第3話 お兄ちゃんと暮らせるならばそれでいいよ

 新しい家としてマリンに提供されたのはそこそこ上階にあるマンションの一室だった。


「ここなら若い女の子二人がいても安心なセキュリティをしてるし私達の大学からもあんまり遠くないから利便性もバッチリよ」


「兎沙に危険なんてあるとは思わないけどな」


「確かにそうね。でもママとしては娘のことが心配なのよ」


 ママか……まぁ最初は驚いたけど頭が冷えてみればただマリンとの同居が始まるだけ、マリンのことは大好きだしそれに私的にはお兄ちゃんと一緒に暮らせればそれでいいから何の問題もない。


「ああそうそう、防音性もバッチリだから何をしてもいいわよ」


「何をする気だお前」


 マリンは笑顔でその問いを流す。


「それでさ、ちょっと聞きたいんだけど良いかしら?」


「なんだ?」


 マリンの視線が首に縄を括りつけられた吏亜ちゃんに注がれた。縄を持っているのはお兄ちゃんである。 


「誘拐?どっかの子役でも誘拐してきたの?ママ哀しいわよ」


「アハハ違いますよ。

 これは罰です、ペナルティです、お仕置きです」


「そんなにこやかな顔で言われても……ってかその子何なの?」


「人の家をぶっ壊したロリ天使だ」


「天使?悪魔だけじゃなくって天使まで降りてきたの?」


「ああ。吏亜、兎沙が許しても僕は許さんぞ」


「あはは、ちゃんと家は元に戻したのですが………まぁ仕方ないですよね……この天郷吏亜、自分の失態の報いを受ける覚悟はしてきました!!!何でもしてください!!!」


「子供なのにえらいわね~~クッキー焼いてみたんだけど食べる?」


「早速甘やかすなマリン」


「ママの仕事は甘やかすことよ。

 それで吏亜ちゃんは何しに来たのかしら?」


 縛られたままで少し膨らんでいる胸を張る。


「兎沙さんの護衛に天から降りてきました。

 驚かれると思いますが兎沙さんは数億年ほど前世界を支配しかけた魔王を倒した英雄の生まれ変わりであらせられるのです!!!

 私の使命はそんな兎沙さんを正しい方向に導くために遣わされたのです」


「へぇ、そうだったのね。

 兎沙頑張りなさいよ」


「あれれ?また反応が薄いですね?てっきり『ぎょっへぇぇぇぇぇ!!!!』とか言うと思っていましたが………そう言うの気にしないタイプなんですか?

 今のご時世の若者さん達の活力が昔に比べ少ないとうわさは聞いていましたがまさかここまでとは……」


「湯哉くんは魔王の生まれ変わりらしいのよ」


「え?」


 ギギッとロボットのような動きで吏亜の首が湯哉に回った。


「貴方が?」


「うん、妙な悪魔にストーカーされてんだけどそいつ曰く僕は魔王の生まれ変わりらしい」


「………湯哉さんと兎沙さんは実の兄妹、しかも双子だとお聞きしましたが……本当ですか?」


「本当だよ、私とお兄ちゃんは産まれる前から一緒」


「ワァオ。

 ビックリです、仰天です、驚天動地です!!!!!!」


「うおっ」


 まるでチーズのように縄を引き千切ってお兄ちゃんの胸にタックルしていった。


「おいおいどうした?」


 ぎゅぅっとお兄ちゃんの匂いを堪能するかのようにしがみつき耳を胸に当てた。


「ちょっと失礼しますよ」


「?」


「…………確かに身体の奥底に禍々しい魔力を感じます………この世にある全ての人の業を使って汚した泥とゴミを地獄で熟成した濁り湯の中にブチ入れて混ぜたような禍々しさ………どうやら本当のようですね」


「感受性豊かで結構なもんだ」


「お褒めに預かり光栄です。

 それで一つお聞きしたいんですが世界を征服するつもりとかありますか?」


「砂粒ほどもない」


 さらにぎゅっとお兄ちゃんに強く抱き着いた。顔が可愛くなかったら嫉妬の炎で焼き尽くしていかもしれない。


「……本心のようですね」


「心音かなんかで判断してんのか?」 


「いえ、魂の拍動で判断してます。天使の基本能力ですね」


「なーる」


「しかしまぁ変わってますね。若い男性ってのは世界を支配したいと思ってるものではないのですか?自分が世界を支配することが最も幸せな世界に出来ると考えているものではないんですか?好みの女性を椅子にして下心タップリな快適ライフを送りたいのではありませんか?」


「人によりけりだよ何事もね」


「ふふっ。でも安心しましたよ。

 私達の怨敵になるはずの方がむしろ味方って言うのですからこれほど心強いことはありません」


 子犬のように愛くるしくお兄ちゃんに頬ずりをしてきた。さすがにムムッとしてしまう。


「ちょっと吏亜ちゃん、お兄ちゃんに抱き着くのはいい加減いいんじゃないの?」


「ああそうですね。気持ち良かったのでつい」


 ようやく離れてくれた。


「フフフフ♡♡」


「どーしたの?マリン?」


「別に、可愛い娘だなって思っただけよ」


「ふーんだ」


「それで?吏亜ちゃんは何処かに住む当てあるの?」


「ありませんっ!!!」


「そんな堂々と言うなや」


「ですからどうかここに住まわせてくださいっ!!」


「湯哉くんいいかしら?」


「家主はお前だ、僕はお前の決断に粛々と従うだけだよ」


「兎沙ちゃんは?」


「お兄ちゃんと暮らせるならそれでいいよ」


「じゃぁ決まりね、池知家にようこそ吏亜ちゃん」


「ありがとうございます!!

 これからよろしくお願いしますねお三方!!!」


 まぁ正直知らない子と一緒に過ごすのはちょっとだけ抵抗あるけど


「特に兎沙さん、これからは私のことを下僕と思ってくださいね♡♡」


 パッチリとしていて愛くるしい瞳、見るだけで分かるモチモチプルプルツヤツヤとした肌、否が応でも庇護欲をそそられてしまいそうな雰囲気…それに歳不相応なしっかりとした態度………こんな可愛い子なら別にいいと思ってしまう私がいる。


 ただ下僕はちょっと勘弁かも。


「下僕で良いのか君は?」


「はいっ!!

 構いません、問題ありません、OKです!!!」


「まぁ天使と人間の価値観が違ったって何にも可笑しくないか。でも悪魔の方が人間との価値観が近いってのもなぁ」


 目の端でマリンの口角が上がった。


「それで相談なんだけど個人の部屋は三つしか用意してなかったのよね。だから悪いけど湯哉くんと兎沙ちゃんは相部屋ってことでいいかしら?」



 お兄ちゃんは気にしない。


 昔から私やマリンがいくらくっついても眉をひそめることはないし、漫画やゲームを部屋から拝借しても小言の一つも言うことはない。懐が広く、優しいからこそお兄ちゃんは大抵のことを気にしないのである。


 つまり私とお兄ちゃんははれて一緒の部屋に住め、あんなことやこんなことを同じ空間で………「それはヤダ」………… 

 

 まぁこう言う時もある。人間はチャレンジすることが大切なのである。


「お兄ちゃん、私は全然気にしないよ。ほら、保育園の頃は一緒のベッドで寝てたしそもそも子宮の中からルームシェアしてる兄妹なんだから気にすることなんて」


「プライベートな空間は必要だろ。お前と四六時中一緒に居ると安眠する暇なさそうだし」


 …………お兄ちゃんは自分の意思を曲げたりしない。でも私に甘いから上目遣いでもしてやれば……


「お兄ちゃんっ♡♡」


「歳を考えろ歳を」


「18歳って上目遣い禁止なの!!??小娘には出来ない脂がのった上目遣いだよ!!世界はもうちょっと寛容だと思ってたよ!!!」


「それにマリン、部屋が3つしかないなんて適当なこと言ってんじゃないぞ。さっきブラブラしてみたけどもっとあったぞ」


 あれ?私無視!!??可愛い妹の渾身の媚び媚び上目遣いガン無視!!??趣味がツッコミかと勘違いしそうなくらい頻繁にツッコんでるお兄ちゃんが!!!???


「抜け目ないなぁ。ママは一回で良いからアタフタしてるところを見てみたいよ」


「そんな阿呆な醜態を晒すつもりサラサラないから諦めてくれ」


「そんなこと言われたら私ますますやる気になっちゃう♡♡」


「ああそうだったな、お前はそういう女だったな」


 マリンちゃんはお兄ちゃんの頭を優しく撫でた。文字通り愛する我が子を慈しんでいるように優しく。


「湯哉くんの色んな顔を見てみたい……ママ頑張っちゃうからね」


 ギラギラと一瞬にして燃え滾った瞳……同じ志を持つ私じゃなきゃ気づかないね。


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