閉ざされていた記憶
懐かしくて怖い声
『文香~。置いていっちゃうよ~』
この声は、誰なのだろう。結ちゃんの声ではないのは確か。
女の子の声だった。どこかで聞いたことがあるような。でも思い出せない。この人は誰だっけ。
そもそも知り合いなのかな。でも懐かしさを感じる。
だからきっとどこかで会ったことがあるはずだ。そして何故か怖さも感じた。
何もかも分からないことだらけだ。ただ真っ暗な視界に声が響いただけ。
『文香ちゃん。先に理科室に行ってるからね~』
また違う誰かの声。これもどこかで聞いたことがある。
それなのに全く何か思い出せない。何も分からないはずなのに怖い。
体が震えているのを感じる。こんなに怖がる理由は一体、何で。
ねぇ、誰か私に教えてよ。思い出させてよ。
ドサッ。と大きな音が聞こえると同時に体の衝撃を感じた。
痛い。ベッドから転げ落ちたようだ。視界には自室の床が広がっている。
今さっきのはどうやら夢みたいだ。にしても変な夢だった。
空想にしては、かなりリアリティーがあった。記憶の一部だろうか。
よく考えてみると、高校の時の記憶が曖昧なことに気付いた。
だいたいの行事しか覚えていない。あとは今と違って髪を伸ばしていたこと。
そういえば高校の途中から髪を伸ばしたことがないなぁ。
伸びてきたとしてもすぐに切っていた。少しだとしても凄く気になって。
もしかして抜けている記憶にそれが関係するのだろうか。
聞いたことがある声。わけも分からなく怖く感じる。
これらから推測できるのは、彼女達と私に何かが合ったということ。
何かしらで仲違いになってしまい、そして決定的な事件が起きた……くらいだろう。
冷静に考えてみたら分かることだった。なのに夢の中の自分はそれが出来なかった。
余程、衝撃的な出来事だったのだろう。本能的に覚えてしまう程に。
「文香~! そろそろ起きなさ~い」
おっと、今日はハロウィンだから少し早めに起きなくては。
普段の準備と加えて仮装も用意しなくてはいけない。
面倒だけど全くいやというわけではない。なんならこういうことは好きだ。
まるで学校生活を延長しているみたいに感じる。
仮装は事前に用意してあるからそれらを全てカバンにぶち込むだけ。
簡単な作業だ。と、その前にまずは朝食を頂くとしよう。
母は専業主婦で、父はサラリーマン。至って普通の家庭だ。
そして子供は私、一人だけ。この三人で暮らしている。それは昔から変わらない。
未だに実家暮らしをさせてもらっている。
一人暮らしはするつもりだが、今はそこまで計画していない。
ざっくりと25歳までには一人暮らしすると決めている程度だ。
一階のリビングに降りると、料理たちが並んでいた。
彩り豊かなサラダ、バターの塗られたトースト、ホットミルクティー。
理想的な洋食。我が家は基本的に朝は洋食だ。
「わぁ~美味しそ~!」
いつも見慣れているはずのメニューなのに、いつもいつも美味しそうに見える。
それは常に母が少しづつアレンジを加えているからだろう。
昨日には入ってなかったパプリカがサラダの中にあったり、お皿を日ごとに変えたりなどと。
ほんの少し変わっただけでこんなにも全く別のものに見えるのか。
人間とは不思議なものだ。
席につき朝食を頂くことに。まずは少し寒い体を温めるとしよう。
朝の飲み物は日によって変わる。アールグレイティーだったりレモンティーだったりと。
種類は様々。たまに私が前日にリクエストする時もある。今日はしていない。
朝食を美味しく食べた。レストランの料理やレトルトもいいけどやっぱり手料理が一番。
人の温もりを感じることができて好きだ。
おっと、そんなに余韻に浸っていると遅刻してしまいそうだ。
特に人目も気にしないから、もう家で仮装してそのまま出勤してしまおうか。
うん。その方が着替える手間も省けて効率よくなりそうだ。そうするとしよう。
去年は特にそこまで複雑なメイクをする仮装をしたことはなかった。
ただ何かしら変わったことがしたいと思い通販でうさぎの着ぐるみを購入して装着しただけ。
たくさん従業員が様々な仮装をしている中で、私の仮装が一番ウケが良かった。
何より自分で言うのもあれだが、一番インパクトがあった。
他の人はメイド服を着たりタキシードを着たりとかよくある仮装だった。
彼女はもはや仮装ですらなかった。なんと高校生の頃の制服を着て来たのだった。
誰がそんな服装で来ると予想できただろうか。しかもツインテールで。
多分、私が別の仮装だったら彼女が一番注目されていただろう。
そんな私が今回、選んだのは2000年代前半に流行った山姥ギャル高校生。
制服は適当に通販で可愛らしいブレザーを頼んだ。
山姥メイクは事前に2、3回ほど練習したからもう手順は覚えている。
今日は少し早めに行くとしよう。きっと、みんな忙しくしているはずだ。
手伝えることがたくさんあるだろう。出勤用のカバンを持ち、いつもより早めに家を出たのだった。
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