難攻不落なお兄ちゃんは幼馴染がママになっても気にしませんが、それでも私が堕としてみせます!!
曇りの夜空
第1話 お兄ちゃんは動じません!!
私のお兄ちゃんは動じません。
目の前で爆発が起ころうと、隕石が落ちてこようと、地の底から悪魔と名乗るものが現れても動じない。こっちが驚くほどいつも平静を保っているのです。
表情筋が死んでいるのかと疑ったこともあるけれど笑う時はニコッと笑ったりします。それは子供っぽい純粋さとお兄ちゃん特有の不可思議な大人っぽさが入り混じったとても魅惑的な笑顔で見ているこっちまで笑みがこぼれてしまいそうになってしまいそうになるのです。
でも目をひん剥かせたり喉を焼くほどの大声をあげたり冷や汗で全身をコーディネートすることは決してない。
私、
「ということでお兄ちゃん、驚いてくれるかな?」
今の自分の胸の内をそのままぶつけた結果お兄ちゃんは額に手を置き部屋の中の二酸化炭素濃度が一気に上がりそうな深く大きな溜息をついた。
「そこはいいともーでしょ」
「どうしてお前はこんなにアホなんだ?」
因みにお兄ちゃんは苦い顔は割と見せる。私が一番見る顔はもしかしたらこれかもしれない。
でもまぁ結構お気に入りなのでこれはこれでありだけど。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
大学に入って初めて迎えた夏のある日、私とお兄ちゃんは仲良く隣に座ってお父さんと向かい合っていた。
「改まってどうしたんだ?」
「実はお前等に大切な話があるんだ………それはそれは大切なもので母さんの仏壇に供えているお前等のへその緒よりも大切かもしれん」
「その分かりづらい例えは必要か?」
「ああどの程度大切なのかを分かってもらうと同時にユーモラスのパワーで気持ちを軽くさせる効果があるから必要だ」
「なるほど、お母さんの仏壇にいつへその緒が置かれたのか不思議だったんだけどそういうことだったんだね」
「納得するな阿呆」
お兄ちゃんが服をパタパタとさせた。
「それで?大切な話ってのはなんなんだ?」
「ああ、実はな………母さんが死んでもう10年………いい加減俺も新しいパートナーを見つけようと思ったんだよ………そしたら」
「え?まさかお父さん……」
「おいおいマジか」
ドキドキ……まさか………
次の言葉を期待していると何故かお父さんはお兄ちゃんとよく似た苦い顔をした。しかし瞬きの後にはそんな苦さが完全になくなる。
「結婚詐欺にあって財産沢山持ってかれちゃった♪テヘペロッ」
コツンッと額に拳をあててニッコリと笑った。それはそれは腹が立って仕方ないくらいニッコリと。
ぶん殴ったろか?この親父。
「兎沙、拳を収めろ」
「うう……分かったよ。
でも結婚詐欺???いい歳して一体なに引っかかってんのお父さん!!??」
「いやぁ……兎沙には分からないかもしれないが男ってのは可愛くて若い女の子が引っ付いてきたら正常な思考が出来なくなるもんなんだよ。おっぱいが腕に当たった瞬間クールな思考は異次元空間に消えてしまうのだ」
「お兄ちゃん」
「僕って川かなんかで拾われたのかな?同じ遺伝子が流れているとは思えない」
お兄ちゃんはいつもよりも深い真顔で口を動かした。
「お前は特別だ。普通はそうなんだよ」
「僕は平々凡々な男だとは思うがまぁいい、百歩譲ってそこはいいだろう。
で?若い女の薄っぺらいハニトラに引っかかった憐れな50代のスケベじじいは今いくらくらい持ってるんだ?」
「はは」
するとお父さんは樋口さんが一人だけ入っている財布を見せてきた。
「兎沙、ぶん殴っていいぞ」
「OK」
「待て待て待て!!!!ちゃんと被害届だしたから!!!きっと戻ってくるから!!!」
「戻ってこないだろうな。逮捕された時には全部使いきったってのが王道ルートだ……ってかどうしたら有り金全部持ってかれるんだよ」
「難病のお母さんがいるって言うから………」
「そっか、そりゃ心配になるよな……うんうん気持ちは分かるぞ」
「おお、分かってくれるか流石はマイサン」
「兎沙お前のラビットパンチを味わわせてやれ」
ブンブンと腕を回して力を溜めていく。
「だから止めて!!娘から受ける純粋な暴力程痛いものってないんだぞ!!」
「私だって暴力なんてしたくないよ、暴力なんて最低の行為だって思ってるから」
「なら」
「でも、最低な行為をしてでも大切な人を正したい。最低の状態の人と同じ視線に立つためには最低の行為をするのが最も単純かつ手っ取り早い………これは親を思う娘心なの、分かってお父さん。
これが貴方の育てた娘の信じる道だよ!!!!!」
「俺最低ってこと!!??」
「まぁお金とられちゃった、ゴメンちゃいって子供たちに開き直るのは最低以下と言ってもいいだろ」
「そこまでかね!!??」
「そこまでだよ。私達これからどうすればいいの?私達まだ大学一年生なんだよ。退学して働けとでも言うの?何度か死ぬと思った受験勉強を何だと思ってるのお父さん!!」
「俺だって単に開き直ったわけじゃないぞ。ちゃんとこっから大逆転するウルトラCを実現させたからこそてへぺろったんだ」
初めて聞いた動詞を扱ったお父さんはすごすごと扉の方に向かいぺこりと頭を下げた後に開けた。そして私はそこにいた人を見て首をかしげる。
「こんにちは」
「あっ、こんにちは。
ってかどうしてマリンがここにいるの?」
そこにいたのは
「急にどうした?」
「いっつもそうよね、湯哉くんは何したって全然驚かない………蝋かなんかで固めてるんじゃないかって思ったこともあるっけ」
「???」
するとマリンはお兄ちゃんの両手を掴んだまま押し倒した。コッソリ羨ましいと思っている大きなおっぱいがお兄ちゃんの顔を覆いつくしたのである。今頃幸せの波が押し寄せてきているに違いない。
お兄ちゃんの心はきっと桃色タイフーンだ。
「ドキドキしてるかしら?」
「まったく」
凪いでいたようである。
ああもう、お兄ちゃんったらここまでやっても平然としてるから男として大丈夫か?と疑っちゃうよ。
それはそれとして
「お父さん、なに羨ましそうな顔してるの?なに鼻の下を長くしてるの?」
「いや……だから若い娘に」
「殴られたい?」
拳に息を吹きかけ気合を込めてあげるとシュンっとテーブルの影に隠れた。わが父ながら情けないこと山のごとし。
「はぁーあ、やっぱりそうよね。
でも湯哉くん、私は貴方のそんなところが大好きなの」
え?
「初めて会った時から何にも変わらない……世間に影響されてする成長なんて言葉僕には関係ないって具合に我が道だけを突き進んできた貴方が本当の本当に大好きよ」
「…ちょマリン……それはつまり?」
「私、池知マリンは柚野旗湯哉を愛してるってことよ」
えええ??
いや、昔っからマリンがお兄ちゃんに特別な想いを抱いてたってことは分かってたけど………え?まさか………まさかそういう系だったの??友情じゃなかったの??
「なんだ?幼馴染が無一文になったこんなタイミングで告白か?」
「告白するのにベストなタイミングなんてないと思うわよ」
「それはどうだろうか………
ああでもそう言うことか」
ちょっとなんでお兄ちゃんはこんな時でも平然としてるの??
「お前って確か結構良いとこのお嬢様だったわな………
おいこらスケベ親父、援助を受ける代わりに僕を売ったのか?」
「!!!????」
そっか、マリンのお父さんたちは社長をしてる……お兄ちゃんと結婚してもらう代わりに………って
「そんなの駄目に決まってるでしょ!!!!そんな身売りみたいな真似………マリンもそんなのでお兄ちゃんを手に入れて嬉しいの!!!??」
「兎沙落ち着け、そんなピーピー喚いたって良いこと何にもないぞ」
「これで落ち着けるわけないでしょ!!!お兄ちゃんも驚くときは驚かないと!!!!
結婚させられるんだよ!!!こんな急に、お金の力で!!!」
脳天に優しいチョップが響いた。
「はぁ、だから何度でも言うけど落ち着け。
マリンがそんな下衆な手段で僕を夫にするわけがないだろうが。幼馴染をもっと信用しろ、こいつはクズ親父とは違う」
「え?でもお兄ちゃんも僕を売ったのかって言ってたじゃん」
「結婚させられるとは言ってないだろう」
「そうよ兎沙ちゃん、私の愛をあんまり舐めないでちょうだい。結婚は互いの了承あってこそよ」
「は?」
「ったくもう……15年近く一緒に居るってのにまだまだ私への理解が甘いわね……それに引き換え流石は湯哉くん。そんなところもやっぱり愛してるわよ」
「はいはい………そりゃどうも」
私の頭には沢山の?マークが浮かんでいる。消そうとしても全く消えず増えていくばかりなのだ。
「だったらどういうこと?お兄ちゃんは性奴隷にでもなるの?マリンってそんな趣味もあったの?」
「頭の歯車ぶっ壊れてるのか?」
「だって………ええ??」
するとマリンはバッグの中から一枚の紙を取り出した。
「まぁ兎沙ちゃんが察しの悪いのは昔から、ほらこれみてちょうだい」
「ん?なにこれ?
婚姻届??」
私はそこにかかれている名前を見て思わず目をひん剥いた。目玉がすっぽーんと飛び出てしまうくらいに見開いてしまった。
「あれ?ここに書かれている名前って………ええ???」
妻になる人に書かれている名前は池知マリン……これは当然だ。しかし夫になる人に書かれている名前は
「お父さん?」
マリンはこくりと頷いた。
「え?ダメ男好き?」
「俺ダメ男か!!??」
お父さんに向かって深く頷いた後マリンを見つめる。
「もちろんダメ男に興味はないわ」
「酷いっ!!!」
「これ以上ないダメ男だろあんたは」
「全員攻撃???」
お兄ちゃんがお父さんにクッションを投げつけた。形勢逆転が不可能と悟ったお父さんはソファの後ろに隠れる。
「興味があるのは湯哉くんよ」
「………???????????」
どゆこと?
「私は湯哉くんに男女の愛はこれっぽっちも持ってないわ。幼馴染で眉毛の数まで知ってる湯哉くんに今更恋愛感情なんて湧かないもの。
でも………昔から山みたいに感じる物はあったののよ」
「それって?」
「母性!!!!!!」
威風堂々と胸を張って言い切った。
「私は湯哉くんの妻じゃなくママになりたかったの、保育園の頃からずぅっとずぅっとママになりたかったの!!甘やかしたくてしょうがないかったの!!!!!!!」
「はぁぁ!!!!!?????????」
いや……そう言えばなんか心当たりがある………やたらナデナデしたがってたり耳掃除とか色んな世話したがってた……お兄ちゃんは毛ほども気にしてなかったけど……
「まぁそういう訳だからこれからは幼馴染兼ママよ、改めてよろしくね娘ちゃん。
そして」
マリンはお兄ちゃんの頭を優しく撫でた。
「息子くん♡♡いっぱい甘えてちょうだいね」
「ったくもう、発想と行動がおかしいって思わんのかね?」
「自分の好きなままに生きる、湯哉くんと何にも変わんないわよ」
「はっ、確かにそうだな」
そう言った後お兄ちゃんはあくびを噛み殺した。その姿を確認した後私の中で遅れてきた感情が爆発する。
「なんでぇぇぇぇぇ!!!!!!!??????????」
「スケベ親父のせい」
衝動のまま放った兎沙パンチがお父さんのみぞおちをえぐった。
「ぐっへぇぇぇ!!!!」
私達の新生活はダメ親父の喚き声と共に始まったのであった。
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