その6 ひらめき謎解き

「いくよ、風つかみ!」


 ぱちぱちとスイッチを弾いて、風つかみを起こす。

 ぱしゅんとくしゃみを一つして、プロペラがゆっくり回り始めた。

 シートに座って、ベルトを締めて。

 電池残量、問題なし。油圧、問題なし。エルロン、ラダーは……。

 ————うん、大丈夫。フラップも大丈夫。

 異常がないことを確認して、スロットルを上げる。

 低く浮かんだ月へ向かって、僕らはふわりと舞い上がった。





 ネフに引っ張られて、二人で走っていた時のこと。


「感情が逃げた……って?」


「言葉通りの意味よ」


 道を急ぎながら、僕は思わず聞き返す。

 ネフははぁはぁ息を切らしながら、だけど自信ありげに小鼻を膨らました。


「人の感情ってとても強い魔力を持っているの。時にはその人自身の理性を押さえ込んじゃうほど強くなったりもして、まあ理性を失うだとか、感情に流される、っていう現象はそれが原因なんだけど」


 ——初耳だ。とりあえず頷くけど。


「それで、心が受け止めきれないくらい大きな感情的変化がいきなり起こるとね、人って感情を遮断しちゃうことがあるの。そうなると生まれた魔力が行き場をなくしてしまう。大抵は理性を失った行動で発散したり、思考停止しているうちに消えるのを待ったりすることで何とかなるんだけど、稀に……ううん、本当にすっごく稀に、どうしようもなくなっちゃうことがあるのよ」


「どうしようもなくなっちゃうって……そうすると感情が、逃げる?」


「ええ。命に影響がない体の一部、例えば爪とか垢とか、声なんかを寄り代にして、感情が自我を持つことがあるらしいわ。持ち主のコントロールを離れて、こうなってしまった原因を排除しようと行動するそうなの。まるで、持ち主の本心を体現するかのように」


 つまりは、親友と離れ離れになってしまうショックで、「嬉しさ」という感情が髪の毛を寄り代にしてローラちゃんから逃げてしまったんじゃないかしら。さっき操り人形見たじゃない? あれって人形に自我はないけど、まるで意志を持ってるかのように動いてたわよね。それで、もし自我があったらどういう動きするんだろって考えたら、ぱっと思いついたのよ! 髪の毛に自我が生まれちゃったんじゃ? って!

 ネフはここまでを一気に喋った。


「だから、追いかけて捕まえるわよ! 多分蛇みたいにのろのろ這って進んでるだろうから、箒で飛べば追いつけるはずだわっ」


 逃げた髪の毛を追いかける……ファンタジーだな。

 待てよ、そうすると。


「髪の毛の行き先、あてはあるの?」


「もちろんよ、シャーリーちゃんの後を追っかけているに違いないわ。問題は、出発してからどれくらい時間が経っちゃったかなのだけれど」


 あちらこちらの角を曲がって、数回ほど野良犬にぶつかりかけて、僕らの手がじっとり湿ってきたころ、ようやくネフは足を止めた。

 肩を上下させながら、息も絶え絶えに扉を叩く。


「どちら様で——おや」


「遅くにすみません、少しお聞きしたいことがありまし」「シャーリーちゃんが引っ越していったのは、何日前だったのか、教えていただけないかしらっ」


 フィリップさんがびっくりするほどの熱量でネフが聞く。


「ネフ、落ち着いて」


 はっ、と口をふさぐ魔女。何だか既視感。


「——失礼したわ。ごめんなさい」


「いえ、お気になさらず。大丈夫ですよ。でもそんなに焦って、どうしたのですか?」


「ローラちゃんの、髪の毛を、急いで追いかけなきゃ、いけないの」


 まだ呼吸が戻っていないネフは、ゆっくりと説明し始めた。





(その7へつづく)

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