論功行賞

 犬山城は開城し、信清は城を出て那古野に詰めることとなった。犬山には城代として平手長政殿が入ることになる。今回のいくさで武名を上げた一人だった。

 そして、いくさから数日後の那古野城広間。俺はなぜか若の隣の席にいる。何なら一門衆筆頭の嫡子であり、立場だけを言うなら織田弾正忠家のナンバー2だ。

 そして俺はその隣にいる……なんかえらいことになりそうだ。


 次々と名前を呼ばれ、褒美を受け取る。大勝利を飾ったため叱責を受けるようなものはいない。

「平手五郎(長政)、此度の戦功見事によって犬山の城代を任す」

「ははっ! ありがたき幸せにござる」

 今回、最大の報奨はこれだろう。平手長政は大殿の乳兄弟だ。まず裏切る心配の要らない腹心だ。そんな信頼のおける人間を犬山に据えることができた。那古野、鳴海に続いて尾張の主要な拠点を押さえ、さらに勢力を伸ばしたということだ。


「さて、最後に、此度の功一等は天田士朗、前へ」

「はっ!」

 キター! はやる心を押さえ、すっと立ち上がる。隣にいた若が満面の笑みを浮かべて俺を見ていた。


「信安の兵を相手取り傾いた振る舞い痛快この上なし! また一番槍に一番首、兵を率いては敵右翼を崩し中央突破の好機を招いた」

 ふええええ、大絶賛だ。だが表面上は平然としておく。

「ははっ!」

「まずは柴田の組下の任を解く。我が直臣として馬廻りに任ずる。階位は足軽組頭とし騎乗を許す。禄は加増じゃ。20貫とする。愛知郡の代官を任す。ほか褒美は太刀、馬、具足、屋敷、銭百貫、砂金一袋、ほか目録に記す」


 大殿は手ずから褒美の目録を手渡してきた。今までは目録を小姓が手渡していたので、これも特別扱いなのだろう。


「今後であるが、まずは我が所領において目安箱の設置を行う。各々の所領でも実施したいと思うものは申しでるがよい」

 けげんな顔をしている諸将へ村井殿から目安箱についての説明と利点が示される。民衆の統制がしやすくなること。領内の問題点を洗い出せることで、所領の安定が増す。

「同じく南蛮の技術を用いて米の収量を増やす。これはある村で実験を行い収量の増加を確認しておる。これも希望する者は申し出よ」

 俺がやった栽培の改革だな。収量が増えればそれだけ織田家の力が増える。

 そして収量の増加という一言に場が色めき立った。多くの民を養えばそれはすなわち自分たちの力だ。

 流民が発生するのは飢饉などで食えなくなったり、食い扶持が不足して村を出る人間がいるからだ。

 彼らは小作人になったり、傭兵の徴募に応じて兵になったりする。

 またそれでも食い詰めれば賊になる。

 流民の統制は治安の安定に直結するのだ。


「さて、次の話で最後じゃ。当家は求賢令を発する」

 その一言にもとより知らされていた者以外はぽかんとした表情を浮かべる。実際問題、武士を名乗っていても読み書きができるのは半数くらいで、計算に至ってはさらにその半分にも満たないだろう。

 算術は修めればそれで食っていけるスキルなのだ。


「大殿、その求賢令とはいかなるものにございますや?」

「もとは三国時代の英雄、魏武こと曹孟徳が発した令でな。出自、素行は問わずただ才あるものを求めると言うものじゃ」

「しかし、出自も定かでないものを召し抱えるというのは……」

「であれば名家ということだけが頼りの能無しをありがたがれということか? そのようなボンクラなどいらぬわ。ああ、才あるものを推挙した者にも褒美を出す。また目安箱は那古野の城にも置く。よき考えがあらば直接申し出ることがかなわぬでもその意見は我のもとに届く。そういうことじゃ」


 大殿が一気に話した後、座は再び喧騒に包まれた。

「安心せい。愚にも付かぬことを言うたとしても咎めはせぬ。また推挙の後、その者が手柄を上げれば推したものにも褒美をつかわす」


 その一言に歓声が上がる。武家の次男以降は基本的に嫡子のスペアだ。佐々成政も兄二人が討ち死にして家を継ぐことができた。のちに大名にまでなるのだから、結果として彼は運が開けたということだろう。

 そういったくすぶっている人材を表に出せれば……織田家の人手不足も解消されるだろう。

 今回犬山が降ったことで織田家の規模は拡大した。それはすなわち仕事が増えたということだ。

 しかし、政務にしろ軍務にしても、明日からバリバリ働ける人間をすぐ雇えるわけがない。

 

 仮に尾張を統一したとして、おおもとは守護代の家老に過ぎない家の規模であるから一郡を支配するくらいの人員しか元々いないのだ。

 だから織田家は慢性的な人手不足に悩まされることになる。

 本能寺の変の原因として明智光秀が働き過ぎのストレスで心身喪失状態になったのではないかという説もあるらしい。


「うちの次男は読み書きを習わせておるからな。推挙してみようか」

「うむ、いい考えだ。うちの子はまだ小さいが早めに読み書きを学ばせよう」


 今回の論功行賞でかなり気前よく褒美がばらまかれた。織田家の金蔵は実はかなり厳しい状態である。そこでさらに人を雇うとなると自転車操業なんて目じゃない状況である。

 しかしここで手を打たないと次第に先細りになるのは目に見えている。成長できる余地を常に確保しないといけないのだ。



「ご苦労だったな」

 論功行賞の後、俺は大殿に呼び出されていた。若も何やら苦笑いを浮かべている。

「織田家は変わらねばならぬ。いや、変わり続けることで力を伸ばしたのだからな」


 商家と縁を結び、被官とすることで経済力を手に入れた。石高で言えば尾張の1割強の身代で、斎藤家と戦ったり今川と戦うことができているのもそれが理由だ。

 支配下の農家から徴兵すれば生産力が下がる。流民を兵に仕立て上げることで生産力の低下を防ぎ、また仮に敗戦しても兵力の回復が容易だった。


「さて、我が所領の代官を任す故な。引継ぎと行こうか」

 

 村の状況、市の税の取り方など現状をいくつか聞くことができた。そして代官屋敷について、これまで何人かの家臣が入って……数日以内に逃げるように出ていくと子困り果てたように言われたのだった。

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