023

 具現化の授業中。

 俺は例により修験場の教会にいた。

 今日は昨日の続き、祝福ブレスの訓練。

 また真っ暗な倉庫に監禁されるところだ。



「難しく考えなくて良い。自分で自分とレゾナンスするイメージ」


「は?」



 毎度、無表情ながらよく分からないアドバイスをくれる聖女様。

 そんなので理解できるならとうにできている。



「じゃ、頑張って」


「ちょっ・・・」



 ばたん。がちゃり。

 おい、今、鍵を閉めただろ!

 俺が閉所恐怖症だったら発狂もんだぞ!?


 ええと。

 自分で自分と共鳴?

 集魔法の要領で共振させるところは良いとして。

 そのエネルギーをどうするか、なんだよ。

 丹撃は腕から出す。

 祝福ブレスは自分に向けろって?

 外に出さずに我慢すりゃ良いのか?


 最初の何かが来る前にさっさとやってみよう。

 呼吸と鼓動、魔力の揺れ。

 すう、くら、とん。

 随分と早くなった。静止の共振も慣れたな。

 で・・・このお腹の魔力を・・・どうすんだ?

 力を入れると腕から出すんだから力を抜く?

 勢いは必要だから・・・。


 俺はいちど力を入れて魔力の流れを作った後、力を抜いてみた。

 お腹の熱がぐわっと胸まで上がった後に、だらだらだらっと全身に広がった。

 ああこれやばい。目眩のやつ?

 魔力の流れが頭を通過する。

 視界を白く染めてぐらぐらと俺を揺さぶる。

 うう、やっぱ目眩だよ!

 くっそ、倒れねぇぞ。


 何とか踏ん張って耐えるがふらふらする。

 バランスを崩して壁まで流されてしまう。

 壁に手をつき、何とかなるかと顔を上げた。

 目の前にまた髑髏があった。



「ぎゃあああぁぁぁぁ!!!」



 び、びっくりした!

 動機が激しい。尻もちをついてしまった。

 これ、何度見ても驚くのって畏怖フィアーの効果なんだよな。

 くそ、これじゃ駄目じゃねぇかよ!

 目眩がしながらも自分の身体を見た。

 暗闇にぼうっと、身体を包む白い膜が輝いていた。

 おう、魔力を循環させるのはできてるよ。たぶん。

 これ、魔力が出てるだけで魔法的な効果がないんだろ。

 要するに具現化させてねぇってことか。


 ええと。

 そもそも集魔法も丹撃もそうだけど具現化してねぇんだよな。

 あくまで白魔力のまま扱ってる。電気を電気として使ってるようなもんか。


 具現化って根本的にどうやんだ?

 電気を熱や光に変えないと駄目ってことだろ?

 つまり魔力を変換、変形させる。

 変形・・・ああ、色をつける!

 だから色をつけるって感情を含めるって言ってるのか。

 たぶん属性持ちはこれを意識しなくても魔力が変換されるってことだな。

 

 でも白魔法って色をつけないって言ってなかったか?

 どういうこと?

 変換しねえと駄目じゃん。

 うーん。

 聖女様のヒントは自分とレゾナンス。

 それってあの棒と同じ原理じゃね?

 ・・・。


 待て。

 レゾナンス、共鳴ってそもそもどうやってんだ?

 香と共鳴するときって香のことを想ってるわけだ。

 じゃあ自分と共鳴するって自分のことを想う?

 え? どうやんの?

 妄想? もうひとりの自分と語るの?

 意味分からん。

 くそ、このままじゃまたびっくりさせられんぞ。


 ・・・自分の気持ちに寄り添うってやつ?

 余計なことを考えずに肯定してやるってやつか。

 ええと。

 俺は毎日全力でよく頑張ってるぞ。

 すごいぞ俺。

 ・・・ぐっ。

 馬鹿っぽいって考えちゃいかん!

 もっと真面目に!


 俺はよく頑張ってる。

 そう、好きなゲームを生き抜くために3年もやった。

 誰にでもできることじゃない。俺は大したもんだ。

 辛くても続けて主席にもなった。すげえよ。

 ・・・。

 ・・・。

 ああ、なんか心地良いな。

 そっか、寄り添うって肯定してやるってことか。

 ん、何となくいけそうな気がする。


 また集魔法で魔力を練る。

 全身に行き渡らせる前に・・・俺、頑張ってるぞ、と。

 自分を肯定して心地よい感覚を作る。

 ・・・よし。

 これで全身に流す。


 ・・・。

 ん、なんか俺、全肯定された気分!

 酒が入ってハイになった時のような。

 良い気になって横を見たら、毎度の髑髏がこんにちは。



「よう」



 驚かなかった。

 これが祝福ブレス? 成功してる?

 すげえじゃん、俺! 具現化できてるよ!

 守られている安心感のせいか髑髏が可愛く見えてくる不思議。


 なるほど、自分を肯定する感情。

 そうだよな、祝福ってそいつの気力を上向けるんだから当たり前だ。

 つーことは畏怖って逆に怖がらせるような、責めるような感情を乗せるのか。

 うん、ちょっと分かった気がする。

 集魔法の共振って正確には共鳴じゃなくて魔力の準備ってことだな。

 前にレゾナンストレーナーが中途半端に光った理由はレゾナンスしてなかったからか。

 なるほど。勝手に納得。



 ◇



 今日は時間前に倉庫から出してもらえた。

 畏怖の効果が無くなったことで聖女様が感づいたらしい。



「すごい。2日でマスターするなんて」



 無表情ながら感心している様子。

 言葉と雰囲気から驚いてるのだろうとわかる。



「聖女様のアドバイスが的確だからですよ」



 脳内で文句ばっかり言ってたけどね!

 でもアドバイスが生きたのも事実。

 短期間で具現化を身につけられると思ってなかったし。

 白魔法の汎用能力コモン・スキルでも嬉しい。



「うん優秀。私も貴方も」


「謙遜しないところも素敵ですね」


「もちろん。自己肯定も大事」



 日本人なのに前向きな発言だ。

 いや、俺が卑屈すぎるのか?

 白魔法にはこの受け入れる感情が必要なのかもしれん。

 祝福には必須なのだから。

 俺の意識改革も進めねぇと。



「明日は外に具現化させる練習。お楽しみに」


「はい、ありがとうございました」



 珍しく精神を削らず授業が終わった。

 よし今日は昼休みが使えるぞ!



 ◇



 いつもバタバタしているので、俺は学校探索をしたいと思っていた。

 今日の付き添いであるジャンヌとリアム君にお願いして早目に昼食を終える。

 ふたりとも協力的なのは有り難い限りだ。



「何か使える施設とかあるかもしれねぇだろ?」


「確かに学校の中って用事がないと歩き回らないわね」


「うん! 探検だ!」



 乗り気のふたりと一緒に廊下を歩き始めた。

 職員室から始まり、図書室、美術室、技術室、視聴覚室、音楽室、科学室。

 定番の部屋は横目スルー。未来仕様の設備には興味あるんだけど時間がねぇ。



「あ、ここ! 何だろう!」



 リアム君が惹かれた部屋。

 それは「防護室」。

 え? 何を防護すんの?



「あたし知ってる。これ具現化の出力を試す部屋よ」


「試す?」


「授業で具現化をさせるときに危険なケースも多いから、何が起きても大丈夫にしてある部屋」


「なるほど」


「へ~! ジャンヌって物知りだね! すごい!」


「あ、当たり前じゃない! こんなの常識よ!」



 ん、ツンデレなお返事。

 このふたり、相性良いのかも?

 ゲームじゃここまで日常的なやり取りはねぇから。


 この部屋、覚醒イベントで来るのかもしれねぇな。

 チラ見しようと思ったけど鍵がかかっていたので入るのは断念。

 さらに奥へ進む。


 

「何だこりゃ? 調教室?」


「調教って・・・あらぬ想像をしてしまうわね」


「ねぇ調教って何?」



 リアム君の素直な疑問に俺もジャンヌも口をつぐむ。

 互いに答えてやれよ、と目配せするが言葉になることはなかった。



「これ、まさか人間に対してじゃないわよね?」


「そう思いたいところだ」



 疑問を解消するため扉に手をかけてみるも開いていない。

 くそ、名前だけで妄想が進んでしまう。



「わかんないね! 次行こう!」



 リアム君はどんどん進む。

 遅れないよう、俺とジャンヌは小走りに追いかけた。



「ねぇ、今度は解析室だって!」


「解析? 何を解析するのかしら」



 解析。

 その単語で思い出す。

 アトランティスから持ち帰ったアーティファクトは学校で鑑定・解析するのだ。

 だからこの解析室はそういう物が持ち込まれる。たぶん。

 中に入ったらお宝があるんじゃね?



「解析するようなもんがあるってことだろ」



 例によって扉に手を掛ける。

 開いてないな、と思いながらノブを回すと・・・開いた。



「あれ? 開いてる」


「ほんとだ! こんにちは〜!」



 怖いもの知らずのリアム君がさっと入室する。

 おいおい、ちょっとは躊躇しろよ。

 突撃させるわけにもいかないので俺とジャンヌも一緒に入る。



「誰もいない?」


「お邪魔しま〜す!」



 中は薄暗い研究室のようだ。

 コンピュータ、ケーブル、測定器。

 顕微鏡や電圧をかける装置、化学薬品の入った瓶。

 部屋の名に恥じず解析していますと言わんばかりの設備が並ぶ。



「なんだよ、昼休みに」



 果たして期待通りに白衣の人物が奥から出てきた。

 茶髪ぼさぼさ頭の顔色の悪い男。

 大学の研究室で寝泊まりしていてだらしなく研究に没頭していそうな人だ。



「ごめんなさい、起こしちゃいましたか?」


「ああ? ごめんで済んだら世話ないね。預かってる物も今はないと思ったが」


「すみません。こいつが勢い余って入ったんです」



 とにかく謝るに限る。

 不機嫌そうな雰囲気だし。

 そりゃそうだ、ノックも無しにいきなり入ってきたから。

 こういう人って自分の領域を荒らされると怒るんだよな。



「あ! 見てみて! これ、面白そう!」



 そしてマイペースのKYリアム君。

 棚に置いてあった角?の生えた四角いオブジェを手に取っていた。



「おい、勝手に・・・」


「おお! 君! それの素晴らしさがわかるのか!!」



 咎めようとした俺の声を遮って、白衣のおっちゃんが声をあげた。



「うん。どうやって使うの?」


「これはな、具現化リアライズを閉じ込めておける装置だ」


「閉じ込めてどうなるの?」


「では実演してみせよう。その装置を手に持ってこちらへ向けなさい」


「こう?」



 リアム君が両手で装置を持ち、おっちゃんの方へ角を向ける。

 おっちゃんは右手を前に突き出し人差し指を上に向けた。



「私がここから魔法を出したら、その装置の上にあるボタンを押すんだ」


「これだね」


「よしいくぞ。火炎放射ファイアウェブ


「うわ!?」


「きゃっ!?」



 いきなり火炎が室内に広がる!

 ぼわっと大きな音がした。

 突然の光と熱に俺とジャンヌは声をあげてしまう。



「ぽちっ」



 そんなものもお構いなしにリアム君はスイッチを押した。

 すると出現した炎が角の中に吸い込まれていった。

 


「すごーい!」


「ははは、どうだ驚いたか。今、その箱の中に火炎放射が入っている」



 いきなり繰り広げられる大道芸に唖然とする俺。

 ジャンヌも言葉が出ない様子だった。



「これ、もう一回押すと出てくるの?」


「ああ、そうだ。減衰もしないから好きなタイミングで出せるぞ」


「へぇ~、すごい! やってみるね」


「ちょっ・・・!!」


「ぽちっ」



 そして広がる炎。



「ぎゃあぁぁぁ!」


「きゃああぁぁ!」


「うおおぉぉ!」



 ◇



 そりゃね、狭い室内で炎を出せば燃えますよ。

 人的被害が無かったことが不幸中の幸い。

 火災対策の水が天井から噴射されて事なきを得た頃にはびしょ濡れ。

 水を雑巾で拭き取って後始末をしたら昼休みも終わる時間になってしまった。



「結局片付けだけで終わっちまったよ」


「ほんと・・・」



 げんなりする俺とジャンヌ。

 どうして俺たちふたりだけが片付けていたんだ。

 納得いかん。



「ね! これどうやって使うの!?」


「おお、これはだな・・・」



 片付けもそこそこに棚の品々に目移りしているリアム君。

 おっちゃんも際限なく付き合っている。

 入室時の暗い印象が吹き飛ぶほどに生き生きしてんな。

 典型的な研究者だよ。



「リアム、時間よ。戻るわよ」


「ええ!? もう?」


「来たいなら放課後に行けば良いだろ」


「今日は付き添いだからなぁ。ね、おじさん。明日も来ていい?」


「エリアと呼びたまえ。私の名はエリア=パンゼーリだ」



 おっちゃんは無精髭が気になる口角を上げて名乗る。

 リアム君も笑顔で答えていた。



「うん、エリアのおじさん! また来るね!」


「おじさんは余計なのだよ。私はまだ20代だ」



 こうして俺達は解析室を後にした。

 急ぎ足で廊下を戻りながら俺は思い出していた。

 そう、ゲーム中でアーティファクト等の未解明アイテムを鑑定する人。

 エリア博士というキャラがいた。恐らく彼がそうだ。

 なるほどね、この学校内で解析を担当しているのか。


 彼には今後、色々とお世話になるだろう。

 知り合う時期が早すぎる気がしないでもないけど!


 少し濡れてしまった制服が乾いた頃に俺達は教室へ戻った。

 午後の授業を受けながら、俺はふと思った。

 あの部屋には掘り出し物があるのかもしれない。

 色々置いてあったし、何となくゲームで見たアイテムっぽいものもあった。

 通行手形リアム君を連れてまた行ってみようかな。




 


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