まえ、魔法が使える人間なら彼らのように制御区画に入る事ができるかもしれないと考えています。そこで、魔女であるネフさんにお話を持ちかけたという訳ですね」
ここからはお渡しした資料を見てください、ルノウさんはそう言って鉛筆を握った。
線を引きながらの説明によると、大事なポイントは四つ。
一つ、制御区画を経由するプラント稼働用エネルギーラインが機能不全を起こしており、そのことから原因が制御区画内部にあるとわかったこと。
二つ、制御区画は頑丈な装甲で覆われており、どんな手段を用いても傷ひとつつけられなかったこと。これはすなわち、無理やり入ることは出来なかったということ。鍵を開けて入り口から入れってことだ。
三つ、制御区画にはネフと僕、それに専門家が一人同行するとのこと。修理は専門家の人がやってくれるとのことだけど、もし魔法が必要な場合はネフにも手伝ってもらいたいらしい。
でもあくまで、ネフは制御区画の扉を開けることがメインだ。そして僕はネフのサポート。
最後の四つめは報酬についてだった。滞在に掛かるお金を負担してもらっているから、てっきり魔女の情報だけかと思っていたら、それに加えて三〇〇ペナの報酬金を出してくれるらしい。
おんぼろの風つかみが買えるほどの値段――!
そんなにもらえないわ、とネフが遠慮したけど、エルベスを救えるならば安いものですよ、とゼノさんは手をひらひら振った。
「――依頼内容と報酬について、何か質問やご不満はありますか?」
ハシバミ色の瞳がこっちを向く。
街を救うなんて、と一瞬不安がよぎったけれど……主役は魔女のネフだ。僕と違って、ただの一般人ではない。きっと全て、僕が余計なことをしなければうまくいくはずだ。
──大丈夫、僕もそれでいいと思うよ。
わかった、とネフは少し瞼を動かした。
「いいえ、大丈夫。出来る限りのことをやるわね」
ありがとうございます、とルノウさんは微笑む。
ゼノさんは満足そうに頷いて、引き出しからもう一枚、紙を取り出した。
「――それでは、この契約書にサインを」
──いやいやいや。
──いやいやいやいや。
隣のネフは腰に手を当て、きりりと扉を見つめている。僕はなんとなく腕を組んで、僕たちの後ろにはルノウさんが控えている。白髪は相変わらず堂々と揺れている。同行してくれる専門家というのは彼女のことだった。
見てくれはエキスパートチームだ。過半数が説明を受けたばかりだとは誰も思うまい。
まさかブリーフィングもそこそこに本番だなんて……まあやるなら早い方がいいのかな。そうだよね。
エレベーターで庁舎の真下へごうんごうんと降りていき、ちーんと扉が開いたらもう着いた。
見るからに頑丈そうな金属の壁。そこに長方形の凹みがあって、これが扉か、となんとなく理解する。
ほんと、ただの凹みなんだけど。
そして凹みの表面には壁画のように、人型のシルエットが描かれていた。
(その8へつづく)
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