012
修験場から何とか戻ってきた俺は昼休み前に休憩しようと思っていた。
さすがに滝行は効いた。
意識を飛ばすまで続けていたわけだから体力も消耗する。
これ、風邪ひいちまうよ。
先に
ああ・・・疲れた。
昼休みまで15分くらいあるんだから寝て待とう。
ここなら凛花先輩が来てくれるだろ。
・・・・・・。
・・・。
◇
・・・。
ん・・・。
あれ・・・寝てた?
やばっ!?
俺はがばっと身体を起こした。
「あ~、起きたかい?」
うえっ!?
凛花先輩!?
寝ぼけ眼でぼやっと周りを見ると、木陰で横になっている人がいる。
「可愛い寝顔でよく寝てたよ。無防備すぎ。ははははは!」
「・・・!!」
げっ!?
俺、隙があり過ぎだろ!
慌てて目を擦って頭を覚醒させる。
のんびりと余裕そうに寝ている凛花先輩の姿が見えた。
「アタイと同じようにサボってると成績落ちるよ」
「えっ? 今、何時!?」
「13時前だな」
「うお!? 寝すぎた!!」
俺は飛び起きた。
そう、この学校はチャイムが鳴らない。
だから俺は昼休みの開始も気が付かないまま過ごしてしまった。
凛花先輩がここに来たことさえも気付いていなかったわけだ。
「あ~待て待て。昨日の今日であんまり回復してなさそうだな」
慌てて教室へ向かおうとしたところで俺を呼び止める凛花先輩。
「え、早く戻らねぇと」
「それで戻っても寝るだけだと思うね」
「・・・」
む。
この気怠さは確かにそうなるかもしれん。
でもこのまま寝続けるわけにもいかねぇだろ。
「どうにかなんのか?」
「あ? 駄賃は?」
「ちゃっかりしてんな。ほら」
買っておいて良かったよ。
「昨日は魔力を発散させ過ぎたから。今日は魔力を集める」
「んなことできんの?」
魔力不足って、RPG的には寝ないと回復しない。
或いは時間経過。
固定観念だけども俺はそう思っていた。
事実、今、俺は猛烈に眠い。
でも寝れば傷が全快するゲームもおかしいよね。
「あ〜、魔力は丹田に集めんのがいちばん手っ取り早いんだ。だから今からそこに魔力を込める」
「え? 昨日と同じじゃ?」
「昨日は君の中の魔力を固定化しただけ」
「そうなの?」
え? 昨日のアレは全部、俺の魔力なの?
あんなのが身体に宿ってんのか、すげえな。
「あ〜、ベンチに戻れ。君だとたぶん、魔力酔いする」
「え?」
「それじゃやるぞ」
「え? え?」
待て。覚悟する前にやるんじゃない!
のんびりなのに思い立ったら行動が早い先輩。
有無を言わさず、先輩の腕が俺のお腹のあたりに添えられた。
「行くぞ」
「ちょっ・・・」
「ふっ!」
凛花先輩の身体に緑のオーラが宿ったと思ったら、それらが腕に集まって、そのまま俺の身体に侵入した。
「・・・うっは・・・!?」
ぐ・・・熱い!?
昨日、お腹に集めた魔力の感じと同じだ。
例により上からも下からも何か出そうになり気分は最悪だ。
「よし。馴染むまで深呼吸を繰り返せ」
「・・・すぅぅ・・・はぁぁ・・・」
言われるがまま、俺は呼吸に集中する。
他のことを考えたらこれに押し潰されてどうにかなってしまいそうだ。
「うん。そうだ。そのまま力を入れずに繰り返す」
「・・・すぅ・・・はぁ・・・」
徐々にお腹の熱が拡散を始める。
腕や頭へと熱が広がって今度は目が回ってくる。
うえ、三半規管がぐるぐる・・・。
「そのまま落ち着くまで力を入れるなよ」
「・・・」
・・・。
調子悪いときって力んだりするよね?
こう、身体の淀みをガリガリと引っ掻いたりしたいような。
あああ、どうにかしたい。
「まだだ。アタイの魔力が馴染むまで我慢しろ」
「・・・」
馴染む?
ああ、なんかこの気持ち悪さって外から入ってきたからか。
凛花先輩の風の魔力が中にあるって?
いや、女性のものだろうと何だろうと、気持ち悪いもんは気持ち悪い。
「・・・ふぅぅ・・・」
ようやく楽になってきた。
それと同時に、先程まで感じていた気怠さが抜けていたことに気付く。
「あ、眠く無くなった?」
「よし、馴染んだな。お、アタイの緑だ」
「は?」
「ほら、君から立ち上る魔力の色だ」
「え!?」
えええ!! 凛花先輩、見えてんの!?
サブキャラでもなくモブキャラだよね!?
モブでこんな凄い人いんの!?
「凛花先輩って・・・」
「ふあぁぁ・・・。ねみ・・・」
確認しようと思ったら凛花先輩はまた木陰に寝そべっていた。
もしかして俺に魔力を贈与したから自分のが無くなって眠い?
・・・。
「・・・凛花先輩、ありがと」
「あ~。闘技部で待ってるよ」
ひらひらと手を振る凛花先輩。
見てないだろうけど、軽く頭を下げて。
俺は急いで教室に戻ることにした。
◇
昼休みをぶっちして教室に戻った俺に主人公6人の視線が刺さった。
昼に戻ってくるはずなのに、お前どこに行ってたんだよ、と。
さくらさんは心配そうな雰囲気だけども、他5人の視線は責める感じだ。
そりゃ何のためのSS協定だって話だろしな。
間もなく昼の授業が始まるので俺は自席に座る。
まぁ責めるなら責めてくれ。
不可抗力な気もすんだけど俺の行動結果だ。
「あの、武さん。何をなさっていたのですか?」
さくらさんが聞いてくる。
心配そうな雰囲気なのが心に痛い。
ごめんよ、護衛対象が行方不明なんて困らせたよね。
「ごめん。疲れて昼寝してた」
「お昼寝、ですか? 他に何かされていませんでしたか?」
「うん?」
やたら突っ込んでくるね、さくらさん。
「武。お前の魔力に風が混ざっている」
レオンに指摘されて理解する。
そういうことか。
俺のオーラに別の色が見えるってか。
君たちからすれば、いきなり白に緑が混ざってるってことだもんね。
そりゃ気になるか。
「外から魔力を入れてもらったから」
「うん? そんなことができるのか?」
そいや、闘技部の訓練方法を「特殊」なんて言ってたな。
やっぱ気功に関する技能は一般的じゃないのか。
ってことは、外から魔力供給されるのも一般的じゃないって?
「できるみたい。そのへんも放課後にな」
訝しげな視線を向けられる。
俺のやってることって、そんなに変なんですかね。
もうちょっと好意的に捉えてもらっても良いんじゃない?
◇
放課後、仮所属での部活動の時間。
今日も最初の1時間をお話タイムにしようと、レオンとさくらさんを連れて食堂へ向かった。
3人で廊下を歩いていると前から誰か来る。
すれ違おうと避けたところで、そいつは俺たちの前で立ち止まった。
「君がA組主席の京極 武かい?」
「そうだけど、あんたは誰だ」
金髪碧眼で狐面。目や口も線のように細く、顔も細長い。
知らねぇ男・・・と思ったが見覚えがあるような気がする。
でも俺の知り合いにこんな狐面の奴はいない。
「おっと、これは失礼。君たちの前で話をしたはずなんだけどね」
前で話をした?
部活紹介の時か?
狐面というだけで何やら怪しげだというのに。
顔付きで偏見は持たないようにしようと意識しても、こいつの悪巧みするような笑みが敵意にしか見えねぇ。
「僕は生徒会副会長のアルバート=エリオットだ。以降、覚えておいてくれたまえ」
副会長って。
ああ、あの部活紹介で前に出て熱弁を振るっていた人か。
こんな雰囲気だったっけ?
「アルバート先輩ね。副会長様が何の用事だ?」
「ははは、先輩相手に遠慮のない人だ。なに、君が歓迎会で参加する舞闘会について補足をしようと思ってね」
「補足? スピーチの後に殴り合うって聞いたぞ」
「おお、なんと野蛮な誤解だ。我々先達が後輩への啓示をする場だというのに」
大袈裟な身振りで喜劇の道化のような口調だ。
正直、胡散臭い印象ばかりが募る。
「まぁそう言うならそうとして。んで、補足ってのは何だ?」
「舞闘会では毎年、宣誓の儀というものを行うんだ」
「宣誓の儀?」
「これは参加者だけが行う事前儀式でね。毎年、我々先達が宣誓することは決まっているのさ」
「・・・」
きな臭い話だ。
わざわざ言いに来るような話でもなさそうなのに。
「君も宣誓する事項を考えておいてくれたまえ」
「うん? 宣誓なんて言うこと決まってるんじゃねえのか?」
「ははは。君が願うことを言えば良いんだよ」
「ん? スポーツマンシップに則って、とかいうやつじゃないってことか?」
「そのとおりだ。その場で考えると思いつかないケースもあるのでね。老婆心ながら進言に来たのだよ」
益々、怪しい話だ。
去年の情報を集めないと駄目かもな。
「ところで舞闘会って俺ひとりが殴られるのを楽しむ会なんだよな?」
「その歯に衣を着せぬ言、素晴らしいが、啓示の場と言っただろう」
凛花先輩の様子から碌でもない話なのは間違いがない。
こいつのどこか蔑む態度からもその雰囲気が伝わってくる。
本当に気に食わねぇな。
「啓示って何を有り難く示してくれんだ?」
「世界戦線の厳しさを示す場なのだよ」
「・・・理不尽さを見世物にして教訓なんぞになるのかね」
「ああ。それだけではないのだけどね」
「ふーん・・・」
「ふふ。当日までに仮所属の場所で存分に訓練をしておくと良いよ。当日に成果を見せてもらうからね、せいぜい楽しませてくれ」
狐顔の副会長はそう言い残すと、にやにやしながら俺の横を歩いていった。
「・・・奴は気に食わんな」
「いい気持ちはしませんね」
「だな。お前ら気が合うじゃん」
三者とも感想は同じか。
レオンよ、お前がゲームで暴れた気持ちがわかってきたぜ。
◇
改めて食堂にて。
ふたりとも俺と話をしたかったようで少し機嫌が良さそうに見える。
色々言いたいこともあるだろうから、じっくり話そうじゃないか。
「まず改めて。昼に不在にしてて心配をかけたと思う、ごめん」
「武さんがご無事なら良いです。お疲れのご様子でしたから」
「そうだな。色々と大変な様子に見える」
レオンが心配しながらも、お前、頑張ってるな的な雰囲気で口角を上げる。
さくらさんも優しい微笑で俺を見ていた。
君たちふたりが俺の事情をいちばん理解してくれてそうで嬉しいよ。
「えっと。どっから話すかな。まず俺の現状・・・というか歓迎会の話を」
「先程の先輩のお話ですね。 スピーチをなさるだけではないのですか?」
「それだけじゃねぇんだよ・・・」
ソフィア嬢から伝わってなかったのか。
今度、情報共有もしてもらうように頼んでみるかなぁ。
いや、かえってコントロールが難しくなる予感がする。
ソフィア嬢のにやりと悪巧みする顔が浮かんだので諦めることにした。
俺はふたりに歓迎会で行われる舞闘会の話をした。
主席が毎年、見せしめとして叩かれていること。
生徒会の横暴が絡んでいること。
そのために闘技部で対策をしていること、魔力を掴む訓練をしていること。
魔力不足で先輩に補充をしてもらったこと。
「なるほど。お前が過激な訓練をしている理由はわかった。何か力になれることがあれば言え」
「その、かなりご無理をなさってますよね。わたしたちもできるだけサポートしますから」
「ん、ありがと」
レオンもさくらさんも優しすぎだろ!
我が事のように心配をしてくれる。
ソフィア嬢と結弦に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「正直、1週間程度の付け焼き刃で何かできるとは思ってねぇ。けど、理不尽には対抗したい」
「同感だ。対等なる試合は望むところだが単なる弱い者いじめは認められん」
「ああ、そうだ。レオン、試合前の日曜に模擬戦してくれねぇか?」
「俺とお前が、か? いいだろう、それで対策になるならいくらでも」
「頼むぜ」
正義感の強いレオンは同調してくれる。
ああ、男友達としてとても良い関係になれそうな予感がするよ!
ほんとにこいつ、俺に対して恋愛感情なんてあんの?
友情っぽいもんしか今のところ感じてないんだけど。
いや、考えんのやめよ。フリになりそうな予感がする。
「その日はわたしもご一緒しますね」
「うん、さくらさんにも弓で射ってほしいかも」
「え!? 危ないのでは?」
「それを体感するために、ね」
俺に対して、というところで迷った様子だったが、さくらさんも頷いてくれた。
ありがたい、このふたりは本当に俺のことを考えてくれている。
感謝しかない。
「ところで、南極の話を聞きたいのだが」
「そうです! わたしも教えてください」
「ああ、約束だしな。話すよ」
さて、このふたりにどこまで説明すべきか。
本音は飯塚先輩と同じレベルまで話したい。
けど、シナリオ攻略の観点からはまだ話せない。
そこは主人公同士の絆が確認できてからだろう。
しかし高天原へ入るための俺の強い動機はどう説明したものか。
いっそのこと、このふたりにだけ話をしてしまうか?
だがそうすると今後、絆を作らせる動機が無くなってしまう。
やはりそっちの見通しが立たねぇ現時点で全ては説明できん。
「俺はこの高天原学園でやることがあって入学する必要があった」
「そのやることとは何だ?」
「すまん、それはまだ話せねぇ。時期が来たら説明する」
「それは貴方の命をかけるほどのことなのですよね」
「そうだ」
このふたりは俺が南極で命を落としそうになったことを知っている。
ある程度は情報開示しねぇと駄目だろうな。
「もともと、俺のAR値はゼロだった」
「それを南極のあの局面で聞いたが、本当だったのか?」
「ああ。それでないと魔王の霧で俺が死にかけた理由が立たねぇ」
「ふむ」
「魔王の霧? ですか?」
ああ、さくらさんは知らないか。
そこも説明をしないと。
「魔王の霧ってのは、大惨事を引き起こした元凶だよ」
「え?」
俺は改めて、魔王が飛来した大惨事以降の歴史を説明した。
魔王の霧が旧人類を死に至らしめたこと。
生き残った人類が
世界政府が樹立し、これらの情報を隠蔽したこと。
レオンも話を聞いていたはずだが、頷きながら黙りこくっていた。
「つまり魔王が撒き散らした魔力が人間の身体に宿った、と」
「そう。それが魔力適合。そのために俺は南極で魔王の霧を浴びた」
「その、どうして南極に魔王の霧があるとわかったのですか?」
「ん? 考えてみて一番可能性がありそうだと思ったから?」
「え・・・」
「なに・・・?」
ふたりとも驚いている。
そんなにこの推論が暴論なのかね。
まぁ俺はずっとこの件について考えて調べ続けてたからな。
他の可能性を潰していたからこその結論かもしれん。
「ところで、何故、武の魔力適合は無かったのだ」
「そんなん俺が聞きたい」
あったらあんな苦労はしてねぇよ。
もっとも、少しでも適合してたら魔王の霧っていう選択肢は取れなかったろうけども。
「魔王の霧を浴びてみて理解したことがある。魔力は人間の精神に食い込む何かなんだ」
「・・・」
「だからレゾナンス効果が共感をもたらすんだと思う」
ふたりとも神妙に聞いている。
生まれた時から当たり前にあった魔力が何者かに人為的に齎されたものだという事実は、ある意味気持ちが悪いと思うんだ。
でもいちど適合したものを分離することはできない。
今、世の中に旧人類が居なくなったという現実がそれを物語っている。
「俺の高いAR値は、旧人類が全身に濃い魔王の霧を浴びた結果だ」
「それで大惨事症候群と診断されていらっしゃいましたね」
「なに!? 死亡する直前の状態ではないか」
レオンが驚く。
そりゃそうだ。「魔王の霧により死亡直前に見られる症状全般」という意味での症候群だ。
致死率で言えば100%だろう。
体感では全身に魔王の霧を浴びなかった人だけが生き残ったのだろうと思う。
アレを隈なく浴びれば間違いなく死亡する。
霧は空気に乗って世界中を満たしたのだから、よほどうまく逃れた人だけが生き残ったのだと思う。
「聖女様の
「
レオンは俺が日本に戻るまで仮死状態だったことを知っていた。
ただそれが大惨事症候群であったという認識はなかったはずだ。
だからこの事実も疑問を呼ぶだろう。
「正直、こうやって助かった理由は俺にも説明できねぇ。ただ現実として俺はこうして魔力適合を果たした」
「でも、武さんはほんとうに危ない状態に・・・」
ん? 声が・・・。
あ、さくらさんの目が潤んでいる。
よく見ればレオンも瞼を閉じたまま目を親指で拭っていた。
あああ、ほんとごめんよ、心配かけて。
「その。ほんと悪かったよ、心配かけたのは」
「・・・やっぱり駄目です。反省してもらいます」
「え?」
さくらさんは席を寄せて俺の隣に座り直した。
そうして抱きついて顔を俺の胸に埋めた。
「えっと、あの・・・」
「しばらくこのまま反省です。どれだけ心配したと思っているのですか」
慌てる俺のことなど構いもせず。
人目も憚らず、彼女は静かに泣いていた。
あの時の感情を思い出してしまったのだろうか。
「むぐ!?」
「お前という奴は・・・」
いつの間にか背後に立っていたレオンが俺の頭を腕に抱いていた。
ちょっと待て! 顔を取ると喋れねえだろ!
涙声っぽかったから、お前も感化されて感極まってるようだけど!
「むが・・・!」
少し暴れてみたが、ふたりともしばらく離してくれなかった。
なんか昨日も似たようなことになった気がすんだけど!?
ああもう。
こんな俺のための涙、振り払えねぇだろ!
俺は自分のやらかした結果というものを、改めて分からされたのだった。
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