静謐な部屋から
渚 孝人
第1話
大学の夏季休暇が始まってから、既に数日が経過していた。その時はもう昼に近かったが、彼はまだベッドの上でスマホの画面を眺めていた。起きてから1、2時間スマホをいじるのが、ここ最近の彼の日常だった。
彼のアパートの6畳の部屋に、クーラーは規則的に冷気を提供し続けていた。机の上にはパソコンと共に雑然とノートや書類が散らばり、キッチンの床には空き缶がいくつか横たわっていた。
彼がふと窓の外に目を向けると、日は既に大分登っていた。
「そろそろ起きるか。」と呟いて立ち上がろうとした時、部屋の電話が鳴った。
ほとんどの人間が携帯かスマホを持っているこの時代に、わざわざ彼の部屋に電話をかけてくる人物は限られていた。彼が受話器を取ると、予想通り母の声が聞こえてきた。
「もしもし?あ、部屋に居たのね。あんた、どうせ今まで寝てたんでしょ?」
と母はあきれた様に言った。図星だったが、彼は何食わぬ感じで
「んー、起きてたよ?普通に。」と答えた。
「たまには帰って来て家の手伝いしなさいよー。どうせ暇なんだから。」
「いや、こっちも割と忙しいからね?バイトとかさ。」
と彼は、大きく伸びをしながら答えた。
「そうなの?あ、そういえばお盆のお父さんの実家は行くのでいいのよね?」
「あー、うん。」
彼の父の実家は福井にあり、お盆の時期には毎年親戚で集まるのが恒例だった。
「で、用事はそれだけ?」と彼が聞くと、彼の母は思い出したように、
「それからね、あんた最近おばあちゃんの所行ってないでしょ?休みの時ぐらい顔見せたらと思って。」と言った。
「うん、まあ確かにそうだね。」
彼の母方の祖母は、一人で埼玉に住んでいた。元々家族の世話になるのを嫌がる人だった上に歳の割にはしっかりしていたので、家族もたまに様子を見に行く程度だった。
「じゃあそういう事だから。」と言うと、母は電話を切った。
彼は受話器を置いて一応カレンダーを見てみた。分かっていたことだが、彼には今日一日特に予定が無かった。
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