第12話 もっとずっと前から
しばらくすると、耳元でクスクスとアルノルドが笑い始めた。
「! ちょっと!」
「ククッ、ごめんごめん」
そう言ってようやく腕の中から解放される。しかしアルノルドはジルベルタから距離を取ることはしなかった。
「うれしい」
一言、アルノルドがつぶやく。
ジルベルタはもう赤くなるところがないというほど真っ赤になって、アルノルドの胸板を叩いた。予想以上に逞しいその体に、ジルベルタはさらに赤くなる。
「ま、まだ、わからないわよ!。た、多分なんだから。その……ちょっと時間はいる、かも」
「わかってる。でも嬉しい」
「わ、わかってるなら、いい、わ……。本当にわかってる?」
「わかってるよ。時間はいくらでもあるし、いくらでも待てる」
真顔で言うアルノルドがなんとなく面白くない。
ジルベルタはあえて艶やかに微笑んだ。
「待てができるなんて、お利口ね」
アルノルドは一瞬赤くなって、顔を覆う。
一矢報いたような気分でジルベルタは微笑んだが、そこへ振ってきたアルノルドの言葉に、やはりジルベルタの方が赤くなった。
「ごめん。嘘。待てないかもしれないから、早めに頼む」
「っっっ! わ、わかってる!」
素直に照れられると、ジルベルタには成す術がない。そんな気がした。
ジルベルタとアルノルドは二人して気恥ずかしさを紛らわせるように笑った。
それからどれほど経ったのか、なんとなく気まずさを覚えはじめる直前に、アルノルドがジルベルタの手を取った。
「そろそろ帰らないと。もう遅いから」
言われてみれば、ずいぶんと長くいたかもしれない。
頷いたジルベルタをアルノルドがエスコートして、護衛の元へ連れていく。
その僅かな距離を歩く間に、アルノルドが照れた口調で言った。
「色々と落ち着いたら、また手紙をくれるか? 子爵にご挨拶したい」
ジルベルタは赤くなった。
「そう、ね。うん。お父様に話しておいてもいいかしら」
「もちろん」
護衛の元に辿り着いた時には、アルノルドは最初に再会したときのように凛々しい顔をしていた。
それが少しずるく感じるのは、おそらくアルノルドの無邪気な表情のほうが好きだからだ。そしてすこし澄ました様子の幼馴染が知らない人のように見えるから。
――知らない人みたいに感じるのは、すこし嫌だわ。どうしてかは、わからないけれど。
「じゃあ、ジルベルタ」
「ええ。おやすみなさい」
「おやすみ、良い夢を」
アルノルドがジルベルタの指先にそっと唇を落とす。
カッと体が熱くなったが、何かをジルベルタがする前に、アルノルドの手は離れてしまった。そして優雅に微笑む。まるで騎士のようだと思って、そういえば騎士だったのだと思い直した。
アルノルドはサクサクと歩いて暗闇に紛れていった。その後ろ姿を見送って、ジルベルタは大きく息を吐く。少しだけ緊張していたのかもしれない。そう思って胸に手を当てれば、ドキドキと大きな音が響いてきて驚いてしまう。
「いつのまに、あんな感じになってたのかしら」
「お嬢様がご存じなかっただけかもしれませんよ」
独り言のつもりだった言葉に、護衛が笑う。
「そうかしら」
「ええ、おそらく」
――そうだったら、私の目はずっと節穴だったのね。
後ろ姿を見るだけでときめくのだから。きっとそうに違いない。
――あんなに格好いいんじゃ、引く手数多だわ……。それはちょっと面白くないかも。
ジルベルタは唇を尖らせた。
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