第47話 棄民



 言葉を詰まらせて喘ぐように二人は返事をする。

 その首は壊れた人形みたいに、上下していた。

 勇者は正気と狂気の狭間でひとしきり笑うと、キースたちをその赤い瞳でねめつける。


 そこにはどうやって処分しようかという冷酷非情なものしか感じられなかった。

 しかし不思議だ、と彼は口にする。呆れたように、訊ねてきた。


「どうして知らないんだ? 彼女は聖女だぞ? この国で最も有名で尊敬される者の一人を、なぜ君は知らないんだ?」


 それは俺が棄民。

 地下に堕とされて、ずっとそこで暮らしていたからだ。


 キースは心のなかでそう呟く。

 この清廉潔白が大好きな勇者には、法律が存在しないものと認定した権利を剥奪された人々――棄民の存在など、まるで眼中にないからだ。


 光の女神を信じるこの王国では、闇属性を持って生まれた存在は六歳になると、地下迷宮で死ぬまで働かされる。


 二度と地上に戻ることは許されず、外の情報などめったに得ることはない。

 地下世界で、迷宮の案内を仕事として生きてきたキースも、そんな棄民の一人だ。


 地下でしか生きる権利のない彼が、法を犯して地上に出て来たのも、勇者アレクの仲間の仕打ちが原因だった。


「俺は棄民だ。地下では棄民に地上の情報は与えられない。妹のことを知ったのはたまたま……偶然だ」

「そういえば、そうだった。俺の将来の義理の兄は、薄汚い棄民だったな。忘れていたよ……キース。君の存在は、彼女に相応しくない」

「この馬鹿野郎っ」


 勇者の宣言と共に戦いの火蓋が切って落とされる。

 弓使いが真っ先に反応し、矢筒から数本、矢を引き抜いて速射しようとする。


 しかし、ライシャが北風の精霊に命じた凍れる刃が彼の腕を切り裂く方が先だった。


「ぐあっ!」


 沈痛な悲鳴と共に、弓使いが長弓を取り落とす。

 腕から噴水のように滴る血を浴びながら、止血のための回復魔法と治癒魔法をかけ、簡易的な治療を施したのは、さすが勇者パーティに選ばれた高位冒険者というべきか。 


 弓使いは利き腕をだらんっと下げたままもう片方の手で、腰の剣を引き抜く。

 まだ戦意を喪失したわけではないようだった。


「なかなかにしぶといな?」


 エルフが長剣を抜き鞘を腰のベルトに戻した。

 それは彼女の胸程もある長い直剣で、ライシャには、どう見ても扱うのに無理のある代物だ。


 彼女はそれを片手で構えると、もう片方の手を女魔導師に向かい突き出した。


「ゴブッ……! なに?」


 すると、ロンディーネは胸を抑え、身体を窮屈そうに屈めると、いきなり吐血した。


 口の周りに苦い、鉄の味が広がっていくのを感じて、女魔導師は悲鳴に似た疑念を口にする。


 ライシャがなにかを自分に向けて放った、までは見届けるとができた。 

 問題はその後だ。いきなり胸が苦しくなり、臓腑を見えない手で掴まれたような、凄まじい圧迫感を感じる。


 それから逃れようと身をよじってみたら、胃の奥からこみ上げる熱いものを我慢できなくなって、その場にまき散らしてしまった。


「ロンディーネ? どうした?」

「げふっ、たすけっ……て!」


 弓使いの質問にも、動揺したロンディーネは返事ができない。

 治癒のための呪文を唱えようとするたびに、胃の奥でなにかが暴れまわっていた。


 それはちょうど、子宮に近い位置だと本能的に悟る。

 ……なにかを転移させた?


 人の魔導師にはまだまだ妖精族の魔法は未知数な物がある。


「おい、ロンディーネに何をした!」


 フォンの怒声に、ライシャは機会のような冷徹な視線で答えた。


「地の妖精。その子供を、子宮に転移させた。内臓を食いちぎられて悶え苦しみながら、死ぬがいい」

「ああ、あああっ……そんなっ、あんまりよ! あんまりだわ、死にたくない、あああっ!」

「貴様! なんてことをしやがる! 落ち着けロンディーネ! 体内から異物を追い出せばいいだけだ!」

「さて、一度獲物を手にした妖精が出て行くかな……? お前も! 同じようにしてやる……死ぬのが早いか、少し遅いか。ただそれだけだ、わめくな下衆が」

「ふざけるな! このエルフ風情が!」


 返り討ちにしてやる。弓使いは女魔導師を背に庇うと、剣先をライシャにつきつけた。


 後ろで黙って事を見ていた槍使いバイゼルが困ったように短い金髪を掻き、手にしていた長槍の鞘を放り投げる。


 一体三。

 数の上ではライシャが不利だった。


「何を言うか。お前とそこにいる女魔導師が、地下迷宮でキースにどんな仕打ちをしたのかを思い出せ。あれがどれほど残酷な仕打ちだったか、その身に思い知らせて死なせてやる」


 ライシャの視線の先にはフォンではなく、その隣で向かいにらみ合う勇者とキースがいた。


 自分は彼の露払い。勇者と決着をつけるはキースの役目だ。

 そのことを熟知するライシャはしかし、確認のために相棒に問いかける。


「この邪魔な三下たちは、私が貰ってもいいな」


 アレクの殺気を目の当たりにしながらも、キースは他の者たちと違い、冷静さを保つことができていた。


 その瞳で睨んだ者の戦意を喪失させ、時として魂まで奪うことのできるスキル【神眼】が効かないことに、アレクのほうが内心、動揺していることをキースは知らない。


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