029

 日曜日の午後、武器棟第2フィールド。

 これから俺は主人公たちと順にタイマン勝負を行う。

 俺に勝ったやつは舞闘会に一緒に参加することになる。

 俺としては魔王攻略が詰む可能性を考慮し、誰も参加させたくねぇ。

 だからこの6番勝負、可能な限り勝ちたい。



「始めるぞ。誰からだ」


「俺からやろう」



 凛花先輩が声をかけるとレオンが一歩前へきた。

 身長190cm、細く引き締まった身体は凄まじい膂力を生み出す。

 彼の身長ほどもある大剣ツヴァイハンダーを自在に操るのだから。

 その鋭い碧眼が本気だと俺に訴えている。

 彼が大剣を握る手には迷いがない。


 高天原の金獅子。

 彼は卒業までにその異名を冠する。

 その名に恥じぬと言わんばかり、正面から対峙するとかなりの威圧感だ。

 それだけで負けてしまいそうな気持ちになる。

 俺はまだ彼らを殴る覚悟ができていないというのに。

 だけど負けるつもりはない。

 彼らのために俺は勝たねばならない。

 さて、レオンとどうやって・・・。



「始め!」



 ちょっ・・・いきなり!?

 勝利条件の確認とかないの!?

 あれこれ考えているうちに始まってしまった。

 レオンは迷いなく俺に向かって突っ込んできた。

 軽々と大剣を横薙ぎに振りかぶって。



「うおう!?」



 やばい、まだ集魔法してねぇ!

 何とか下段斬りをジャンプで回避したよ!?

 あんなんまともに食らったら即、昇天じゃねぇか!!

 脚とか腕とか胴体からサヨナラしたくねぇ!


 俺は走り出した。

 距離を取らないとお話にならない。

 幸い擬似化により彼より速く動ける。

 俺の有利な点はそのくらいだ。


 先ずはヒットアンドアウェイ。

 レオンの大振りを間合いぎりぎりでかわして・・・って怖えぇぇ!

 ぶおん、と剣先が目の前を通り抜ける。

 都度、ぞくりと背筋に悪寒が走る。

 擬似化でスピードに慣れてなかったら見えなかったよ!



「さすがに素早いな!」


「遅かったら死ぬだろ!」


「逃げるだけか!?」



 安い挑発には乗らない。

 でも逃げてちゃ終わらない。

 何とか慣れたところで仕掛ける。

 彼が振り抜いて空振りしたタイミングでその剣を追いかけて彼の胴に打撃を加える。



「ぐっ!」



 そしてそのまま通り抜けて間合いの外へ逃げる。

 勢いはそれほどないので威力もお察し。

 つか全力で殴る覚悟がまだできねえよ!



「同じ手は何度も通用しないぞ!」



 3回繰り返したところで対策された。

 剣を小振にして隙を小さくした。もう狙えない。

 それでも彼の斬撃を受けられない俺は接近されると不味い。

 鬼ごっこみたいに逃げ回る格好となった。

 くそ、あいつの戦意を削ぐにはあの喧嘩程度の打撃じゃダメだ。

 もっと強く殴らないとあいつがヤバいんだ!

 腹を括れ、俺!


 俺は追われながらレオンを引きつけ壁際に逃げた。

 フィールドの隅なので袋のネズミだ。

 レオンは迷わず追ってくる。



「自分から逃げ道を塞ぐとは!」



 追い詰めたと思ったか、レオンが振りかぶったところで俺は動いた。

 彼の剣戟の軌跡は俺の退路をほぼ塞いでいる。

 だというのに俺は全力で地面を蹴り壁に向かって跳躍した。

 彼は大きく剣を空に振り抜いた。



「なに!?」



 本来、逃げることができる方向ではない。

 俺は壁に激突する。

 だが俺はその勢いで壁を地にして蹴り跳躍し、さらに横の壁も蹴る!

 凛花先輩の時に編み出した三角飛び!

 振り抜いて隙ができたレオンの側面へ突っ込んだ。



「歯を食いしばれぇ!」



 そのまま俺は右拳で彼の胴を打ち抜いた!

 ずぐん、と鈍い感触がした。

 うえ! 深く入ったよ! ごめんレオン!



「ぐううぅ!?」



 彼は大きくよろめいた。

 俺はその勢いを殺しながら30メートル先に着地した。



「レオンさん!」


「タケシに遠慮しないでよ!」



 おおう、俺への声援はナシね。悲しい。

 ・・・って、強化もせず打ち抜いた俺の拳も痛え!!

 やっちまったよ! これ、骨折か!?

 レオンにも相当、ダメージが入ったと思うんだが。


 見ればレオンが膝をついている。

 脇腹を押さえて苦悶の表情を浮かべていた。

 あああごめん!

 俺の手よりも痛いよな!?



「レオン、止めるか?」


「ぐうぅぅぅ、見くびるなと言っただろう!!」



 大声で拒否すると彼は立ち上がった。

 大剣を杖代わりに地面に刺して。

 そのまま空手になり俺に向き合う。

 彼の口から血が出ていた。


 ぎゃあ!

 やっちまったよ、内臓ダメージ!!

 あれ大丈夫なの!?


 オロオロする俺を一瞥すると、彼はぺっと血を吐き捨てる。

 そして右手を前に出した。

 彼の身体に赤いオーラが漂い始めた。



「カリバーン!」



 現れたのは彼の固有能力、カリバーン。

 赤いオーラを刀身に纏った大剣。

 彼の最強武器だ。



「あ〜、凄いな。もう固有能力ネームド・スキルを使いこなしてるのか」


「誰かさんよりも才能ありね」


「ああん!?」



 先輩たちのやり取りからもやっぱり凄いんだな、あれ。

 って、感心してる場合じゃねぇ!

 殴ったらほんとの本気出しちゃったよ!

 アレで斬られたら俺、間違いなく死ぬよ!


 きっと大剣ツヴァイハンダーだと俺の速度に追いつけないと判断したんだな。

 物理大剣は素早さ特化の俺と相性が悪い。

 そしてあのカリバーンは信じられないことに重さゼロだ。

 おまけに属性攻撃だ、擬似化の硬化で衝撃は受けられても属性の余波は食らう。

 無手の俺は圧倒的に不利。


 ・・・俺も腹を括るしかないか。

 カリバーンには魔力をぶつけないと死ぬ。

 くそ、また魔力勝負かよ。



「来い。これで終わりにしてやる」


「レオン、頑張って!」



 なにその格好良いセリフ!

 俺すっかり悪役じゃん!!

 どうしてこうなった!?



「お望み通り正面からやってやんよ!」



 あいつ頑丈だから中途半端に殴っても何度も立ち上がりそうだし。

 ついでに殴りきれない俺の心もズタズタになりそうだし。

 少ない回数で終わらせなきゃ!

 つまりこれで最後にする!


 魔力同士のぶつかり合いなら最後はその総量だ。

 昼食時に全快させている俺の方が有利なはず!

 よし、凛花先輩との丹撃と同じ威力でいくぞ!


 すう、くら、とん!

 テンションアップのために速い周期で集魔して俺は気を高めた。

 お腹に熱いものが渦巻く。



「武! 今は俺がお前の横に立つぞ!」


「できるもんならやってみやがれぇ!!」



 どこか楽しそうにも見えるレオンの顔をチラ見して。

 俺は拳を振り抜くモーションに入った。


 あ。

 振りかぶって気付く俺。

 ダメージ受けた右手じゃダメじゃん!!

 もう止められねぇ! このままいく!



「いけえぇぇぇ!」



 俺は丹撃を右腕に乗せ、カリバーン目掛けて打ち出した!



「おおおおお!!」



 レオンも全力でカリバーンを振り抜いてきた!

 カリバーンと俺の拳が激突する!!


 ばっしいいいぃぃぃ!!


 視界が光に覆われる!

 花火だ! 赤と白の光が踊り狂う!



「があああぁぁぁぁ!!!」



 痛い痛い痛い!!!

 骨折してんぞ! 右手から全身に痛みが駆け巡るぅ!

 くそ、魔力が中途半端に霧散してやがる!

 どんどん魔力が四散して放出される感覚だ。

 水漏れならぬ魔力漏れ!

 これ効率悪! 勝てんの!?



「うおおおおぉぉぉぉ!!!」



 レオンも鬼の形相で全身に赤のオーラを纏っている!

 やっぱ強ぇよ主人公!

 やば!? 押し負ける!?

 カリバーンが徐々に俺の白い波を切り裂いて迫って来た!!


 いや、ここで負けたら終わっちまう!!

 こいつらを壇上に立たせるわけにいかねぇんだ!!



「負けるかあぁぁぁぁぁ!!!」



 気合いとともに俺は魔力を出し切る!

 効率悪いならさらに上乗せするだけだ!!



「ぐぉぉぉぉ!!」



 それを受けるレオンも必死だ。

 だが・・・。

 カリバーンが少しだけぶれたのを、俺は見逃さなかった。



「終わりだぁぁぁ!!」



 止めとばかりに俺は拳を振り切る。

 ばっしいいぃぃぃん! と弾ける赤白花火が飛び散った。

 そうして魔力を出し切った俺は彼のカリバーンを粉砕し、勢い余ってその横で姿勢を崩した。


 やったぜ! カリバーン討ち取ったり!

 脱力しながら勝ちを確信して、バランスを立て直すため地に片手をついた。



「そこまで!」



 凛花先輩の終了の合図に振り返ると。

 俺の目の前に大剣ツヴァイハンダーが添えられていた。

 ちょうど、俺の首を切り落とすように。



「は?」


「勝者、レオン」


「え? え?」


「やりました、レオンさん!」


「さすがですわ! 頼りになりますの!」



 脇腹を押さえながらも皆に賞賛されているレオン。

 状況を飲み込めないまま、ぽかんと尻餅をついて見上げる俺。

 おいちょっと! 何で俺が負けてるんだよ。



「相殺したところまでは良かったが、詰めが甘かったな」


「・・・」



 ええー・・・。

 何だよこの納得いかねぇ負け方。

 くそ、レオンだから負けたんだよ!

 具現化の使えない他の奴らには絶対負けねぇぞ!!



 ◇



 次の試合をする前に聖女様に身体再生ヒーリングしてもらおうと思ったところで。



「武、本番は回復などできない。そのまま次だ」


「は!?」



 待て。

 それがわかっていたらもっと節約してたぞ!?

 つかなんで俺だけ連戦なんだよ!



「それ、不利すぎんだろ!」


「同じことを壇上で先輩に言うんだな」


「ぐっ・・・!」



 安定の説明なしスパルタ訓練。

 やるよ、唯々諾々とやるしかねぇんだろ!



「次はわたしです」



 流れる銀髪をたなびかせ、さくらが前に出る。

 身長170cm弱、手にする強弓はふたまわりも大きい。

 白金プラチナを思わせる銀の瞳が譲りませんという強い意志を訴える。

 彼女が俺に真っ向から対立するのは初めてだ。

 それゆえか引き締まった眉に彼女の成長を感じる。

 だがよ、それを認めるわけにはいかねぇんだ!



「弓か。そうだな、至近だと武が有利すぎる。200メートルくらい離れて開始しよう」


「さくら、痛くても知らねぇからな」


「武さんもです。刺さっても恨まないでくださいね」



 さらっと笑顔で言うセリフじゃねぇよ。

 避けられっかなぁ。


 指示通り、さくらが200メートルくらい離れる。

 彼女が手に持つのは例の強弓。

 こちらは完全に射程距離だ。



「ああそうだ、矢は100本としよう。使い切ったらさくらの勝ちだ」


「は!?」


「始め!」



 だから開始直前にルールを変更すんじゃねぇ!

 しかもこっからだと遠すぎる。

 もはや豆粒だよ。

 って、もう射ってない!?

 当たる!?


 慌てて俺は横方向に移動した。

 間一髪、顔面の横で矢が空気を切る音がした。

 ・・・ヤバすぎる。

 さっさと接近すんぞ!


 避けた方向に走り出そうとして悪寒が走る。

 違う、こっちじゃない!

 果たして俺の直感は正しかった。

 目の前を矢が通り過ぎて行った。



「は!?」



 ちょ、これ!

 ペース速すぎ!

 ヤバいって!


 結局俺は正面を選んだ。

 疑似化の加速は相当だ、200メートルに10秒もかからない。

 だが、俺の視線を読んでいるのか移動する方向に矢が飛んでくる。

 やべぇって、これ。

 こんなん当たったら一撃だろ。

 腹を括って硬化して突っ込むか?

 いや、後半まで消費は抑えたい・・・。


 下手な逡巡が隙を作り俺を不利にする。

 足元にずぼ、ずぼ、と刺さる矢を避けて後退してしまう。



「あと70本です!」


「射るの早すぎだって!」



 待って! まだ開始して3分も経ってないよ!

 1分10本とかおかしい!!


 もう突っ込むしかねぇよ。

 接近したら勝ちなんだ、迷ったほうが不利だ。


 何本かを正面から避ける覚悟をして・・・。


 ばひゅん!


 ・・・うん、顔の横を通り過ぎたよ。

 背中に氷を入れたようにぞくりとした。

 こりゃ無謀だな。


 というかさ、顔狙わないで!

 即死じゃねぇかよ!

 せめて胴!



「あまり動くと変なところに当たってしまいます!」


「止まってても当たるよね!?」



 彼女の読みに乗るから狙われるんだよな。

 なら読めない動きをするか。


 俺は踵を返して逆向きに走り出した。



「え!?」



 案の定、読めませんでしたと教えてくれる声が聞こえる。

 それでまた向きを変えて彼女のほうへ向かう。

 見ればこちらを狙っている。当然だ。

 このタイミングで俺は強く地面を蹴った。

 身長よりも高く飛び上がる。



「ここで避ける!」



 俺の読み通り、矢は足の下を通過していった。

 いいぞ、これでかなり距離が稼げる!

 勢いに乗って次の矢が届く前に近付く。

 これであと100メートルくらいか?

 また正面から矢が飛んで来る。

 今度は・・・下だ!



「はっ!」



 勢いを殺さず俺は地面すれすれに飛び込む。

 頭上を矢が通り抜ける音がした。

 そして頭からスライディング状態になった体勢を腕立て伏せの要領で地面を押して立て直す。

 これで30メートルくらい稼げただろ!



「あと少・・・どうわぁ!?」



 身体を起こしたところで目の前に矢!

 番えるの速すぎ!

 当たるぅ!?

 イ、イナバ○ァー!!


 何とか後背に反り返って避ける。

 顎を掠めて矢が飛んでいった。

 うへ、血が出てるよ!



「近いと狙いやすいです!」


「獲物は逃げるもんだ!」



 と言いながら。

 ここで畳み掛けるために奥の手だ。

 左右にブレながら集魔法で魔力を練る。

 弱めの硬化ができる準備をしたら正面から突っ込む!



「いくぞぉ!」


「やります!」



 彼女のヘイトを集めるのも忘れない。

 ここまで正面から向かって煽れば正面から射るだろ!


 俺は彼女が八節に入る瞬間を見極め、ミサイルさながら頭を先頭に腕で庇いながら水平に飛び込んだ!

 これで的は腕だけになる!

 よし魔力を流して防御!!


 ぱしん!


 果たして読みどおり、さくらは俺の腕に矢を当てた。

 強化された腕には小石が当たった程度しか感じない。



「もらった!」


「・・・!!」



 よし!

 これで10歩の位置に着地だ!


 俺は賭けに勝った!

 腕の防御を解いてスライディングにならないよう着地をする。

 そうして顔を上げるとさくらの腕が目の前に・・・え!?

 何故そこに!?



「はいぃ!!」


「えっ!?」



 腕をさくらに掴まれたと思ったら。

 俺の視界はぐりんと大きく回転して地面に強く叩きつけられた。



「がはっ・・・!!」



 痛えぇぇ!!

 何!?

 何が起こったの!?


 うつ伏せに叩きつけられ胸を強打して呼吸もままならない俺。

 事態を把握したくてもできない。

 何やら腕を後ろ手に固められて押さえつけられていた。



「そこまで! 勝者、さくら!」


「やりました、武さん!」


「・・・!?」



 こ、呼吸が・・・!

 さくらが腕を離してくれて、ようやく俺が投げられて寝かされていたことを悟る。

 痛ぇぇ・・・これ、飛び込みを掴まれたの?

 飛び込んできた勢いを生かして腕を捻り上げて、ふたりで一回転してどかん、と。

 ええー、さくらが合気道できるなんて知らねぇよ・・・。



「さくら様、やりますわね!」


「弓を手放すタイミング良かったです!」


「奥の手、格好良いな!」



 ちくしょう、味方のはずなのに全員が敵だぜ・・・。

 お前らどうしてそんなに強いのよ・・・まだ入学して2週間だろ・・・。


 俺はこの後の試合にも暗雲が漂い始めたことを自覚してしまった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る