036

 脚を片方やった凛花先輩。

 疑似化の切れた俺。

 互いに立ち尽くしていた。



「結構な一撃だね、驚いた」



 珍しく俺を褒めている。

 この状況じゃなきゃ嬉しいんだけどな。


 凛花先輩の左足は完全に使えない様子。

 さすがの先輩も動けないらしい。

 しかし痛がる様子もない。痛みに強いんだろう。


 今なら少しくらい考える猶予がある。

 今の俺にできること。

 防御は不可。擬似化が無ければ魔力を流しても意味がない。

 移動も身体強化が切れたからどうしようもない。

 具現化リアライズ祝福ブレスのみ。

 攻撃は・・・丹撃だけはできる。


 対する先輩はどうだ。

 様子を見てはいるが、おそらく片脚でもそれなりに動ける。

 最悪、腕も使えば3つ脚だ。きっとそれなりに速い。


 ・・・つまり。

 正面から全力で打ち合うか。

 でなければ向かってくる先輩を迎撃して一撃を加えるか、もう1箇所、四肢を攻撃して動けなくするか。

 防御ができないならその3択しかない。



「戦術は決まったかい」


「あんだけ黙ってたのに急に饒舌になってきたな」


「アタイも予想外のことが多くてね」



 ・・・。

 命令が絶対とはいえ、ある程度は意思でどうにかなるんじゃないか?

 降参してる先輩もいたんだし。

 少し雰囲気が変わった凛花先輩を見て、俺は交渉してみることにした。



「なぁ。あの玉をぶっ壊したりとか出来ねぇの? 命令する人をどうにかするとかさ」


あいつ・・・は意思を捻じ曲げるのさ。それこそ身体が乗っ取られたようになる」


「・・・」


「それならこうして自分の意思で動いたほうがマシだろう」


「・・・そっか」


「ま、小細工はやめとけ。出来るんならとうにやってる」



 ・・・まぁ、無理だよな。先輩の言うとおり。

 だけれどもこの戦いを続ければ続けるほど俺は不利だ。

 言うだけ言ってみよう。



「先輩、こんなの不毛だろ? 次でもう終わらせようぜ」


「せっかちだな、ノッてきたところなのに」



 ノッてきたって、その脚の状態で!?

 先輩、実は戦闘狂バトルジャンキーなんじゃ・・・。



「まぁいい。あっちも危なそうだからね」


「え?」



 先輩が視線を送る方を見ると。

 満身創痍のレオンが見えた。

 脇腹と大腿部から血を流しながら、一歩一歩、前へ進んでいた。

 痛いどころじゃねえだろよ、あれ。

 どうして降参してねぇんだ。


 その先にはアルバート先輩が倒れて悶えている。

 さくら・・・は蹲っている。ソフィアは・・・駄目だ、倒れてる。

 くそ、レオンが倒れたら危ない。だからあいつは気張っているのか。

 早くこっちを終わらせないと!!



「来い。受けてやる」


「・・・俺が勝つぜ?」


「ああ、見せてくれ」



 視線を交わす。

 今度は真剣な表情だ、あの・・無機質な感じじゃない。

 言葉に偽りはない、これで最後だということか。


 凛花先輩が練気を始めた。

 丹田がエメラルド色に輝いて魔力の収束が見える。

 あの輝きはAR値の高い者たちにしか見えない。

 限られた者だけが見える、独特の美しい輝きだ。


 対する俺も練気をする。

 すう、くら、とん。

 すっかり馴染んだこの魔力共振。

 丹田に集まる熱は俺がこの異世界ラリクエで活動していると教えてくれる。

 2週間、この力を引き出すために尽力してくれた先輩。

 ずっと翻弄されてきた気がするけれど、今度は俺が引っ張ってやる。



「いくぜぇ。サンアーイー・・・」


「あ~〜〜!!」



 凛花先輩の渾身の力。

 地響きするような気合とともに、これまでにないほど緑色のオーラが身体を包んでいる。

 会場のあちこちから「すごい、風の魔力」「何だあれ」といった驚嘆の声が聞こえてきた。

 そうか、AR値が低い奴らでも見えるくらいの集積なんだな。

 だけど!

 俺はそれを上回る!!

 先輩、あんたが居るべき場所は裏庭じゃねえよ!!



リン!!!」



 後先考えない!!

 出せる限りの魔力を集めて俺は振りかぶった。

 互いの魔力で光り輝く拳がぶつかる直前。

 先輩と目が合った。

 その表情に少しだけ笑みが浮かんでいた。



 ◇


■■レオン=アインホルン ’s View■■


 あと少し。

 あと少しだというのに奴が立ち上がった。

 蹴飛ばされた痛みに耐えながら俺を睨みつけ、憤怒の表情を浮かべている。



「うぐぐ・・・くそっ! 弱者の分際で逆らいやがって!」


「はぁ、はぁ・・・おい。その汚い口を閉じろ」


「黙れぇ!」



 激高した奴は俺にステッキを向ける。

 例の水鉄砲を撃つが、予備動作を見ていれば直線上から避けるのは容易い。

 あとは俺が奴を道連れにすれば武が場を収めるはずだ。



「おい! なにが『楊 凛花だけで全員を倒せる』だ! 無能な報告をしやがって、お前がやれ!」



 ところが奴は振り返って舞台の端に呼びかけた。

 何だ? 誰に言っている。



「え!?」



 女だ。

 聞き覚えのあるその声は・・・。



「やれ! ジャンヌ=ガルニエ!」


「嫌! 約束が違う! 報告すれば見てるだけって・・・あぐぅっ!」


「貴様が責任もって足りない分を埋め合わせしろ!」



 舞台に上がってきたのは・・・ジャンヌ!?

 やり取りを聞く限りジャンヌの意思ではない。

 無理やりアルバートの奴に従わされている。

 震える身体で斧槍ハルベルトを持ち、ふらふらと歩いてくる。

 彼女の周囲には茶色い魔力が漂っていた。

 まさか・・・誓約の宝珠の力か!?



「駄目・・・あたし、やりたくない・・・」



 ジャンヌが俺の前に立った。

 怯える表情で歯を食いしばっている。

 逆らおうとするが身体が言うことを聞かないといった様子だ。



「レオン、ごめん、逃げて・・・」



 ジャンヌは斧槍を振り回した。

 彼女の意思に反する攻撃なのだろう。

 その筋が乱れている。

 土曜日に何度も交えた斧槍の軌跡だ。

 怪我を負っていても、敵意のない攻撃を躱すのは容易だった。



「ああ・・・ああ・・・」



 自らの意思に反して友人に刃を向けるとは、どれだけの苦痛を伴うものか。

 逆らおうとすることでの何かしらの痛みもあるのだろう。

 ジャンヌは悲痛な表情をして目に涙まで浮かべている。

 それを見て頭と腹がかっと熱くなった。

 腸が煮えくり返るとはこういうことか。



「・・・安心しろ。お前の攻撃は俺に届かない」



 物理武器は具現化リアライズには通じない。

 俺はカリバーンを呼び出す。

 血を流しすぎたせいか魔力の集積が悪い。

 だがまだ具現化には足りる。


 そこにジャンヌの意図しない一撃が入った。

 俺の頬に薄い切り傷をつけた。



「ごめん、違う、違うの・・・!!」


「ジャンヌ、今は難しく考えるな。お前が悪くないことはわかっている」


「ははははは! 弱者同士、良い見世物だ!」



 奴は・・・どれだけ性根が曲がっているんだ。

 こんな奴が生徒会にいるとは、質が知れるというものだ。


 奴は例のステッキを俺に向けた。

 俺の反撃での相打ちを防ぐためにジャンヌを間に入れたか。

 約したことを反故にするだけでも人の道にも外れるというのに。



「見世物? 見世物とはお前のような腐った奴が喚くことを言うのか!」


「何とでも言え! これで終わりだ!」



 悪党然としたセリフだけでなく、行動まで悪党に成り下がったアルバート。

 生徒会の中枢にマフィアのような奴がいるとは。

 俺に奴の歪んだ目的など知ったことではない。

 だが俺のやることはひとつ。


 ジャンヌの意思に反して、再度斧槍が振りまわされた。

 その横薙ぎの筋はしっかり記憶にある。

 俺はカリバーンを盾に突進する。


 ぎいぃぃぃん!


 ジャンヌの一撃はカリバーンに遮られて止まる。

 その横から奴の水鉄砲が突き抜けた。

 俺の右腕が貫かれる。



「ぐっ!!」



 カリバーンは手放すと瞬時に赤い粒子となって四散した。

 この一撃は俺が利き腕で剣を持てなくするためだろう。

 相変わらず、にやついた奴の顔が俺の神経を逆撫でした。



「うおぉぉぉぉぉ!!」



 だがそれだけだ。

 この俺の勢いを消すことはできない!



「気張れ、ジャンヌ!!」


「うん! ぐぅ・・・!!」



 彼女の身体に当身をする。

 俺の体躯がその小さな身体を押し流した。

 意に反して操られるくらいなら、と彼女は俺に身を預けた。

 すまん、後で幾らでも罵られてやる! 今は眠れ!


 そうしてジャンヌを軸にして俺は奴の左側から奥へ走った。

 一瞬だが奴の視界から外れたはずだ。



水城壁ウォーターランパート



 そう、見えない場所であればそうして防御をする!

 俺はさらにその外側を回り込んだ。

 あった、よしここだ!



「くらえ!!」



 舞台に突き刺してあった大剣ツヴァイハンダー

 俺はそれを左腕で引き抜くと、残った力を振り絞って奴目がけて投擲する!

 奴は咄嗟に躱した。

 大剣は反対側にあった水の壁にぶち当たる。

 ぎいぃぃぃん! と魔力が金属を弾く火花が散った。



「くっ!?」



 予想外だったのだろう、奴は背後のその火花に目を奪われた。

 その一瞬。

 その一瞬だけで良かった。



「消えろ外道!! カリバーン!!」


「なっ・・・がああぁぁぁぁ!!」



 同時に突進していた俺のカリバーンが奴の胴に突き刺さった。



「ば、かな・・・」


「馬鹿なのは貴様だ」



 苦悶の表情を浮かべ、奴は崩れ落ち動かなくなる。

 それを確認したところで俺はカリバーンを手放す。

 もうこれで何もできない。増援があれば終わりだ。

 だが俺はやった!

 ソフィア、さくら、結弦、俺たちは奴に勝った!

 武、お前の隣に立てただろう!


 ちょうどそのとき、眩い白と緑の光が会場全体を照らした。

 バリバリバリバリ! と魔力同士の激しい衝突音も遅れて耳に届いた。

 あれは・・・武と凛花の丹撃か?

 向こうも決着するのか。



 ◇


■■京極 武 ’s View■■


 全力の一撃。

 これまで俺は心の何処かで遠慮をしていたように思う。

 魔力を出し切ったらすべてを晒して死んでしまうような感覚がどこかにあったから。

 先輩と丹撃を打ち合ったときも全力では放出をしていなかった。

 慣れていなかったせいもあるだろう。


 だが今、そんな余裕があるわけがない。

 渾身の力を振り絞って放つ俺の一撃。

 視界が真っ白に染まる。

 凛花先輩の魔力と相殺する緑色の火花が散っているはずなのに白い。

 白すぎて雲の中にいるような感覚さえあった。


 バリバリバリバリ!!


 力を出し続けるだけ。

 あの凛花先輩と同じだけの、それ以上の力を出すのだから。


 相殺が続く。

 一瞬で終わると思うのだけれど、とても長い時間打ち合っているように感じた。

 全力で打っている最中だというのに、俺の思考に何か知らない光景が浮かんだ。


 何だこれ、どこだよ。

 誰か目の前に立っている。

 ん? 誰だ? 聖女様?

 どうして彼女が浮かんで見えるんだ・・・?



 ・・・

 ・・・・・・


――「貴女、辞めるの?」


 聖女様は俺に向かって話していた。

 辞める? 何の話だ?

 いや、俺は・・・誰だ?

 聖女様は誰に言っている?


――「そう。強くなってからでも良いんじゃない?」


 聖女様が相変わらず無表情だから状況もわからねぇ。

 俺の視点にある誰かと話をしているようだった。


――「見込みがあるから教えてあげる。とっておきでね」


 ・・・この聖女様が言うと嫌な予感しかしねぇよ。

 とっておきなんて地獄の言い換えとしか思えねぇ。


――「来週から私のパーティーでアトランティスへ行く。サポーターとして同行するの」


 ほら地獄じゃねぇか・・・って、アトランティス!?

 よく見れば聖女様が高天原の制服を着てる。

 これは彼女が3年生のときか!

 つまり今から2年前!?


 ・・・


 場面が変わった。

 どこだここ?


――「ほら、腕が一本取れたくらいで死んだ気にならない」


 うぇ!?

 聖女様、何を持ってんの!!

 それ誰の腕!?


――「身体再生ヒーリングも慣れなさい。都度、煩いわ」


 ちょっと待ってあげて!?

 腕の再生なんて痛いってもんじゃないでしょ!!

 鬼畜ムーヴ、自重!!


 ・・・


――「ああようやくできたのね、固有能力ネームド・スキル


 聖女様が無表情で拍手をしていた。

 この、俺の視点の誰かが固有能力ネームド・スキルを開花したんだ。

 よく頑張ったよ、この人・・・。


――「実践で試すといいわ。自由に作り出せるのだから」


 指差す方向に大きな魔物が見えますね。

 まさかあれで・・・!?

 難易度調整しようぜ!!


 ・・・


――「長いことお疲れ様。貴女はもう3年生と同レベル、自信をもちなさい」


 相変わらず無表情のままの聖女様と握手をしている。

 この視点の人の手・・・女の手、か?

 アトランティスで鍛えられて戻って来たって?


――「また辞めたくなったなら後輩に教えてあげて。それが私へのお礼」


 聖女様式で教えられる人って可哀そうだろよ。

 しかもそれがお礼って? どうしてお礼?


――「ほら、貴女が貴女でいられるうちは我慢なさい。楊 凛花」


 !!!

 これって・・・!!!


 ・・・・・・

 ・・・



 ばちいぃぃぃぃん!!


 うお!?

 戦ってる最中だったよ!!


 これは魔力相殺の音!?

 俺の丹撃は・・・まだ消えてない!

 俺の丹撃が先輩の丹撃を打ち消したんだ!

 周囲には弾けたエメラルド色の残滓がキラキラと輝いている。

 そして目の前には凛花先輩が拳を突き出した状態で無防備に立ち尽くしてた。


 刹那、彼女とまた目が合う。

 その褐色の瞳には涙が光っていた。

 すると彼女は目を閉じ、憑き物が落ちたように笑みを浮かべた。


 勢い余った俺の拳は凛花先輩の拳を押し戻す。

 そのまま俺の丹撃が彼女の身体を押し潰すように弾き飛ばした。



「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」



 凛花先輩の叫び。

 俺の丹撃が完全に入った。


 凛花先輩。俺は・・・確かにあんたを越えたぞ!!



 ◇



 場は騒然としていた。

 予想外の結果となったからだろう。


 戦いが終わった直後、宝珠から放たれた魔力の膜が音もなく四散した。

 茶色の世界に色彩が戻って来る。

 恐らくこれで決着と見做されたのだろう。

 やったよ、辛勝ながら何とかなった・・・。


 俺は肩で息をしながら意識が朦朧としていた。

 ほらやっぱり。出し切ったら気絶すんだぜ。

 恒例すぎんだろ、少しは見届けたいんだがなぁ。


 凛花先輩は向こうに倒れている。

 あそこに見える・・・膝をつき肩で呼吸をしているレオンも今にも倒れそうだ。

 彼と目が合う。

 互いに言葉は出ない。

 だがレオンの口角が少し上がった。

 俺も少しだけ笑みを浮かべた。


 レオンの前に倒れているアルバート先輩の姿を見て安心した。

 俺たちが勝ったんだ、間違いない。



「静まれ」



 誰もがどうなるのだと口にしていたところに、冷水を浴びせるような、硝子色の声が響いた。



「闘いに身を投じた者たちよ、見事だった」



 称賛される俺たち。

 アレクサンドラ会長が舞台上に立っていた。

 だけどあんた、黒幕のトップだろうに。

 あんたに言われても嬉しくねぇ。



「生徒会長アレクサンドラ=メルクーリの名に於いてこの場を預かる」



 場はしんとしていた。

 誰もが自身の今後を案じて叫びたいところだというのに。

 彼女の言葉を聞いただけで口を封じられていた。



「明朝、我らのあるべき姿を示す。本件、推測による流言や中傷を禁ずる」



 暴動に発展しかねない場を収めた、ということだな。


 ま・・・好きにしてくれ。

 いい加減、俺は限界なんだ。そろそろ眠っても良いよな?

 元気なのはリアム君くらいか、あとは頼んだぜ・・・。


 そうして俺は意識を手放した。

 やりきった、という満足感とともに。





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