第12話 僕の部屋1

 日曜日、直美さんは本当に家に来た。

 カフェで待ち合わせて仕事終わりの直美さんと合流した。

 直美さんは秋らしい柿色のカットソーにジーパン姿だった。よく似合っていた。


 築二十年のアパートに直美さんを案内した。

 カフェから歩いて十分。

 アパートは六世帯入ってて、一階の一番奥の部屋に住んでる。

 普通のどこにでもある木造の白い壁のアパートを見て、直美さんは「いい所だね」と言った。

「どうぞ」

 部屋に直美さんを通した。

 三帖のキッチンと、六帖の部屋と、トイレと、お風呂があるだけの部屋だった。

「片付いてるんだね」

 本棚とテレビしかない部屋を見て直美さんが言った。

「もっと男の子の部屋って散らかってると思ってた。うちの子なんて酷いのよ。ドア開けたら脱ぎっぱなしのパジャマ出てくるんだから」

 直美さんが明るい声で笑った。

 直美さんがいるだけで部屋が明るくなる。

「かわいい」

 直美さんが本棚の上のピンク色のガーベラをみつけた。

 スーパーの隣の花屋で買ったものだった。ピンク色のガーベラが直美さんに似合う気がして。

「お花なんて活けてて、ますます男の子の部屋じゃないね」

 直美さんがガーベラを活けたコップをテーブルの上に置いて眺めた。

「わかった。彼女だ。彼女が活けていったんでしょ?」

 どうしてみんな、僕に彼女の影を見るのか。いないのに。

「のびちゃん、モテそうだよね。背高いし、すらっとしてるから」

「コーヒーと紅茶、どっちがいいですか?」

「コーヒーがいい」

 キッチンに立ってインスタントじゃない、ドリップ式のコーヒーを淹れた。

「お砂糖とミルクは?」

「ブラックでいいよ」

 直美さんが隣に来た。

「ケーキ焼いて来たんだ。包丁使っていい?」

 直美さんが包みを掲げた。

「どうぞ」

 シンクの下の扉を開けて、包丁を出した。

「お借りします」

 直美さんが持って来た紙皿の上でパウンドケーキを切ってくれた。

 プラスチックのフォークも持参してた。

 用意のよさに主婦なんだなと感心した。

僕はコーヒーの入ったマグカップを二つ持ち、直美さんはケーキを持って、テーブルのある部屋に行った。

 テーブルを挟んで向かい合う。

 カフェでは横並びで話していたから、少し緊張した。

「いただきます」

 直美さんがコーヒーを口にした。

「美味しいよ」

 目が合う。

 恥ずかしくてすぐに逸らした。

「直美さんのケーキも美味しいですよ」

 パウンドケーキはお世辞じゃなくて本当に美味しかった。普段から作ってる感じがする。

「良かった。久しぶりに作ったから、ちょっと心配だったの」

 安心したような顔をして、直美さんもケーキを食べた。

「本当だ。今日は大成功だ。やっぱりのびちゃんの事考えて作ったから上手くいったのかな」

 咽た。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です」

 慌ててコーヒーを飲んだ。

 のびちゃんの事を考えてって言葉が胸の奥にまだ引っかかってる。

 どうしていつも心を揺らす事ばかり言うんだろう。

「DVD借りて来たよ」

 直美さんが無邪気な笑みを浮かべて、黒い貸出袋からDVDを取り出した。

「私の好きなやつにした」

 DVDは『ドラえもん』の映画だった。しかも昔のドラえもんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る