第3話 宇宙船に乗っていた人


「――はあっ、はあ。これ、入り口とかあるのか?」


 キラは緊張と期待とで足をもつれさせながらひた走った。宇宙船のようなものは横幅がおおよそ六、七メートルほどあるだろうか。恐る恐る近づいて、中を探るために周りをぐるぐると回りながら入り口や窓がないかを探し始めた。


 そのとき、おそらく落下してきたであろうときの音とは違い厳かに宇宙船の一部がずれてタラップに形を変えて入り口とになり、その奥から人がゆっくりと現れた。宇宙船のようなものに乗っていた人は、色素の薄い髪と、グレーのようなそれでいて光の加減で色を変えるどこか不思議な目を持った人で、おそらくキラと同年代くらいの人物であった。


「あの、すみません。お伺いしたいことがあるのですが……」


 キラは緊張と恐怖で口の中が乾いて喉がくっつくような感覚を覚えながらも、それでも精一杯お腹に力を込めて声を絞り出した。


「――、――――。――――――?」

「は……」


 キラの薄く開いた口から空気が漏れて音となった。宇宙船に乗っていた人物から間違いなく言葉が発せられた。しかしキラはその少しも理解することができなかった。自分の問いかけに対してその人は返事をしてくれたのであろうが、その人の口から出た音はおそらく言葉であると言うことしか認識できなかった。

 その人は表情を変えずにキラの様子をしばらく眺めた後、踵を返して宇宙船に戻っていってしまった。



 ああ、ダメだった。キラは顔を俯かせ、唇を噛み締めながらこの後自分がすべきことを混乱した頭で必死に考えた。まずは生きるためにも水と食べ物、寝床になりそうな場所、それから、それから――。

 カタン。前方から小さな音が聞こえ、キラは肩を跳ねさせた後、そうっと顔を上げた。すると宇宙船の中に戻っていったその人がまた宇宙船から出てきたところであった。その人は先ほどは手に持っていなかった機械に視線を落としてながこちらに歩み寄ってきて少しツマミをいじったあとにキラの目を見て口を開いた。


「あ、あー。君、これで意味が分かるかい?」

「あ、わか、分かります!」

「それは重畳。ところで君、ここの星の人間ではなさそうだね」


 どうやら、宇宙船に戻っていたのは翻訳機を取るためらしかった。やはりキラはパニックになっていたようで、大抵は惑星ごとに言語が異なるということをすっかり失念していた。生まれた星の言葉で話しかけてしまった上に、その返答にすっかり絶望しまったことが少しだけ恥ずかしくなった。近隣の星の翻訳機であれば比較的安価で売っていることを思い出しながら、これはもしかしたら、思っているより惑星メカニカに近い星の飛ばされたのかもしれないと考えた。



 宇宙船と見られるものに乗っていた人は、その話し方からどことなく少し堅苦しい印象の人だったが、どうやら話は通じるし何となく悪い人でもなさそうだと思いながら、はてどうしてこの人は自分がこの星の人間ではないと言い当てたのだろうかと疑問を抱いた。このキラと同じくらいの歳であろう人は、どうしてかキラが今いる星の人間ではないことをすぐに言い当てていた。


「あの、どうして僕がこの星の人間ではないとお分かりに?」

「うん、それはこの星の言語は予め翻訳されるようにしていたからね。それでこの星の人間ではないのではないかと思ったんだ。これは宇宙船なんだが、色々と一人で旅をしている都合上、翻訳機は必需品だからね。まあ、翻訳が効く範囲でよかったよ」


 なるほど、それならば納得がいく。とりあえずの疑問は解消されたが、キラは納得もそこそこに切羽詰まったまま、目の前の人が乗っていたものがやはり宇宙船であったことに歓喜しながら勢いよく頭を下げた。


「あの、聞いていただきたい話があるのです。お願いします、お時間をいただけませんか!」


 この人が乗っていたのが宇宙船であると確定した今、自分の命運を握るのがこの人になるであろうということをキラは悟っていた。

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