第6話

彼は2匹のGをティッシュペーパーにくるんでトイレに持って行った。

それを流そうとレバーに手をかけた時彼はふいに、自分がしている行動に疑問を感じた。


俺はなぜゴキブリを見たら叩こうとするのだろう、と彼は思った。

普通に考えればそれは、見た目が気持ち悪いという単純な理由からだった。しかし見た目が気持ち悪いというのは、良く考えたら人間側の勝手な判断ではないだろうか?人は猫を見たら可愛いと言いゴキブリを見たら気持ち悪いと言うが、その感想に特に根拠がある訳ではない。ただ何となくそう思うというだけなのだ。

そんな勝手な判断を生き物に押し付けて、殺す権利なんてあるのだろうか?


そんな事を考えているうちに、彼はゴキブリに対して急に申し訳なくなってきた。そしてティッシュペーパーを流すと、はあとため息をついた。

こんな風に考えるなんて何だか自分らしくないな、と彼は思った。


最近、何かがおかしかった。

今までは悩まなかったような些細な事が、どうしてか気になってしまう。

きっとあの時からだ、と彼は思った。

祖母の家の驚くほど静かな部屋に入って妙な胸騒ぎを感じた、あの時から。

彼は嫌な感覚を頭から振り払うように、少しの間目を閉じた。


園田の部屋のキッチンに戻ると、食べ終わった後のカップ麺や弁当がいくつか散らばっていた。

「これがGをおびき寄せた原因だな。」と彼は呟いて、それらをゴミ袋へと放り込み、しっかりとその口を縛った。


気が付くと外はもうすっかり暗くなっていた。

窓を開けてみると、彼の頬には夏の夜風が当たった。その風の優しさに、彼は心がほどけて行くのを感じた。


園田が帰って来てから彼らは2人でアイスを頬張り、レーシングゲームに興じていた。

しばらくして彼は、先週松岡さんと電話した時のやり取りを思い出した。ゲームに夢中になっている園田の横顔を見ながら彼は、こいつになら相談してみてもいいかな、と思った。


松岡さんに今度来て、と言われたことを話すと園田は

「いいじゃん。遊びに行ったら何かあるかもよ?」と言った。

「いや、でも話の流れで言っただけだと思うんだよね。」と彼が言うと、園田はテレビにかじりついたまま

「そうかなあ?興味無いんだったら普通誘わない気がするけどね。俺だったら行くよ。」と言った。


端から見ると園田はゲームに夢中になっている様にしか見えなかったが、それでも彼は少し安心して

「そっかあ。まあそうだよね。」と言った。

ふと視線をテレビへ戻してみると、レーシングゲームは彼の方が周回遅れになっていた。

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