惣無事令
大殿は清須に入り、そのまま動座した。武衛様の直臣となり、尾張唯一の守護代として、事実上の国主として君臨する。
清須一円は武衛様の所領となり、代官として大殿が入ることとなる。守護代の下に又守護代と呼称される補佐役が新設された。
那古野城主として若殿、鳴海城主として林佐渡殿、犬山には信清様が入り、家老として平手長政殿が入られた。
岩倉には信光様。配下には堀尾、山内らが入る。旧守護代の信安殿の娘が嫡子の信成様に嫁ぐことになり、事実上、織田伊勢守家の乗っ取りとなった。
伊勢守家は信安殿が隠居し嫡子の信賢殿が継ぐが、かの家は所領を持たず、武衛様の馬廻りとなった。
ほか、大和守家の信友は討たれたが、ほかの一門は降ったため信賢殿と同じような扱いとなっている。武衛様の直臣という名誉は与えつつ実権はない。
そして論功行賞が始まった。
「織田信長殿!」
「ははっ!」
すでに内定していた那古野城主の座と、又守護代の地位を告げられる。
威儀を正し礼をする姿は、もはや誰もうつけと呼ぶことはないであろうと思われるほど威厳にあふれていた。
そうして次々と諸受け取り相好を崩す。ここぞとばかりに大殿は銭をばらまいていた。名物と呼ばれる家宝もあらかじめ商人から購入していた。
ええ、俺が茶屋とかほかの商家の伝手を使ってな。
副業の交易はすごくうまく行っている。美濃との和睦成立で商人の行き来が増え、それに伴って川並衆は大忙しだ。茶屋の伝手で尾張の豪商、伊藤屋に伝手ができた。熱田の土倉である加藤家ともつながりができた。
京とのつながりはそのまま商業都市である堺との人脈を生み、先日の鉄砲の買い付け成功につながるのである。
織田弾正忠家は津島の商人を抱え込むことによって飛躍した。俺はその政策に乗ったうえでそれをさらに発展させたわけだ。
副業と言っても大殿に許可をもらっているし、儲けの一部は税として納めている。一部では商人のまねごとなどと言われるが、そういう連中には大和から仕入れた僧帽酒が効く。ついでに農地改革で増えた収穫から酒を仕込み、わざと木炭の粉をぶちまけて澄み酒を造ってやった。なんならこの酒の一件だけでも褒美をもらったくらいである。
仕込んだ酒はすべて織田家が買い取り、それを承認に持たせて利益を稼ぐ。信友の謀略で土豪たちが背いても傭兵で兵力を落とさずに済んだわけだ。
「滝川彦衛門殿!」
「はっ!」
坂井甚助を鉄砲で討ち取った功労者の名が挙がった。元は甲賀の土豪だったが、地元を飛び出し堺で鉄砲を学んだ。
今回鉄砲の買い付けといわゆる技術指導役として雇い入れたわけだ。名目上の雇い主は俺だったが、今回の手柄で若の馬廻りとして抜擢された。
「蟹江において一か村を賜う。また鉄砲足軽対象に任ずる」
「ありがたき幸せ!」
褒美の目録を見て笑みを浮かべる滝川殿は俺の方にも一礼してきた。
「天田殿、おかげさまで正式採用を勝ち取れましたぞ」
「いえいえ、貴殿の腕前あってこそですよ」
知行地をもらったということはいっぱしの将である。これから自分の部隊を編成しないといけない。
蟹江は伊勢湾の奥まった位置にあり、伊勢との最前線だ。長島願正寺は先代の信定様との間にいさかいがあり……というか、一方的に市を占領して喧嘩を売ったいきさつがある。
一応の手打ちはしているそうだが、小競り合いなどは普通に起きているので、滝川殿の試金石ともいえる任地だった。
「柴田勝家殿!」
「はっ!」
元上司の権六殿は正式に頼母一郡を拝領した。これまでは代官であったのが正式に領主となったわけだ。安祥の信広様の組下で、対今川の任につく。
斯波家と今川家は半世紀にわたる因縁があり、何度も戦っている。大体戦場は三河で、そういう意味で斯波家は三河での評判は良くない。武衛様の先代がぼろ負けしているせいだし、この時代の軍隊は物資を現地で調達する。そのもっとも用いられる方法は略奪だ。とりあえず現状としては、うちの商人を伊藤家と協力して三河に送り込み、織田様の命令ということで商売させている。武衛様の名前を出すと商人たちが襲われかねないのが頭の痛いところである。
「天田士朗殿!」
「はっ!」
ついに俺に声がかかった。っていうか最後じゃん。
「此度の一連のいくさにおいて、諜報、謀略の主たる働き、まことに天晴である。また敵の首魁たる信友を討ち取りし武功は実に見事!」
あー、あれも武功にカウントしてくれたんだ。優しいなあ、大殿。
「柘植衆には貴様より褒美を出すがよい。その分も含まれておる」
「はっ!」
「尾張愛知郡を新恩加増する。侍大将とし、禄を加増する。ほか褒美の目録はこれじゃ」
「ははっ、ありがたき幸せにございます!」
だんだんだんと足を踏み鳴らし、大殿が俺の前に来て、直接目録を渡してきた。これまでは小姓が持ってきていたはずなんだけど……。
「はひゃっ!」
ちょっとびっくりして噛んだ。大殿自身が持ってきたことで場がどよめく。
「今後も働きを期待する。励め!」
「はっ!」
この場に呼ばれていた家臣全てが何らかの褒美をもらった。加増などの昇給や、一時金で銭をもらった者、名物や武具、馬をもらった者などいろいろである。
滝川殿も馬をもらっていた。これは騎乗を許すという意味合いでさらに言うならば士分として認めるということだ。織田の兵を預かって指揮官として働くということになる。
「さて、武衛様よりお言葉がある。みな、慎め」
「「ははっ!」」
「うむ、まずは弾正忠の働きによって尾張は一統された。よくやってくれた」
そこからの話は長いので省略する。武衛様自身は尾張統治の名分であるとぶっちゃけ、実務は大殿が行うこと。そして武衛様の名のもと尾張国内には惣無事令が下された。今後尾張国内において武衛様の名のもと武力による問題解決を禁じると言うものだった。
こうして1549年が暮れていく。そして年明けすぐに入ってきた知らせは、大殿が倒れたという凶報だった。
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