第18話 魂ってかっこいいだろ
僕は皆から動じない男だとよく言われる。まぁ客観的に見ればこれには反論できない。真実を言えば単にオーバーリアクションするのが面倒くさかったり、そもそも驚いたり泣いたりすることに意味を見出せないから動じない…いや、動じることができないだけだが。
そんな僕の感情を崩したいと思っている兎沙の気持ちは分からないことはない。
「なぁ兎沙、その首根っこひっつかんでいる物体はなんだ?」
これも僕の感情をぶっ壊してやろうという兎沙の策略なのであろうか?だとしたら妹の成長を兄として賞賛せざるを得ない。
僕は使い込んで雑巾にしたボロ服のようになった物体に目をやった。
「プライドをぼろぼろに崩されて、ギャン泣きした勇誠くんだよ」
「僕の記憶の勇誠と随分違うんだが人ってこんなにしなびることができるのか?」
「そんなこと私に言われても……実際にしなびてるんだから仕方ないじゃん」
うん、確かによくよく見れば勇誠の面影がある。減量を極めに究めたボクサーでもこんな全身から綺麗に水分だけが抜けたような姿にはならないと思うが多分勇誠だ。
「何があったんだ?」
「それがさぁ」
~~
少し前
「え?ラブレター10通?」
パルフィちゃんが少し困ったように笑った後首を縦に振った。
「はい。
とても情熱的に愛されているというのは分かるんですけど……………兎沙さんも知っているように私には果たすべき使命があるでしょう」
ああ、お兄ちゃんをたぶらかして魔王にさせようって言うあれね。
私でさえ落とせないお兄ちゃんをおっぱいとお尻が大きいからって落とせるわけはないけどせいぜい頑張ってね。心の中だけだけど応援してあげるよ。
それより今は。
にゅろり
楽し気な足取りと性格の悪さと良さが両方現出してきた顔で幼馴染に近づいていく。
「勇誠くーーーーーーーん。随分とお熱みたいだねぇ」
「ウサ公………なんだその顔は?」
「だってさぁ、普通の神経じゃ10通もラブレター書いたりする?普通一回で諦めるんじゃない?よっぽど諦められないとしても3回くらいがリミットだとは思わない??」
「お前ごときの常識に縛られる俺じゃねー」
「うわぁお、カッコいいね。
でもカッコいいのが通用するのは相手が許容してくれた時だけだよ」
にゅろり
「ねぇねぇパルフィちゃん、勇誠くんにそんなにいっぱいラブレターもらってうれしかった?」
「あ……あの兎沙さん………圧が………圧が重いです。足取りはとっても軽いのに圧が惑星レベルに重いです」
「ごめんごめん、でも久しぶりに会った幼馴染が知り合いに首ったけってとっても気になるじゃん。気にならない方がどうかしてるくらいに気になって仕方ないじゃん」
「首ったけってお前何歳だよ」
「黙ってて♡」
「随分と機嫌いいじゃねーかおい」
「いいもんいいもんとってもいいもん。
ああ、お兄ちゃんと一切関係ないのにこんなに快感なのは久しぶり」
なんだか普通の恋愛を感じれるって逆に新鮮な気がする。
まぁメイド喫茶の店員に何度もしつこくラブレター送ってるのが普通の恋愛かって言われたら笑ってごまかすしかないけどね。
あははっ。
「で?どうだったのパルフィちゃん」
「えっとですね………最初は純粋に嬉しかったですよ」
ちらりと勇誠くんを見ると肉中たっぷりのハンバーグを差し出されたわんぱくボウヤがそこにいる。
「いつも視線は感じていましたがまさかそういう目で見られているとは思っていませんでした。あの……胸の谷間とかスカートとかそういうところばっかり見ているので肉欲しか持っていないのかと………だからそれが恋愛と知って本当に嬉しかったですよ」
この悪魔さん前々から思ってたけど何かがちょっとズレてるよね……まぁ今はどうでもいいや。
「それで2回目以降は?」
チラリ……いや、ジロリと勇誠くんを視界に収めた。
「まぁ……一回一回回数を重ねるたびに想いの強さというのが伝わってきましたよ………本当に」
おお、まるで自分の中で無限のエネルギーを生成しているような生命力に満ち満ちた顔。
「いつも私にとっても良くしてくださりますし、本当に良いご主人様だと思っています」
心なしかご主人様に力が入っているような気がするけど気のせいかなぁ?
「ですが、あの………いい機会かもしれないので言わせていただきます」
するとパルフィちゃんは意を決した顔で電柱に隠れている勇誠くんの元に赴く。
どうでもいいけど勇誠くん、あの電柱のことを親友かってくらいに信頼してるね。さっきからべったりくっついてる。
「ご主人様………あの………ラブレターとか花束とか…………あとその…………下着とかそういったものをプレゼントするのはおやめください。
ちょっとだけ………本当にちょっとだけですよ……………ですが…………あの…………」
パルフィちゃんの声量がしぼんでいくのに比例するように先ほど全人類から少しずつ生命力を奪って自分にチャージしていた勇誠くんの顔から血の気が引いていく。
「怖いです」
「ぐばばぁおっ!!!!!!!」
勇誠君のバカの口から真っ赤なマグマが噴火した。
~~
吏亜が死火山としなびたキノコを足して二で割ったもののなれの果てのような男の頬をつついて遊んでいた。
「面白い感触ですね。新感覚です」
指先からぽわぁっと柔らかい光がでてキノコの中に入っている。
「ということがあって致死量ぎりぎりまで吐血したから仕方なく連れ帰ってきたんだよ」
「ああ、そいつはご苦労さん。
その辺に捨ててこい」
「あいあいさーだよお兄ちゃん!!!」
目がかっぴらいた。
「捨てるってなんだこらぁぁ!!!!」
「ほら元気じゃん」
吏亜ってやっぱりすげぇんだなぁ。
「ん?ああ、なんだお前………湯哉か」
「久しぶりだな変態」
「旧友に対して何ほざいてるんだ?そうやってぞんざいに扱うのがカッコいいと思ってしまうお年頃か」
「メイドに対してラブレターどころか下着を送るような奴を形容するのに変態は適切だ」
「魂が送れって言ったんだ!!!」
「そんな魂シュレッダーに入れて焼却炉に捨てろ」
「俺の魂を馬鹿にするな!!!」
「魂って言えばカッコよくなると思ってる?」
「くそっ、お前みたいな動かない風見鶏に何を言っても無駄か……………」
それなりに力を取り戻したキノコの袖を吏亜がくいくいと引っ張った。
「貴方の魂……とっても面白い形と色していますよ」
「誰だこのロリ」
確かにロリだがその呼び方はない。
「天郷です、吏亜です、天郷吏亜です!!
それにしても珍しい魂ですよ本当に、例えるならチワワに古びた甲冑と最初の村で手に入る魔剣を持たせたような魂です……なるほどこれなら珍妙なことを言っても仕方ないですね」
「マジでなんなんだこいつ!!??よく分からないけどやべー気しかしねー!!」
それに瞬時に気づくとはやるな。褒める気にはならないけど。
「お前には関係ない。
んなことより元気になったんならさっさと帰れって」
「おまっ、ここお前の家だろ。せっかく来たんだから遊ばせろ」
これまでのやり取りの末によくその言葉をそのテンションで言えるな。
ふわりと吏亜が飛び僕の腕にしがみつく。なんとなくこのままじゃしまりが悪いと思ったので両手で抱えた。
「ダメです、今日湯哉さんは私と遊んでくれる約束なんです。
何人たりともこの誓いを破らせはしません。たとえ悪鬼天魔すべてが破ろうとしても私は必ず守り抜きます!!」
「大袈裟すぎないか?」
「この一晩にかける私の情熱からすればちっとも大袈裟ではありません」
「相変わらずモテるようで何よりだ」
「これはモテてるとは言わない。持っているというんだ」
両手に抱えた吏亜がにこっと笑った。
「持たれちゃってます」
「うっせぇわ」
「ま、そういうことで今日は無理だ。お前とはまた今度遊んでやるから暇な日でもピックアップしておけ」
「ふんっ……まぁいいか。
今日はこの辺にしといてやる」
そう言って踵を返したはずの足をもう一度反転させてこっちに戻ってきた。
「ああそうだ、一つ聞きたいことがあるんだがお前もパルフィさんの知り合いなのか?」
せっかく触れないでやろうと気を使ったのに自分から突っ込んできたなこいつ。
「ああ」
「好きなのか?」
「僕のことを知っているなら到底思いつかない頓狂な発想だな」
「はっ。まぁそう思ったが念のためだ。
何せあの美貌に恵まれすぎたボディだからな。いくら性欲が生まれつき枯渇しているお前でも心を奪われる可能性は十分にあると思ったんだよ。そう、サキュバスにあったときのようにな」
いや、あいつ悪魔だぞ。
「まぁそういう気がないならいい……だがもし万が一俺の天使に手を出そうもんなら俺は全力でお前と戦うぞ」
天使は僕が抱いてる方。あっちは悪魔な。
「手を出すつもりは毛ほどもないから安心しろ」
「ああそうだ……もう一つせっかくお前にあったんだから教えといてやる。よーく拝聴しろよ」
僕の周りのやつって特にすごくも無いタイミングなのに偉そうにするのが得意だよな。
「なんだ?」
「なに?」
「なんですか?」
「いきなり全員がかりで気になったか………くっくっく、実はな」
やたらためたがようやく口を開いた。
「姉貴がこっちに帰ってきている」
へぇ……なるほど合点がいった。
さっき見た夢はこれを教えてくれてたってわけだ。
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