その8 夜間飛行
紐で吊るしたイシンデン針がゆらゆら揺れる。
月明かりが針を鋭く照らす、その先へ風つかみを飛ばしながら、僕は地表に目を凝らす。
着陸するわけではないけど、スキッドは出したままだ。こうすれば着陸用のヘッドライトで道を照らせる。
夜、それも街の外だということもあって、湖に架かった大きな橋を抜けてからは人影はほとんど見当たらない。均された地面をたまに馬車や機馬車が走っているくらいだ。
フィリップさんによれば、髪の毛が追っかけていると思われるシャーリーちゃん一家は機馬車でアルメラという街へ向かったらしい。
ネフによると、髪の毛はシャーリーちゃんの魔法香(万物が残す魔法的痕跡のこと。フレグラともいう)を辿っているはずなので、アルメラへの交通ルートを追っていけばいいということだった。
それだったらイシンデン針なくてもネフの後を追いかけられるな、って思ったけど、まあ無いよりは持ってた方が安心だよね。連絡も取れることだし。
それより気になるのはあれだよ、イシンデン針が想い人同士で持つものだって話。
今までネフと過ごしてきて思うのが、彼女はしっかりしているようで結構天然だということだ。言ってしまえば、初対面の僕を一人暮らしの家へ招くし、一昨日なんてベッドに誘うし。距離感が近すぎる……。危なっかしいというか、ちょっと不安だ。魔法が使えるから大丈夫なのかもしれないけどさ。
「……僕が変な気を起こさなければいいだけの話だよな。男ならば紳士であれ、だ」
——紳士であるならまず守れ、と後に続くのが父さんの格言。思い出して背筋を伸ばす。
風つかみのヘッドライトによって丸く切り取られた地面は、さっきから茶色い土ばかり。ネフが見落とすことは多分無いと思うけど、一応注意は怠らないよう、僕は気を引き締めた。
箒にぶら下がったイシンデン針は、後ろをぴったり指している。
わたしはちょっぴり安心して、再び地面に目を戻した。
彼のことだし、いきなり迷ったりはしないとわかっているけど。ほんのちょっとだけしてた心配は、やっぱり杞憂だったみたい。
箒を握り直して、もう少し加速する。スリィネを出発してから五時間は経っただろうか、もうすぐ見つかるはずだけど、未だに地面は青白いだけ。もしレノンが言ったみたいに、髪の毛が速かったらどうしようかしら。 さっきから何回かそう考えて、その度に速度を上げてきた。でもこれ以上は無理。飛行マントが耐えられない。
もし髪の毛を見つけたら、三度叩いてイシンデン針を光らせること。
わたしはすぐにでも叩けるように、さっきからむずむずしているのだけれど、あいにくその機会はまだ来ない。
マントの中で、虚しく片手を開いて閉じた。
眠気がそろりそろり、僕に忍び寄ってくる。いけない、とごしごし目をこする。
足元をごそごそ探して、眠気覚ましの丸薬の缶を股に挟む。いよいよ耐えられなくなってきたらこれを舐めよう。
いっぱいだった電池残量はもう三分の一も消費していた。帰りの分を考えて、少しスロットルを絞る。
ネフ、大丈夫かな。そんなことを考えた時だった。
「——来たっ!」
ぼわ、と目の前が三度光った。
(その9へつづく)
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