【第3話】悪役令嬢の打算と従者ジェイド
今、私の目の前には一人の青年がいる。
彼の名前はジェイド。
私の婚約者(予定)であるクルーゼ王子の従者である男性である。
最近は私がさり気なくちょいちょいと王子に体調を気遣う言葉をかけたり、
簡単な贈り物を贈ったりしていたせいもあって、王子からもちょっとしたお菓子だとかお花だとかを届けてくれるようになっていた。これは大きな進展といえるだろう。
そんな訳で、この日も偶然を装って王子と遭遇する為に王宮の中庭で散歩をしていた私は、王子ではなく仕事途中に廊下を通りかかったジェイドと遭遇したのである。
狙っていた人物ではなかったが、私も彼とは話をしなくてはいけないと思っていたところだったし、ジェイド…彼の方も、最近王子と交流を深めている私に言いたいことがあったのだと思う。礼儀正しく挨拶をされた私は、当たり障りのない世間話を彼と交わすことになった。
"ジェイド・フェルッセン"
王子の周囲の従者たちはある程度歳をとった男達が多い中、彼だけは歳若いせいもあり、結構目立つ。
私とメイドのマリエッタがそうであるように、彼もまた王子の世話役の一人であり、歳の近い友人のような役割も与えられている存在なのだろう、年の頃は私や王子と層変わらない。確か公式設定では17歳だったと思う。
…そう、私が彼のデータを知っているということは、当然彼もまたゲームの攻略対象キャラの一人だということである。
サラサラの金髪と涼やかな青い瞳の王子様オブ王子様な容姿をしているクルーゼ王子とは違って、黒髪短髪。少し前髪が長めで眼鏡着用。目元が見えにくいというキャラデザをしている。地味で素朴な雰囲気を持つ彼は、自分の役割もあるせいか、性格も決して出しゃばらず控えめで落ち着いているタイプだ。
…ただ、これがあくまで表向きの顔であることを、ゲームのプレイヤーとして彼を攻略したことのある私は知っている。
彼は所謂、表の顔と裏の顔のギャップでPLを魅了するタイプのキャラだった。
彼は表向き、控えめで優しい好青年で、王子であるクルーゼがゲーム開始最初は冷たく素っ気無いのもあって、最初から優しく接してくれる彼の存在は、"悠久のチェリーブロッサム"プレイヤーにとって癒しの存在といっても過言ではない。
彼の固有ルートに入らない限りは…だが…。
彼の固有ルートに入ると、彼は全く別の顔を見せてくることになるのだ。
彼は、実は王子の忠実な家臣・信頼できる友人と言う顔をしながら、裏では彼を陥れるための計画を着々と進めている敵国のスパイという設定で、ヒロイン(アリシア)と出会い、恋をしてしまうことで自分の任務と彼女への愛の狭間で苦しむことになり…というのが、彼の個別ルートのシナリオである。
他のキャラクターの攻略ルートに入ってしまえば、彼のスパイ任務に関してのあれこれのイベントは基本的に起こらないはずだが、それでも水面下ではそれが進んでいるのだとしたら、これは私にとって放っておけない要素である。
王子に何かあれば、私は勿論アリシアだって巻き込まれないで済むはずがない。最悪、王子が死んで、妃が必要なくなったら、私はまた別の貴族の息子に宛がわれるだけだろうが、アリシアはきっと故郷に帰るか、大神殿がある宗教都市にでも送られてしまう可能性がある。
…話が長くなったが、つまり 私が王子とちょっとずつ仲良くなっておくというミッションと並行して、私はこのジェイドとも親睦を深めておく必要があるということなのである。
これは単純に、彼がアリシアと親しくなってスパイ発覚ルートのイベントを起させない為である。彼が恋をしてしまったら、その対象がアリシアだろうが私だろうが、彼ルートの個別イベントが起き始めてしまうのかもしれないが、とにかく私はそれをアリシア相手に起されると困る。
彼とくっ付いてしまった場合、アリシアはエンディングで敵国に行ってしまうからだ。離れ離れになることなんて絶対に許さない。折角出会うことができるのに!!!(まだ出会ってないけれど!!)
私の目的のためには、彼は大きな不安要素になってしまうので、上手く懐柔して均衡を保ったままでやり過ごしたい。つまり、そういうことである。
いざとなったらなんとか証拠を掴んで、彼をスパイだと摘発してしまうのも良いのだが、王子は彼を何だかんだ信用しているし、今の状態でそれをやると、私への印象が悪くなってしまう可能性もある。それをやるにしてももう少しタイミングを計らないといけない。
「…なんだかんだ結局ちゃんと悪役してる気がしますわね、わたくし…」
その目的がヒロインと自分の心の平穏の為、という理由であることがゲーム本編とは180°異なってはいるものの、他のキャラクターの犠牲も辞さないという方向性で打算をめぐらせている自身を振り返って、思わずそんな風に呟いてしまった。
「エリスレアさま?」
世間話の最中、彼の顔を見つめながらうっかり考えに耽ってしまっていた私を、気がつけばジェイドは怪訝そうな眼差しで見ている。いけないいけない。
「あ、ああ、ごめんなさい。わたくしったらボーっとしてしまって」
「先日倒れたとお聞きしてからまだそんなに間もないですし、お体が本調子でないのでしょう。もしよろしければ、私にお部屋までお送りさせて下さい」
少し長い前髪の隙間から、心配そうな眼鏡越しの瞳が見える。
…そうそう、この気遣いが表ジェイドなんだよね…。
そんな風に懐かしい気持ちになる。
この優しい、ちょっと困ったような表情のグラフィックが結構好きだったんだよね。
まさか実際に見ることが出来るなんて、ゲームをやっていたあの頃には以下略。
ともあれ、15歳のエリスレアがババア臭いって言われるようになったら大変だ。
過去を振り返るのはほどほどにしなくっちゃ…。
彼に屋敷へと送ってもらう道中、彼は優しく私を気遣ってくれていたけれど、
その言葉の端々には探りを入れているようなニュアンスも感じられた。
出来るだけ不自然にならないようにと気を遣ってはいるものの、幼い頃からの私と王子の関係をずっと見ていた彼だもの。
最近の私の彼への態度に思うところがあってもおかしくはない。
つまり、そういうことなのだろう。
「私ももう大人になる年齢でしょう?
いつまでも子供のままではいられないなって、最近は自身のこれまでの振る舞いに反省をしていますの」
そんな風に自嘲気味に笑って見せたりすると、
ジェイドは、これまた先日の王子に負けないくらいのキョトン顔をしてくる。
(まったく私(エリスレア)のこれまでの印象といったら…。)
「そんな風に思われていたのですか…。ですが、エリスレアさまの素晴らしいお噂はよく耳にしております。薔薇の花のように華やかで、蝶のように自由で…と」
「ふふ。ありがとう。でも、私がいつまでも子供っぽい振る舞いをしていたら、王子にも恥をかかせてしまうでしょう?」
「…王子のことを心配してくださっているのですね」
「王子はこの国の未来を支える大事な存在ですけれど、それ以上に…私にとって大事な幼馴染でもありますもの。彼の心の負担をわたくしが少しでも減らすことができるのなら、それを惜しむなんて高貴な身に生まれた者として恥ずべきことでしょう?」
ただ優しいだけの言葉ではエリスレアらしくない。
誇り高く気高い部分を残しつつ、優しいところをアピールしていく。
おどおどした部分なんて見せないように、自信たっぷりの微笑を彼に向け、
王子には内緒よと念を押す。
彼の心に入り込むのに大切なことは、彼と同じに己の仕事や国に対し、
真面目で真摯な部分を見せること。
彼は自身の国のためにスパイとしての役割を全うしている。
私も、王子の婚約者候補として、貴族の娘として、そして幼馴染として…
誇りを持ってひたむきに取り組んでいる姿を見せ付けるのが効果的だと考えたのだ。
恐らく悪くない印象を与えられたんではないかと思う。
彼はその後、口数は少なかったけれど、別れ際、少しだけ戸惑ったような顔で挨拶をしてくれたからだ。
彼にとって"戸惑い"は、要するに心を乱されたということだから、彼の中に少しでも"今の私"を印象付けることに成功したということだろう。
ゲームの主人公アリシアだったら、彼のそんな様子をみて
「私何か変なこと言っちゃったかな…」なんて心配になってしまったのだろうけれど、何せ私は悪役令嬢なのだ。利用できるものはなんだって利用していく。
男心、弄んでいくわよ…!
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