第18話 新しい恋

 


 まるで全てを無くしてしまったかのように、暗い表情で子爵邸を去ったリベルト。

 彼が乗る馬車を長く見送っていたジルベルタは小さくため息をついた。

 幸せになれるのか、とリベルトは聞いた。しかしその答えをジルベルタから聞く前に、彼は離婚を承諾し、後ほど書類を送ると言って去っていった。

 そこにどんな心境の変化があったのかはわからない。

 アルノルドが伯爵位をもらい、さらに王から信頼されているとなれば、争いを起こすのは得策ではない。そう考えたのか、それとも別の理由なのか。ジルベルタにはわからない。しかし、リベルトがそれまでとは違い、どこかジルベルタを一人の女性として尊重してくれたような気が、ジルベルタはしていた。


「結局、よくわからない人だな」


 一緒にリベルトを見送っていたアルノルドが言う。


「そうね。結局理解できなかったわ」

「でも、君を愛していたんだろうなぁ」

「…………そうね」


 悲しくはないが、なんとなく寂しさもある。そんな心境でジルベルタは相槌を打つ。


「浮気相手とは、うまく行かないだろうな」

「うん。でも上手くいったらいいなっ気もしてきたわ」

「反省の色なさそうだったけど」

「わからないわよ」


 上手くいっても行かなくても、リベルトは今後楽しくは過ごせない気がした。だからせめて、優しくて、一緒にいると安心すると言ってた浮気相手が、彼を本当の意味で愛していたらいいとジルベルタは思った。


「お人好し」

「え?」

「いや、なんでもない」


 ジルベルタは、リベルトの馬車から目を離してアルノルドを見上げた。

 

「でも、あなたがそんなすごい人になっていたなんて思わなかったわ。どうして言ってくれなかったの?」

「言うほどでもないかと思って」

「まさか、すごいことよ」


 ジルベルタが驚くと、アルノルドはゆったりと体を反転させて、子爵邸へ向かう。ジルベルタを送ってくれるようだ。

 ジルベルタはアルノルドの背を追って、隣に並んだ。


「実は帰ってきていきなり勲章をもらって、怒涛のようでな。自分でも実感がなかったんだ」

「ふうん」


 二人並んで子爵邸に戻る道を歩く。

 はふと気になってジルベルタは尋ねた。


「ねえ、どうして今日うちにきたの?」


 ジルベルタからの手紙を待つと言っていたような覚えがあるのだが、どうしてきたのだろうか。首を傾げるジルベルタに向かって、アルノルドが笑う。


「君の母上がね」

「お母様?」

「ああ、俺を呼びに来られたよ。実は昨日もお会いしていて、何かあったら助けてほしいと伺っていた」


 いわく、ジルベルタの母はアルノルドが伯爵位をもらうことになったことを、アルノルドの母親から聞かされていたらしい。武勲により陛下から特別に賛辞を受け取ったことも。


「なんで教えてくれなかったのかしら」

「俺が話したと思ったんじゃないか?」

「そうかしら……」


 ジルベルタの母のことである。ジルベルタが知らないことを察して、驚かせようと思っていたのではないか。そんな気がした。


「でも、お父様も私のために頑張るって言ってくださったのに、これではお父様が何もしなくてもなんとかなりそう」

「不服なのか?」

「そうじゃないけど……。お父様には少しくらいカッコいいところを見せてほしかったわ。いいえ、任せろって言ってくれたのは、かっこよかったけれど」


 小心者の父が、その肝の小ささを克服するよい機会だと思ったのだ。


「まぁこれから先何もないとは限らないし。その時に頑張っていただけばいいじゃないか」

「それはそうだけど……出来れば何もないことを願いたいわ」

「それは確かに」


 クスクスと二人で笑ううちに、子爵邸の玄関扉の前にきていた。


「上がっていくでしょう? お茶出すわ」

「そう? 光栄だな」

「思ってないくせに」

「思ってるさ」

「本当かしら」

 

 軽口を言い合いながら、執事が扉を開けるのにしたがって二人は中に入る。


「なぁジルベルタ」

「なぁに?

「君が爵位のこと知らずに俺のプロポーズを受けてくれたのはわかっていたけど、本当にいいのか?」


 神妙な顔つきでアルノルドが言った。

 先を歩いてたジルベルタは振り返ってその表情を確認すると、コテリと首を傾げる。


「いいって何が?」

「俺と……結婚してもってこと」


 かぁっと顔に熱が上がる。そういえばそういう話だったのだ。

 

「わ、悪いことがあって?」


 ジルベルタは照れを隠すようにアルノルドに背を向ける。


「とても忙しいかも」

「いいわよ。私もしっかり支えてあげる」

「また戦があれば行かないといけない」

「強いのでしょ。信じてるわ」

「やっかみとか、あると思う」

「そんなものに負けるほど弱くないわ」

「君を幸せにできるかな」


 不安そうな声だった。

 ジルベルタは小さく笑って振り向く。顔が赤いかもしれないが、アルノルドの不安を払拭してあげることのほうが、顔を隠すより何倍も大事なことな気がした。


「幸せにして、アルノルド」


 にこりと微笑んでみせる。

 アルノルドは一瞬息を呑んで、すぐに困ったように笑った。


「君には勝てそうにないな」

「あら子供の頃からじゃない」

「そうだった」


 不意に、ジルベルタの手を暖かなものが覆った。

 アルノルドの手だ。大きくて硬い手。

 ジルベルタはその手を見つめた。アルノルドが戦った証のように見えた。

 ぎゅっと手を握りかえすと、さらに強い力で握り返された。

 すこしだけ痛い気もしたが、気にしない。ジルベルタは満面の笑みを浮かべて、アルノルドの手を引き歩き出した。

 






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お読みいただき、ありがとうございました。

これにて本編は完結となります。

続いて番外編をいくつか投稿する予定です。

よろしくお願いします。

 

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