押し掛け彼女な僕の後輩

吹井賢(ふくいけん)

『押し掛け彼女な僕の後輩』

【後輩が何故か部屋にいる】



「あ、せんぱい。おかえりなさい」

「遅かったじゃないですかー。心配したんですよー、もう。遅くなる時はちゃんと連絡してくれないと。不安になっちゃうじゃないですか。ただでさえ、せんぱいは危なっかしいんですから」

「特に女性関係! また誰か、別の子と遊んでたんじゃないでしょうね!」

「その気もないのに誰彼構わず優しくして、勘違いさせて……。せんぱいは本当に、悪い人ですねえ」

「こうやって遊ぶのは私だけの特権なんですから!」


「…………え?」

「『なんでお前が、僕の部屋の中にいるのか』……って?」


「そりゃあもう! 可愛い後輩ちゃんとしてですね、こうしていじらしく、夕飯の用意をしながら待ってたんですよ!」

「せんぱいって、人には優しいくせに、自分のことはてーんで無頓着ですから。どうせ、コンビニでお弁当買ったり、スーパーでお惣菜買ったりしてたんでしょ? ダメですよー、ちゃんと食事はバランス良く、塩分控えめじゃないと!」

「ふふん、これはもう、実質、恋人ですねー。ねー、せんぱーい?」


「……え?」

「そういうことじゃない?」

「『どうして鍵の掛かったワンルームの中にいるのか』……って?」


「そんなこと、言うまでもないじゃないですか!」

「せんぱいが合鍵を部屋の外に隠していることは分かっていました。だって、この間、遊んだ時、せんぱい、忘れ物したーって言って、一度家に帰ったじゃないですか。でも、せんぱいは、鍵の入った鞄を私に預けていった。鍵がないとドアを開けられないはずなのに」

「ということは! ということはですよ!? せんぱいは、普段使っている鍵がなくとも、部屋に入れたってことです!」

「導き出される結論は一つ……。せんぱいは、この部屋の合鍵を、部屋の外、すぐ近くに隠しているってことです!」


「私はまず郵便受けを見ました。残念ながら外れでした。まあ、ちょっと安心しましたけど。郵便受けに合鍵を入ておくなんて、今時、不用心過ぎますから」

「あ、そうそう。届いてた郵便物はパソコンデスクの上に置いておきましたから」

「で、次に私は、廊下に置いてある植木鉢や消火器の下を調べてみました。お約束ですよねー、ああいう場所に隠すの」

「でも、鍵は見つかりませんでした。流石ですねー、せんぱいは。なかなか楽しませてくれますね」

「部屋の前で私は考えました。思案に耽った、と小難しい言葉を使っても良いでしょう」


「と、その時!」

「ピッコーンです! まさに、その時私に電流走る、です!」

「そこで私は気付いたのです! ガスメーターの存在に!」


「もしやと思い、メーターを調べてみると……あるじゃないですか、鍵が!!」

「私は意気揚々とその合鍵を使って部屋の中に入り、こうして晩御飯を作り始めた、というわけです!」

「分かってしまえば簡単なことだよ、ワ・ト・ソ・ン・君! なーんて」

「一筋縄ではいかない謎でしたが、なーに、私に掛かればお茶の子さいさい、ちょちょいのちょいです! 恋する乙女の想像力は、かのシャーロック・ホームズをも超越するのです!」

「いやあ、買ってきた食材が無駄になるところでしたよ。危なかったー」



「…………って、せんぱい?」

「そんな、おもむろにスマートフォンを取り出して、なにを……」

「って、ちょっとーっ!! なに警察に電話掛けようとしてるんですかぁっ!? 可愛い後輩を警察に突き出す気ですか!? それじゃ一筋縄じゃなくてお縄ですし、出てくるのはお茶の子じゃなくてかつ丼ですよっ!!?」


「わーっ! 私の家はダメ! もっとダメです!!」

「家族には、友達の家でお泊り会する、って言ってあって、その為の口裏合わせも済ませてあるんですよ!? 『気になる男子の家に不法侵入してご飯作ってた』なんてバレたら、冗談じゃなく怒られちゃいますよう!!」



「もーっ、没収っ! こんなものは没収です! えいっ!」

「……ふっふっふ。胸ポケットに入れてやりましたよ、せんぱいのスマートフォン」

「どうしますー? これを取り戻すには、必然的に私の胸ポケットに手を伸ばさないといけないわけで……」

「二人きりの自分の部屋で後輩の胸をまさぐるなんて、そーんな変態的なことが、紳士なせんぱいにできるはずが……えっ、あっ、こらこらこら! なに躊躇なく取ろうとしてるんですかぁっ?! スマートフォンも取り戻せるし私の胸も触れるし、一石二鳥ってことですか!?」

「もう、ダメですよぉ、そんな。そういうのは、ほら、段階が、ね……」

「具体的には、シャワーとか、ロマンチックな雰囲気とか、そういう……」



「って、聞く耳なし!? スマートフォン一直線!? 私には興味なしですか!!?」

「わーっ、分かりました!分かりました!」

「ごめんなさい! 勝手に入ったことは謝ります! もうしません!」


「だから、お母さんに電話するのだけは許してーっっっ!!!」



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