エピローグ

第49話 皆殺し宣言?



 ただ問題がひとつある、ここが地下ではないことだ。

 キースの能力は、光がさんさんとあたるこの場所では、真価を発揮できない。

 彼のことをよく理解しているエルフは、先ほどからあるモノを地面に足裏で描いていた。


 槍使いとじりじり距離を詰め、足を入れ替えて移動するように見せながら、一つの魔法陣を描いていたのだ。


「落とすぞ!」

「やってくれ!」


 確認と承認の声が入れ替わる。

 ライシャはその背に許可を受け、足裏で地面を叩くことで、大地の精霊に命令を放った。


 途端、彼女の背中から半径数メートルの地面が陥没して、そこにあるものを吸い込んでいく。


「アレク!」


 どす黒い闇のなかに勇者が消えるのを見て、弓使いが名を呼んだ。

 しかし、数舜のあとには地面は何事もなかったかのように元通りになっていて、その上に立っていた勇者とキースだけが消えていた。


「おい、エルフ。何をした?」


 槍使いバイゼルが、穂先をライシャに向けたまま静かに問う。

 ライシャは背後をちらっと見返し、興味なさげに、ああ。とだけ返事をした。


「ダークエルフ! アレクはどこだ!」


 利き腕を治癒した弓使いが叫ぶ。その隣ではどうにか地精を吐き出した、ロンディーネが白目をむいて倒れていた。


「……お前達おかしいとは思わなかったのか?」

「どういう意味だ」

「棄民のアレクが、どうして地下迷宮で生還率九割を誇る道先案内を、十数年も続けて来れたのか。普通は気になるだろう。雇う時に確かめなかったのか」


 フォンとバイゼルは顔を見わせる。

 勇者アレクのパーティが、地下迷宮『禍福のフランメル』を踏破しようとした際に雇った迷宮案内兼荷物運びは、棄民が経営する迷宮探索ギルドの紹介だった。


 これまで迷宮探索をしてきた冒険者たちに雇われ、雇い主の生還率が高い敏腕迷宮案内人。という触れ込みだった以外、詳しいことは誰も聞いていない。


「あいつらこれまでに案内してきた冒険者たちは、そのほとんどが生きて地上に戻ってきた。だがそれは、その冒険者たちの腕が良かったからだ。そうだろ?」

「さあな」


 フォンがそう言い、バイゼルは訝しそうに顔をしかめる。

 ライシャはこれまたおかしくなり、剣を構えたまま、失笑する。


「キースは地上では弱い。影が少ないからな。くははっ、なんともばかばかしい。そんなことすらも知らなかったのか……はははっ」

「影? そんなものはどこにでもあるだろう。この地上にだってある。地下にだって……」


 まさか、と槍使いは眉をひそめた。

 地下世界には光はある。誰が作ったのか、迷宮には一定間隔で光を放つ魔石が設置されてあるからだ。


 しかしその光は弱く、人の目には薄暗い場所に見えてしまう。

 地上の人間にとって、地下の世界は闇そのものだった。


「地下にだって影はある。影は闇に通じている。光によって照らし出された影は、本体の持つ全ての情報が残されている。光がなくなれば影は闇へと消える。そのとき持っていたすべての情報を残したまま、な」

「意味が良く分からんな。その情報が残されていたところで使えなければ意味がない」


 いや、待てよ。バイゼルはふたたび構えた槍を持つ手をふと止めた。

 光によって照らし出された持ち主の全てを知り、なお自分のものとして持ち主と同じレベルで扱えたなら?


 もし、神が遺した影を手に入れたそいつは、神の力を得ることになる。

 それが、まだ誰も到達したことの無いとされる、四十から五十階層の合間に住む、魔獣たちのものなら? 


 だが、それはないな。と否定する。


 希有な能力だがこのエルフが語ることが真実だとしたら、あの棄民は既に様々な能力を手に入れ万能に近い状態だということになる。

 そんな人間が、この地上で敵対した勇者たちを生かしておくはずがない。


「……時間限定か」

「いい勘をしているが、ちょっと違う。あいつは、公平な男だ」

「公平? 光が届かない地下に誘っておいてか?」

「いやいや。地上世界よりも、地下世界の方が、より魔力は濃くなり、扱える力も増す。キースはただ、万全の態勢で、より強い勇者を撃破したいだけの、格好つけで馬鹿な男だ。だがまあ、そんな愚直な男だから、私も手を貸したくなる」


 だから今から始まる戦いにケリをつけて、さっさと迎えに行かなくてはいけない。


 そんな意味を示すように、ライシャは剣先に眼球ほどの大きさの陽光を作り出す。

 眩く、そこにあるだけで熱さを感じるような、膨大な熱量秘めた、小型の太陽のような光の球だった。


 槍使いは不気味な恐ろしさを秘めたその魔法を警戒した。


「気をつけろ、フォン。ここは俺がやる。お前はロンディーネを連れて、オフィーリア様の元へ。治療が終わったら戻ってこい」

「だが、バイゼル。あんたでも敵うかどうか」

「それは……運、次第だ」


 弓使いが女魔導師を抱き上げて走っていく。

 人々の輪が周囲を囲み、このままライシャの攻撃が放たれれば、怪我人では済まないと、槍使いは理解する。


 被害を最小限に止めなければ、勇者パーティの沽券に関わる……。

 まずはエルフの剣先にある厄介な魔法をどうにかしなくては。


 そんな彼の心の葛藤をあざ笑うかのように、ライシャは剣先から光球を地面へと落とした。


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