不思議なあの人

不思議な人

 商店街はとても静かだ。みんなシャノワール小村に会いに行ったのだろうか。

 歩いているのは自分と文香だけ。何処も店は臨時休業の紙を貼っている。

 どうやら予想は当たっているように思える。

 まるで誰もがハーメルンの笛吹き男について行ったみたいな光景が目の前に広がっていた。


 珍しく、今日はまだあいつ以外に金魚が泳いでいるのを見たことがない。

 少なくとも5匹ほど見かけるのだけど、こんなにも見かけないのは今日が初めてだ。

 「てかさ、シャノワール小村って誰なの」

 今回の騒動となった原因の人物を全く知らない。だから文香に聞いた。

 「けっこう当たるって評判の占い師だよ~」


 スマホを見せてきた。そこには星空の背景のブログが映し出されていた。

 サイト名は『黒猫の占いの夜』。つい画面を凝視してしまった。


 ……何だこれは。まるでラノベの題名のようなサイト。

 センスがあるような、ないような微妙なライン。どちらともとれるようなそんな感じだ。

 「まあ何でもいいや~。この投稿のコメント欄を見てみてよ~」

 文香に促されコメント欄を見た。その数なんと52万越え。


 「はあ?! 何このコメント数」

 つい口に出してしまうほどの多さだ。そんなにもこの人は有名なのか。

 ただの胡散臭い占い師ではなかったのか。

 「このシャノワール小村はね~。あの有名占い師のビューティーちかこと、互角の能力を持っているって言われているんだよ~」


 また知らない人物の名前が出て来た。全く流行についていけない。

 家にテレビはあると先程言ったけど、地上波の番組をあまり見ることがない。

 動画サイトをテレビに繋げて好きな動画をよく見たり、サブスクやBlu-rayなどでアニメや映画を見たりする。

 ニュースは芸能人の不倫や悲惨な事件が印象的に残るので見ないようにしている。

 見た後はよくその内容を引き摺ってしまうからだ。

 つい名前が変だと何かあるのではと思ってしまう。

 でもこれだけ有名ということはとても実力のある人なのだろう。


 ……いや待て。もしかしたら上手く騙しているだけかもしれない。

 そんな考えがふと頭の中を過ぎった。

 こんなに多くの人を騙すのは不可能に近いことだろう。

 でも何故か信じたくなかった。自分でも理由は分からなかった。


 どこかで聞いたことがある。占いは誰にでも当てはまることを言っていると。

 誰が言っていたっけ。知り合いかな、それとも芸能人かな。それすらも覚えていないけど。

 こうやって考えているのは私だけじゃないはず。きっとあの人もそう思っているはず……。

 つい立ち止まってしまった。


 あの人……。ふと急に頭の中に出て来た名前も顔も知らないあの人。

 朝に思い出した人物と同一のように思えた。

 そのことを思い出すとまた懐かしさと一緒に胸の奥が苦しくなる。


 何でこんな気持ちになるのに全く覚えていないんだろう。

 覚えているのは存在していたことくらい。

 あの人はあたしに少し似ていたような気がする。

 ぱっと見は全く似ていないのだが知れば知る程似ていた、そんな不思議な人。

 でも肝心な名前や顔は覚えていないのだ。ただ男性だったのはなんとなくだけど覚えている。

 あの時に聞こえた声はどう考えても男性にしか思えない。だからこれはほぼ確定だろう。


 もしかしたら占いで分かるだろうか。本物なら思い出させて欲しい。あの人のことを。

 こんなことを思うなんてらしくなかった。

 でも心の中の自分が思い出したい、とそう強く言っていた。

 「結ちゃんどうしたの? 大丈夫?」

 文香に何もない大丈夫、ありがとうとだけ言い、再び噴水広場に向かっていったのだった。

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