死を食む黒龍~シヲハムコクリュウ~
西暦2090年8月21日、午後11時50分―――。
その時、Vincent(ヴィンセント)は寝室で女を抱いていた。
「ククク……どうだ?
お前の夫のモノよりいいだろう?」
「……!!!」
猿轡をかまされ、両手を上に拘束されたその女性は苦し気にあえぐ。
「クク…、!!」
不意にヴィンセントの腰に衝撃が走る。女性がその足を使って男の腹を蹴ったのである。
「この!!!!」
ガ!!!!!
ヴィンセントは怒りに任せて、女性の横っ面を拳で打撃した。その一撃で女性は昏倒してしまう。
「ち……、いらんことをしおって」
ヴィンセントはそう吐き捨てると、立ち上がって女性の足をつかみ、そのまま力に任せてベットから引きずり下ろした。
あまりにも無残な状態で転がる女性を一瞥し、ヴィンセントは近くにある携帯通信機(ワールドフォン)のホームボタンを押す。
「おい! 女が気絶した!
代わりの女をよこせ!!」
そう叫んでから、側にあるタバコケースを手に取るヴィンセントは、そのまま薬タバコに火をつけてそれを口にくわえた。
「フン……。今夜こそは来るか?
RONには高い金を払ってるんだ、もうちょっと情報をよこせってんだ……」
タバコをくゆらせながら、広い窓から外の夜景を眺めるヴィンセントは、苦々しい顔で舌打ちをした。
ヴィンセント―――、
この男はかつてはフィリピン海軍に所属していたれっきとした軍人であった。
しかし、そのころから今にまで続く悪癖を持ち、それが原因でフィリピン政府に追われる身となっていた。
彼は、海軍時代の艦艇を強奪、部下を伴ってフィリピンから逃走、そのまま海賊団を結成して今もその悪癖をかなえる所業をなしている。
その悪癖とは―――、
強姦と贅沢であった。
現在、ヴィンセントはもともと軍人として優秀だった頭脳を悪用し、現在に至る強大な海洋・陸上部隊を手に入れ、周辺国家が簡単には手出しできないほどの戦力を獲得している。
その規模は―――、
砦防衛用の主力戦車、多脚戦車、計12両。
空爆対処・迎撃用の対空車両6両、
電子戦対応の装甲車両5両、
対船舶装備に換装可能な対戦車ヘリ9機、
それを運用するための護衛艦改装海賊船3隻、
……と、海賊団としてはかなりの戦力を有している。
マドモス島の海賊砦は、周囲を分厚い装甲防壁で囲み、容易には攻略不可能な要所となっている。
それを攻略するには、当然それなりの戦力を要求する。
RONの目がある南シナ海南部では、容易に大規模な部隊展開は不可能であり、これまで彼らの暴挙を許していた原因となっていた。
当然、大国の一つとはいえ、日本政府が派遣する小規模な部隊では、攻略は不可能であろうことはヴィンセント自身がよく理解していた。
しかし、である……、
「用心に越したことはないからな……」
人間として腐りきっていたヴィンセントだが、頭脳に関しては腐ってはいなかった。
そのため、RONからの情報を得てからここ1か月、砦防衛部隊を警戒状態で待機させていたのである。
「ふう……」
ヴィンセントは指で薬タバコを握りつぶすと、それを気絶したままの女に向かって放り投げる。
今夜は不快だ……。
◆◇◆
西暦2090年8月22日、午前0時35分―――。
マドモス島の北西にある艦艇待機所にて、警戒中であった兵士が停泊中の海賊船の脇の海が少し大きく波打つのを見た。
装甲車のライトで照らして索敵にあたったが、結局何も見つけることはできなかった。
同日、午前0時45分―――。
砦を望むことのできる高台に、オルトスが搭乗する4号機が到着。その場に伏せて待機する。
同日、午前0時50分―――。
小隊長機である1号機と要の乗る3号機が、砦正面装甲扉を望む位置にある森に身を隠し待機。
そして、午前1時ちょうど―――。
パパパパパパ!!!
無人偵察機のローター音が、砦正面装甲扉前に響く。それは確かに、装甲扉へと突撃してくる二機の人型兵器をとらえていた。
「アルファ2!!」
1号機から命令が飛ぶ。
次の瞬間、3号機の肩にマウントされた対空リニアキャノンが動いて、弾丸を吐き出す。
それは的確に、無人偵察機を貫通、攻撃を受けた機体は炎を上げて墜落していった。
ドン!! ドン!!
砦装甲防壁の脇に待機中の2両の多脚戦車RT89改が、その砲塔を旋回し155㎜キャノンを発砲する。
しかし、高速で駆け抜ける人型兵器には、容易に命中するものではなかった。
「邪魔だボケ!!!」
ガンベルトを全身に巻き付けた3号機から声が発せられる。彼女が持つ88㎜重機関銃がその凶悪な咆哮を発した。
ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボン!!!!!!!
その88㎜の弾丸の嵐が多脚戦車の1両をとらえた。
ドン!!!
力学防御幕を張る暇もなく焼けて吹き飛ぶ装甲。そして、火をあげてその多脚戦車は沈黙した。
もう一両はその光景を見て、周囲に力学防御幕を展開。そのうえで155㎜キャノンの砲塔を旋回させる。
「ふん!!!!!」
と、その時、1号機が何か巨大なものを多脚戦車に向かって投げてきた。それはあまりにも巨大な重量物。
ズドン!!!!
それの直撃を受けた多脚戦車は一瞬だが動きが止まった。そして、それが致命傷になった。
「そら!!!」
1号機が多脚戦車に肉薄、ぶん投げた重量物を手にして大きく振りかぶったのである。
グシャ!!!!
多脚戦車の装甲が、力学防御幕による強化を受けてもなお拉げて、砕ける。
彼が手にしているのは、分厚い装甲扉(爆薬でも破砕できないレベルの)を粉砕する巨大な金槌であった。
グシャ……。
さらに一撃を加えると、もはや多脚戦車はピクリとも動かなくなった。
「正面扉前クリアー。
アルファ2……行くぞ」
「おう!!」
1号機はそのまま、砦の装甲扉前に立って、その手の装甲扉破砕槌を振りかぶった。
ズガン!!!!
耳に響く不快な金属音と共に、装甲扉が砦内部に向かって吹き飛んでいった。
「わあ!!!!!」
その瞬間、砦の奥で悲鳴が上がる。
吹き飛んだ装甲扉は、砦正面内部に待機していた、T131改主力戦車の1両に直撃しそれを仰向けに転がしてしまったのだ。
「おう!!! ラッキー!!!」
3号機からそんな声が上がる。
『T131主力戦車』
かつてのロシア軍再編の際に大量流出した兵器群の一つ。
テロリストが使う最も標準的な戦車であり、ある意味最大の脅威と呼べるものである。
その装甲は現在でも珍しい特殊強化セラミックス製であり、徹甲弾に対する絶対的な耐久性と、榴弾の熱打撃に対する耐性を兼ね備える最強の装甲であり、主力戦車というカテゴリーにおいては最強の防御性能を誇っている。
武装に関しても、155㎜キャノンと対空リニアキャノンで、現代主力戦車としては標準的な兵装を持ち、唯一ないものと言えば無人制御機能ぐらいのものである。
――最も、ガワが高級で珍しいものであるのが災いして、整備性はそれほど高いものではなく、装甲が一部ない状態で運用されることも多い戦車ではあるのだが。
そんな陸上最大の脅威が、何もしないうちに無力化されたのなら喜ぶのは当然であろう。
しかし、目前にはいまだ3両のT131改主力戦車が控えている。
ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボン!!!!!!!
3号機の88㎜重機関銃が火を噴き、1号機は腰に設置された手りゅう弾の一つを手にして放り投げる。
手りゅう弾は爆発を生まず、周囲に真っ白な煙を吐きだした。
「うえ……」
周囲から無数のうめき声が響き始める。
その手りゅう弾は、視線を遮る効果と共に、催涙性を備えた特殊投擲弾であった。
ガガガガガガ……!!
88㎜弾の直撃を受けて主力戦車は装甲が揺れる。それでも何とか弾丸を受け止めていた。
「かてーな、この野郎……」
3号機の要がそう言って顔をしかめる。3両の主力戦車がその砲を目前の二機に向けた。
ガン!!!!
突如、どこからか弾丸が飛来して、主力戦車の装甲を貫通する。そのまま砲塔を吹き飛ばして沈黙した。
「え~と……次は……」
その弾丸を放ったのは高台にいるオルトス。
155㎜狙撃銃にさらに弾丸を装填すると、次の目標へと狙いを定めた。
(目標確認……。T131のデータをもとに装甲の弱点部位を確認……。弾道計測……)
ドン!! ドン!!
さらに二回、155㎜狙撃銃の咆哮が上がる。
その弾丸は、的確に1㎜程の装甲の隙間に命中し、貫徹、粉砕してしまった。
「相変わらずやるな、オルトス!!」
3号機がそう叫んで手にした88㎜重機関銃を振り回す。ガンベルトが見る見るうちに機関銃へと吸い込まれていった。
ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボン!!!!!!!
周囲に集まってきていた装甲車両3台を次々に吹き飛ばす弾丸。
砦正面は阿鼻叫喚に包まれる。
「クソ!!! 対戦車ヘリを……」
どこからかそんな声が聞こえる。しかし、
ドカン!!!!
艦艇待機所の方向から火の手が上がる。
「な?!」
あまりの事に唖然となって火の立つ方向を眺めた。
【ベータ1よりアルファ1へ……。目標の沈黙を確認。海賊船はヘリごと爆薬で全て沈めました】
1号機の通信機に2号機の霞から通信が入った。
「了解……、こちらでも確認した。ベータ1はそのままガンマ1に合流。陽動に入れ……」
【了解】
その通信を最後に通信機は沈黙する。
……国防軍情報部によると、あとは……、
「多脚2、主力4、装甲8……」
それらは、おそらくこちらを包囲するべく展開しているはずだ。今のような奇襲は効かないかもしれない。
1号機の冬獅郎は、美少女革命プリデール・スマッシュの後期オープニングを口ずさみながら考えていた。
◆◇◆
『派手に始まったな……』
流暢な中国語が闇に響く。それを発したのは性別すらわからない、漆黒の野戦バトルスーツに身を包んだ人物であった。
その手には拳銃の形をした、しかし明らかにそれとは違うモノだとわかるものを握っている。
『さて……こちらも動くか』
そう呟いた黒づくめは、手にした機械(デバイス)を起動する。
<アクティブスキル『光学的認識阻害』展開>
<アクティブスキル『対人認識感知』起動>
<パッシブスキル『完全隠蔽動作』正常動作確認>
それは、超能力者が扱う『アーツデバイス』。クラスは『Covert Sniper(=隠密狙撃手)』。
その闇の中で、RONが保有する超能力者―――、
準戦略級と呼ばれるランクの……、
すなわちイージス艦と同レベルの戦力を保有する、強大な化け物が動き始めていた―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます