異管対報告第3号-13

「あいつ、打ってきやがった!」

「マジか、一歩!」

「HQ,Request attack.Enemy firing」

「尋ねずとも、打たれたら打ち返すもんだろ!」


 オノプリエンコの放った光線は新宿の暗い夜空に一筋の赤い線を描き、冷たい大気に蒸気を上げさせながらビル群を駆け抜けた。

 その逆襲を前にして失速しかけたAPOLLO・15だったが、一歩がエンジン出力を最大したことやサブリナの身の熟しによって"ジェット気流で割れたビルの窓"と引き換えになんとか墜落を免れたのである。

 眼下の街の光をよけるように上昇するその最中でも、一歩はオノプリエンコのマーキングを欠かさず彼を睨みつける。その口からは悪態が漏れると、その言葉に一歩は瞼を震わせた。そこにサブリナの甲高い呼びかけが走ると彼はすぐに貞元へと無線を入れようとしたのだった。

 しかし、そんな一歩の反応にサブリナは奥歯を一瞬噛み締めると、すぐに彼へと吠えつつ機首をオノプリエンコの逃走方向へ向けながら旋回を始めたのであった。


「あの2人、犯人刺激してどうすんだよ!」

「でっ、でも、あの2人市街地での実動とか初めてじゃ?」

「だとしても、"やって良いことと悪いこと"くらい解るだろ!士官のくせに相方の手綱も握れず何やってんだ!」

「"手綱"……」


 将棋倒しとなった市民を起こしたり介抱する寺岡達だったが、その最中にも一歩達の"現場の独断"を前に彼の口からは悪態が吐き出され、執拗に足踏みをしてみせた。

 そんな寺岡の態度にマルガリータが言葉に迷い声を震わせながら一歩達を養護する意見を出したのである。その意見は逆に寺岡の怒りに油を注ぎ、彼は勢いよく立ち上がり上空で旋回するAPOLLO・15を刺すよつに睨みつけたのである。

 その怒りの視線があまりにも強すぎたことで、寺岡はマルガリータの消えそうな程に弱い独り言を聞きさえせず、左拳を震えるほどに握りしめたのだった。


「寺岡君、私達が突っ込む!援護して!」

「了解。マルガリータ、5.56mm!」

「了解」


 寺岡とマルガリータのやり取りを視界の端に入れていた足立だったが、他の現場や本部から駆けつけた新宿局に属する異管対の捜査員や応援に来た警官等を見つけると2人を横目に増援へと駆け寄った。そんな彼女の格好に目を丸くする警官たちだったが、険しい表情で足立の状況説明を聞く捜査員達の姿によって彼らは呆気にとられた意識を戻し現場を申し継いだのである。

 そして、足立は全員の頷きを確認した瞬間に跳躍すると、手近なビルの壁を駆け上がった。その姿に寺岡とマルガリータも土煙を上げてビルの屋上まで飛び上がり、足立の指揮のもと本格的にオノプリエンコとの戦闘準備を始めた。

 寺岡の号令に即応するマルガリータはLEO•01の右腕を巨大な水滴のように変え波打たせると、その形を小銃の銃身のように変化させたのだった。


「安全装置よし、装填よし」

「打ったのを恨めよ、俺達は弱腰自衛隊じゃないんだっての!」


 マルガリータの語尾が弱いながらもよく通る声が響くと、寺岡は左手を銃身となる右腕に添えつつビル上に着地して見せた。その銃口をビルとビルの間を飛び越え逃げるオノプリエンコの巨大な背中に向けつつ、彼は照星と照門を重ねた。

 そして、寺岡の悪態混じりの雄叫びは銃弾と共に打ち放たれた。その狙い澄ました一撃は銃口から噴き上がる硝煙の先に立つオノプリエンコの背中を抉り取り、白い毛皮を吹き出す血で真っ赤に染め、血肉を抉り取りながらビルの屋上やその下の道路に"誰彼構わず"撒き散らし炸裂したのだった。


「ぐっ!やってくれたな!」


 背中の皮膚や引き裂かれた肉を末広通りの逃げ遅れた人々に撒き散らすオノプリエンコは、背中から全身を震わせる一撃を奥歯を噛み締めて受け止めた。それでも耐えられない痛みに怒り混じりの悲鳴を上げると、彼は寺岡達へ向けて光線を放とうと口の中を煌めかせたのである。


「どの口が!」

「言うで御座るかぁ!」


 寺岡とマルガリータの融合体であるLEO•01の騎士兜を捉えたオノプリエンコが必殺の一撃を放とうとしたその瞬間、ビル横を駆けてきた足立は一気に跳躍する。そして、彼女は背に抱えた大太刀を引き抜きながら振りかぶると、エリアーシュと雄叫びをあげながら街の灯りに光る刃をオノプリエンコの首筋ヘ振り下ろした。


「ちぇすとぉおぉお!」

「うぉあっ!」


 しかし、足立の余計な雄叫びはオノプリエンコの身を竦ませ、振り下ろされた刃は彼の鼻先の僅かに伸びた毛を刈り取るに過ぎなかった。

 それでも、いつの間にか足立に間合いを詰められたことはオノプリエンコの眉間にシワを寄せさせるだけでなく驚きの声と共に後ろにおぼつかない足を後へ踏ませたのである。

 その崩れたオノプリエンコの一瞬を足立は見逃さなかった。


「せいっ!はぁあっ!」


 振り下ろした大太刀の勢いをそのままに、足立は奥歯を噛み締め彼女の代わりにエリアーシュが雄叫びを上げるとその太刀筋を一気に切り返し、今度はオノプリエンコの銅を切り裂かんと振り上げた。その刃の冷たい殺気にオノプリエンコも背後に何度と跳び逃れようとするも、彼女の大太刀は空を切ることはなく彼の体毛や薄皮は捉えていた。

 体に何度となく斬撃跡を喰らうオノプリエンコだったが、赤い瞳の瞳孔が開ききり目を見開く足立の冷たい表情と美少女戦士並のフリルだらけの格好というギャップは彼に背を向けて逃げるという選択肢を失わせ、遂に彼等は大太刀と鉤爪による剣戟を始めたのだった。


「うわぁ、本当に斬りかかってるよ」

「チャンバラだ!凄いぞチャンバラやっとる!」

「確かに一番被害は少ないが……」


 足立とエリアーシュの2人とオノプリエンコの剣戟の上空を旋回するAPOLLO・15から見下ろす一歩とサブリナはその光景に唖然とした。足立の大太刀を横薙ぎや袈裟斬り、振り上げまるで氾濫した川の濁流のように止め処無い斬撃は一方的であり、オノプリエンコは防戦一方であった。

 そんな刃と鉤爪が火花を散らし続ける戦闘に一歩は苦笑いを浮かべて呟いた。当然、彼は剣を振るって戦闘するという"時代錯誤"な訓練も実践も行ったことはない。

 だからこそ、視線だけでなく首を下げてビル上の戦闘を"チャンバラ"と表現してはしゃぐサブリナの言葉に一歩は言葉を返さず、上擦った声でオノプリエンコが摺り足で下がる様子を見つめるのであった。


[APOLLO・15,Break.状況を伝えろ!]

「HQ,Break.LEO•01、LEO•53が交戦中、APACHE•37は先行して待ち伏せてます。現在、目標は新宿文化センター方面に移動中」

[APOLLO・15,Break!追尾任務はATLAS•65に引き継いで加勢しろ!上空12000FTで監視している。Break Over!]


 一歩とサブリナが眼下の戦闘を見つめている最中、彼等の耳にコールマンの声が響いた。彼女の声は音割れとノイズが入り込むほどに大きく、何より言葉の頭から尻尾まで怒りに満ち満ちている。

 そんな激怒するコールマンに一歩が淡々とした口調で抑揚少ない"管制官"としての無線交話を行った。

 しかし、そんな一歩の"職務"としての会話は状況悪化を招いた本人にしては冷静過ぎて響いた。それ故に逆にコールマンの声を荒らげさせ、彼とサブリナは彼女の激怒に目を細め耳を遠ざけようとしたのであった。

 それでも、サブリナはコールマンの怒声の中の言葉に即座に反応して上を向いたのである。


「12000だと!そんな上飛んでたら羽田空港ってところが黙っとらんのじゃないか?」

「ターミナル管制所、地獄だろうな」

「あれか!」

「デカいな。新宿局で飛べるのが俺達以外にもいたとは」


 旋回と気流による空気圧で震える首を必死に抑えながら、サブリナは自分たちの遥か上を航行するであろうコールサインATLAS•65を探した。

 サブリナは一歩による航空法や管制方式規準の寝る間も惜しむ"スパルタ講義"で少なからずパイロットとしての初歩は掴んでおり、交通情報トラフィックの目視は刷り込み的に行っているのである。

 だからこそ、一歩の電話も何回もワン切りされるほど"やり甲斐のある職場"である羽田空港を遥か彼方に思いつつ呟く皮肉を耳に入れながらも、サブリナは直ぐに大きく旋回待機する赤緑の翼端灯を見つけたのであった。

 ATLAS•65の姿は夜間であり全容こそ不明であるものの、翼端灯や衝突防止灯の位置からそのおおよその形は予想出来る。そのため、サブリナは目を見張り一歩は大型旅客機にしては小さいながらもセスナ機より圧倒的に大きいその緩やかな旋回から解る機体の大きさに引き攣って笑ったのである。

 一歩の脳裏に浮かぶのは、水も飲めない羽田の管制官と航空機が居すぎて文字が重なり読めなくなるレーダー画面という地獄だった。


[APOLLO・15,ATLAS•65.We commence tracking mission.《追跡任務を引き継ぎます》Break,後は任せて行って下さい。Break Over]


 APOLLO・15の旋回途中に、一歩とサブリナの耳に"くぐもった"無線交話が響いた。その声は彼と比べると遥かに高く声質が良い女の声だった。

 ただ、一歩は性別とは関係なくATLAS•65から聞こえる無線の声に嫌な不安感を覚えつも、オノプリエンコのマーキングを切った。すると、"一瞬遅れて"レーダーや視界にオノプリエンコがマーキンされたのが彼の視界に写ったのである。

 一歩は館山基地の新米パイロットを思い出した。

 その瞬間、足立の切り上げる刃に合わせてオノプリエンコが跳躍すると、一目散に北側へとビルの屋上や壁、地面の区別なく駆け抜け始めた。


「ATLAS•65,APOLLO・15.Roger.サブリナ!」

「おうともさ!」


 一歩の声にサブリナが応え、新宿のビルを跳ぶ白い獣を夜空に駆ける黒い翼の怪物が追いかけた。


「あっ、ママ見て!鳥さん」

「えっ、鳥さん?」

「ほら、あれ!」


 東新宿は新宿三丁目や歌舞伎町を抜け新大久保の隣にある。そのため、ホストやコンカフェに風俗の客引きや酔っぱらいに観光客のような"騒音公害"に電光だらけの眠らぬ街とは打って変わっていた。

だからこそ、少し遅めの買い物へ親娘が買い物へ行くという光景も至って普通なのである。

 だが、オカッパ頭の小さな少女が手を繋ぐ母に空へ向けて指差す彼女が見た光景は異常そのものであった。それは自分たちの方向へ向けて大きな黒い翼が飛んで来るというものである。その姿は彼女に鳥と思えたが、少女の指先を買い物袋を揺らす母親が見たときには既にその黒い影は鳥ではなかった。


「夕子、伏せて!」

「あっ、見えないよ!」


 買い物袋を放り捨て小さな我が子を抱きしめながら巨大な影に背を向ける母親の肩越しに、少女は迫る何かを必死に見ようと背伸びした。

 そして、巨大な黒い鉄の龍は耳をつんざく轟音に辺りの草木を激しく揺らし土煙を巻き上げるジェット気流を振りまいて、2人の上を飛び去ったのである


「わぁあ!すごぉ〜い!」

「あれっ、最近ニュースでやってた"異管対"ってやつ?こんな所でなんて危ない……」


 乱れる髪に頬に付いた木の葉も忘れ、飛び去る龍から流れる雲を少女は輝く瞳、母親は眉間に皺寄せ見続けたのだった。


[失礼ぇぇ!気をつけて逃げてねぇ!]

「スピーカーまで使って何言ってんだ、またクレーム入れられるぞ!」

「挨拶は大切だろ!」


 そんな市民からの"視線"を前にサブリナは大きくロールをかけると、自分たちを見上げる親娘に手を振りつつ夜空に響く一言と共に敬礼してみせた。そんな彼女の"粋な"対応に、一歩は慌てて止めに入るも、サブリナは無駄にコブラ機動と反論をきめたのである


「頑張れぇ!負けるなぁ!」


 2人の背中に少女も手を振り、彼女の言葉に背を押されAPOLLO・15は風も置き去りオノプリエンコの白い影へ飛び去ったのであった。


「おんどりゃぁ!」


 一方、足立とエリアーシュの2人は弁財天通りにてようやくオノプリエンコに追いつき、その首を落とさんと上段から大きく飛びかかりながら刃を振り下ろした。

 しかし、その斬撃も足立の"試合なら有効"な雄叫びとオノプリエンコの獣の勘によって再び避けられるも、彼女は彼を逃さんとその刃を剣戟を始めたのである。


「紅美殿!」

「ちっ!」


 それでも、足立の斬撃はオノプリエンコの身軽な動きを前に空を切るか体毛を掠めるばかりであり、良くて爪に防がれるという状態である。終いには獣の顔ながら彼の顔に笑みのようなものが見えると、顔を赤くした足立は思わず腕に余計な力を込めた斬撃を外した。それだけでなく、アスファルトを叩き切った刃は深く食い込み挟まると、足立は刀を引き抜くのに一瞬だけ手間取った。

 その隙を逃さなかったオノプリエンコは空かさず足立に爪を振り下ろした。咄嗟に避けようと後ろに下がった足立だったが、叩きつけた鉤爪が砕いた地面の破片と衝撃が彼女に襲いかかったのである。破片は足立の頬や太腿と肌を割き辺りを紅く染めさせ、衝撃を前に彼女は何度となく転がり地面へ打ち付けられたのだった。


「当たれっての!」

「雄大、偏差射撃!」

「それを避けるんだよアイツ!」


 受け身を取ったものの、足立達の一瞬の怯みにオノプリエンコは2人へ駆け寄りトドメを刺そうとしたのである。その巨大のこめかみに寺岡は銃口を向けた。それでも、狙い澄ました寺岡の一撃さえ巨体が急に後ろへ跳んだことで弾丸が地面を砕いた。

 マルガリータの指摘に吠える寺岡の言葉通り彼の照準は白い巨体を確実に捉えても弾丸はその影ばかりを打ち抜いていたのである。いじらしくなった寺岡はフルオートでオノプリエンコを打ち続けた。その射撃さえ牽制と立ち上がろうとする足立達の援護になり、再びオノプリエンコはビルを飛び越える寺岡を睨みつけると再び逃走を図ろうとした。


「なら……」

「距離を……」


 離れようとするオノプリエンコの背中に、足立とエリアーシュは駆け出した。その加速で刺さったままの刀を地面ごと引き抜くと、その塊を払うようにオノプリエンコの巨体に投げつけたのである。

 まるで投石機のように放たれたアスファルトの塊はその動き反してまるで剛速球かのように風切り音を立てると逃げるオノプリエンコの背中に迫った。それに気付いた彼は飛んだ体を腕を振って大きく捻ると、その勢いを使って避けずに拳で塊を叩き砕いたのだった。


「「より詰めるのみ!」」


 その砕けた塊の破片を足場にしながら、足立は一気に駆け抜けオノプリエンコとの距離を詰めた。柄を両手で握りしめ、顔横に水平に構え切っ先を真っ直ぐ前に向けるその体勢は明らかな突撃である。

 更には、空中という逃げ場のない場所にいながら足立達は破片を使い加速するという状況は彼女達を足を更に進ませた。


「足立さん、近すぎます!」

「不味い!」


 だが、狙撃位置に着いた寺岡とマルガリータから見れば、腕を振った勢いが残っているとはいえどオノプリエンコの無防備過ぎる姿はあまりにも不自然であり、足立達の突撃を誘っているようにも見えたのである。

 そう2人が思った瞬間、オノプリエンコの口の中が赤く光だし、歯の隙間から漏れ出した光が口元を照らし始めたのだった。

 慌てた寺岡が狙おうとしたものの、破片と衝撃が渦巻く現場と敵味方の距離感は援護狙撃が同士討ちになりかねない状態なのである。

 寺岡は撃鉄を落とすのを躊躇い、LEO•53とキキーモラの姿はチリの中に消えた。


「Умереть! Обезьяна с Дальнего Востока!《死ねぇ!極東の猿がぁ!》」

「「しまった!」」


 雄叫びを上げるオノプリエンコが溜めたエネルギーを放とうと口を開き、足立とエリアーシュは顔を青くし叫びながらその中へ飛び込んだ。


「「させるかぁあ!」」


 その刹那、エンジン音を置き去りにAPOLLO・15の巨大がビル群を駆け抜け、オノプリエンコの脇腹へドロップキックをかましたのである。その勢いは凄まじく、まるでくの字に折れるように吹き飛ばされると、オノプリエンコは遥か直上に光線を放ちながらイーストサイドスクエアの外壁を砕いた。

 更に、勢いを殺しきれない足立達を受け止めると、サブリナは流れるように彼女達を地面に放るとイーストサイドスクエアの広場に着地し煙と破片を上げるビルの窪みに相対した。


「獣メェ……」

「どっちが獣だ!見た目ならそっちが……」


 吹き上げる煙の中から幽鬼の様に歩み出るオノプリエンコは、背中にスタンドライトや蛍光灯等の尖ったものを刺したハリネズミようであった。その背中の異物を血と肉諸共に引き抜く彼は、怒りに体を震わせながら呻くと腰を低く身構えたのである。

 その姿はまさに野獣のようであり、サブリナは思わず指を指してまで反論しようとしたのであった。


「うぉっ!」


 だが、彼女の言葉はオノプリエンコがビルの窪みから消え去ると共に立ち消え、いつの間にか地面を駆け2人に抜け飛び掛かろうとする姿はサブリナへ驚きの声を吐かせた。

 咄嗟の反射神経からか、サブリナは直ぐに身を反らさせるとその数センチ先をオノプリエンコの鉤爪が通り抜けたのである。その着地からの動きは更に素早く、彼は残像と土煙を残して今度はAPOLLO・15の背後に回り込んだ。その後の突撃は片足を上げてすり抜けさせたことでなんとか躱すも、サブリナは何度となく突撃してくるオノプリエンコの突進を避けることで精一杯となっていた。


「体格差で不利だ!」

「あっちのが小さいぞ」

「そういうことじゃない、Climb!」

「Wilco!」


 APOLLO・15とキキーモラの姿は人からすれば両方とも巨大ではあっても、16mの体を動かすサブリナと6mのオノプリエンコでは速度に圧倒的差がある。それは足元を走り回る犬と飼い主のようなものであり、彼女は完全に翻弄されていた。

 だからこそ、一歩はサブリナに離陸上昇を促しエンジンの出力を一気に上げた。地上での格闘戦をする気だったサブリナも、彼の上擦った早口や急に"喉奥の薬室にエネルギーを込める"という無理な対応を前にするとそれに応じて跳躍しようと腰を落とした。


「逃ガスカァ」


 その動きから意図を察したオノプリエンコはふらつきながらゆっくりしようと上昇するAPOLLO・15へ正面から突撃しようとしたのである。航空機の離着陸の瞬間は最も無防備な瞬間であり、彼もそのことは理解していからである。明らかに勝利のチャンスであるこの瞬間を逃すことはオノプリエンコにはなかった。


「それは」

「こっちのセリフだ!」

「喰らえ、新技ぁ!」


 その焦りがオノプリエンコの油断を招いた。

 一歩が一気に加速器と収束器を起動させ、エンジンを切り巨体を地面に着地させるとサブリナは下半身を踏ん張らせながら降ろしたバイザー越しにオノプリエンコの姿を捉えたのである。


「デモニックゥゥウゥ」

「ビィィイィイイム!」


 そして、2人の雄叫びと共に開かれたAPOLLO・15の口から鮮やかなピンクに染まる光線が放たれた。そのビームはデモニックバスターと比べて出力や収束加速も圧倒的に不足していたが、発射が圧倒的に早いだけでなく照射による周囲への衝撃波や辺りに伝播する放熱も少なかった。

 だからこそ、瞬発的に打たれたデモニックビームを前に、オノプリエンコは思わず身を固めて勢いを殺そうとしてしまったのだった。


「グォアァぁ!」


 しかし、急に体勢も整わず放った一撃は発射の衝撃で僅かに反れてしまい、光線はオノプリエンコの右半身を包むのみで過ぎ去った。それでも、彼はほぼ直撃に近い一撃に一瞬で右半身を焼かれた。足立の斬撃や寺岡の射撃を防いだ純白の体毛は黒く焼け焦げ、その下の皮膚は剥ぎ取られるようになくなり、焼けただれ筋繊維の筋さえ剥き出しとなった筋肉は血やリンパ液を滴らせながらあちこちが抉れていたのである。


「まだまだぁ!」


 それでも、オノプリエンコは瞳を血走らせ震える右半身へ鞭打ちその身を前に駆けさせた。右手右足が地面を踏みしめるたびに筋肉が千切れ右半身がまるでスプリンクラーのように地面を赤く染め上げる姿は怪物そのものである。

 だからこそ、殺意と怒りしかない眼の前の敵を前にして、サブリナはその場で固まってしまった。


「ブふぇあ!」


 オノプリエンコの鉤爪がサブリナの眼の前に迫ったその瞬間、彼は大きく横へと吹き飛ばされたのである。その軌道はまるで殴られた後のように緩やかであり、その後を無数の血飛沫が流れ出ていたのである。更に遅れて無数の銃声が響き渡ると、サブリナはその音で気を戻すと慌てて後へ跳躍し距離を取ったのである。


「ぐぉぉぉアァァあ!」

「12.7mmをあんだけ喰らってまだ動けるの!」


 呻くオノプリエンコをスコープ越しに見る寺岡は、脇腹や肩、足に無数の風穴を開けるその姿に拳を握った。

 だが、焼け焦げた赤黒い半身に無数の抉れた弾痕を残すにも関わらずオノプリエンコは立ち上がろうとしたのである。

その姿に必殺を確信した寺岡は目を見張り、マルガリータは思わず叫んだ。


「逃がすかぁ!」


 血を吐きながらも立ち上がり逃走しようとするオノプリエンコだったが、それまでの俊敏さはなくなっていた。

 それでも走る速度は当然あり、サブリナは慌てて走りたしてその背中を追ったのである。エンジンか彼女の背中を押し上げ離陸させると、サブリナは直ぐにオノプリエンコに追いつくとその背中に雄叫びを上げて掴みかかった。

 一歩は事態終息に安堵した。


「ちょいさぁあ!」

「ばっ、止せぇ!」

「飛んだならぁ!行くぞ一歩、叫べ!」

「打てるかバカぁ!」


 だが、サブリナはオノプリエンコの首根っこを掴んだ次の瞬間、彼を一気に空中へと放り投げたのである。それを止めようとした一歩だったが、彼女はトドメを刺す気しかなく必殺のデモニックバスターを放つ気だったのだ。

 それは当然市街地のど真ん中で出来るわけもなく、サブリナの雄叫びと一歩の悲鳴が響き渡った。


「Он будет имитировать облизывание! Выставлен на смерть!《舐めた真似をしてくれる!死に晒せぇ!》」

「不味いぃ、Flare!」

「直ぐ側が住宅街だぞ、んなこと出来るかぁ!」


 空中に放られたオノプリエンコも重症であれど戦う気が失せたわけではなかった。それ故に、噛み合わない2人の連携ミスからきた隙はチャンスである。

 だからこそ、APOLLO・15の直上から真っ逆さまに落ちながら光線のエネルギーを溜めるオノプリエンコを前に、サブリナは慌てふためいた。その咄嗟の判断も一歩の許可は下りず、オノプリエンコが2人に迫った。


「港さん!」

「サブリナ殿ぉ!」

「港3尉!」

「サブリナさん!」

「「うぉおぉおあぉおぉあ!」」


 寺岡とマルガリータ、遅れて追ってきた足立とエリアーシュの声に一歩とサブリナの悲鳴が響くと、オノプリエンコはAPOLLO・15へ溜めに溜めた光線を吐き出そうと口を開いたのである。


「そりゃさ!」

「ゲット」

「「へっ?」」


 そして、オノプリエンコの姿は再びくの字に折れ曲がり横へと吹き飛ばされた。横から高速で跳んできた影は自分達の危機的状況と打って変わった気楽なセリフと共にピンチを突き飛ばしたのである。

 その気の抜ける言葉が一歩とサブリナの頭上を飛び越えると、少し前から見なかった同僚2人の融合体の姿がオノプリエンコを空中で組み伏せながら去っていったのであった。


「Отпустить! Звери, что делают дикари Дальнего Востока! Отпустить!《離せぇ!獣が、極東の野蛮人が何をする!離せぇ!》」

「よく解んないけど、話は署でゆっくり聞こうか!」

「ってこと」


 機会を伺っていたAPACHE•37である戸辺蔵とインノチェンツァの2人は、ハイエナと戦車の融合したようなその見た目通り"賢く"見事にオノプリエンコを組み伏せた。前脚で焼け焦げた右半身に爪を立てて抑え込みつつ首根っこへ噛みつくだけでなく、インノチェンツァが両手の機関砲を至近距離で構えるという状態である。

 それだけでなく、オノプリエンコも負傷による限界が来たのか、キキーモラの姿は少しづつ小さくなり、最後には前脚1つで抑え込める全裸の人間に戻ったのだ。その姿でも、右半身は焼け焦げ脇腹は打たれた跡がきちんと残っている。その姿でも喚きながら肉球の外に逃れようとする彼の姿に、戸辺蔵とインノチェンツァはしたり顔で決め台詞を放つのだった。


「助かる代わりに……手柄を持ってかれた……」

「バカ言え!助けてもらったんだぞ!」

「まぁ、良いか……死ぬより良いか……これくらい。手柄はいつも、直ぐ側にある」

「手柄より……街の被害を……悔やむべき。俺は今後の……始末書怖い……」


 眼の前で犯人が確保される光景に、サブリナは地団駄を踏もうとした。

 だが、一歩の一言と共に猛烈な気だるさに襲われると、サブリナは胸でインジケーターが悲鳴を上げているのに気付いたのである。その途端、APOLLO・15の足元がガラスのように砕けると、その中へ巨体が吸い込まれ代わりに元の2人が飛び出して来たのである。

 融合を解除した2人はその場に座り込み、背中合わせに周りを見回した。燃える建物に砕けたビルと道路という状態を前にして、サブリナは満足げに呟き一歩は青い顔で溜息混じりに呟いた。

 そして、2人は暫く疲労と酔いの回った体を休ませようと、暫く座り込んで動かなかったのだった。


「この2人……」

「図太いのか、何なのかで御座るな」


 そんな2人の姿を前に、寺岡とマルガリータ黙って肩を落とし、足立とエリアーシュはただ呟くのだった。

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