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「へえ、焼きそばパンか。おいしそうやなあ」

 そう言いながらシューイチは、オレの隣に座り込んだ。そして、

「ジュリちゃん、ちょっといいか?」

なんて、もったいつける調子で切り出した。

「なんだよ、突然」

「いやな、ジュリちゃんにだけは話しておこうと思ってな。実は、部長のことなんやけど……」

「ミオ先輩? 先輩がどうかしたのか」

 問いかけるけどシューイチは、なかなか後を紡がない。その上、シューイチの顔に薄らと陰がかかる。こんな深刻そうな顔をしたシューイチを見るのは初めてだ。

 ようやくシューイチは、「実はな」と前置きをしてから、

「部長は体が丈夫ではないんよ」

 遠くの空を見つめながら言った。

 え……、先輩の体は丈夫じゃない? それって、どういう意味なんだ。

 オレはシューイチを見つめる。するとシューイチは視線を空からオレに落とし、一つため息を吐き出してから続けた。

「部長、ほんまはこないして舞台になんか立ってられへんのや。せやかて部長は、ああいう人やろ? 舞台に上がらんと反って死んでしまうような人や。それで医者も周りも止められへんねん」

「なんだよ、それ……。だ、大体、オレにそんな話をして、どうしろって言うんだよ。先輩に演劇を辞めさせろってことか?」

 それも本番を間近にして、なんでそんなことを言い出すんだ。

 じっとシューイチを見つめると、彼は首を小さく横に振った。

「別にジュリちゃんにどうこうしてほしいとか、そういう話ではなく。単なる世間話だと思ってくれたらええ。ただ、もし部長に言いたいことがあるんやったら、言える内に言っておいた方がええと思ってな。それだけや」

 シューイチは、あっけなく話をまとめるけど。

「なんだよ、それ。先輩が死んじゃうみたいな言い方して。っていうか、あの先輩が病気だって?」

「部長だって人間や。病気の一つや二つ、持っていても不思議はあらへんやろ」

「そりゃあ、そうだけどさ」

「まっ、ジュリちゃんがそない風に思っても仕方あらへん。部長は表に出さん人やから。……部長、死ぬなら舞台の上でって、そう思っとるんやろうなあ」

 死にたがってる? ミサイルに撃たれても死にそうにない先輩が?

 シューイチの言ってることは本当だろうか。あの先輩に持病があって、その上、死ぬなら舞台の上でなんて。

 確かに変わり者の先輩のことだ。そんな風に思っていても不思議はない。そもそも先輩のあの演劇体質自体が病気みたいなものだけど、今は置いておいて。とにかく、あの先輩に持病があったなんて……。

 シューイチは、言いたいことを言い終えたのだろう。ベンチから立ち上がると、ひらひらと後ろ手を振って去って行く。すると、それと入れ替わる形でアッキーが戻って来た。

 湿った風がオレの頬を優しくなでた。アッキーは先輩の病気のことを知っているのだろうか。訊ねようかと思ったけど、なんだかはばかられた。第一、オレには関係ないことだ。

 アッキーは途中で会ったリアにもらったのだと、オレにも一つチョコレートをくれた。オレは受け取るなり包みを開け、早速口の中へと放り込んだ。

 先輩に言いたいこと、か……。

 チョコはダーク味だったらしく、口の中にほろ苦い味がみるみる内に広がっていった。

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