悪役令嬢は桜色の初恋に手を伸ばす
夜摘
【プロローグ】前世の記憶は突然に!?
目覚めた時に見えたのは知らない天井。
―――いや、厳密に言えば知っている。
所謂、寝ぼけている状態とでも言うのだろう。
私は目覚めた瞬間、自分が全く見知らぬ場所にいると錯覚し、ここはどこだ?どうしてこんなところに自分はいるんだ?と混乱した。
飛び起きて目を白黒させている私の寝ていたベッドの周りには、心配そうに私を見つめている数人のエプロン姿の女性達がいて、彼女たちは口々に「お嬢様がお目覚めになられた!」「良かった…!」と安堵の言葉を漏らしている。
私は頭の上にクエスチョンマークを沢山に浮かべ、彼女達、そして自分が目覚めた部屋を見回す。
私が寝かされていたらしいベッドは、とても大きくふかふかしている。
ピンクのレースで縁取られたシーツは可愛らしく、可憐で…そう、物語のお姫様のお部屋を思わせ、女の子の夢がいっぱいに詰め込まれているが、私の趣味かといえばそうでもない。混乱した私の頭でもこれだけはわかる。
ここは私の家じゃない。
会社でもない。
病院でもない。
この人達は家族ではない。
職場の人間でもない。
看護師さんでもない。
「……????」
女性たちは上品なワンピースに真っ白なエプロンを身につけ、頭にはひらひらとしたヘッドドレスというのか、そういう感じのカチューシャ?髪飾り?をつけている。
部屋は広く洋風の豪華な造りで、見るからに高価そうな家具や調度品がいくつも置かれている。
少なくとも日本の一般家庭の住人である私の家にこんな部屋はないし、いくら家が汚くてもいきなりこんなに家政婦さんを雇うほどの経済的な余裕が、私の家庭に突然振って湧いたなんて記憶も無い。
私は混乱でごちゃごちゃになっている頭の中を必死に制御して現状を理解しようとする。
私の名前は波佐間悠子(ハザマ・ユウコ)。
日本の都会とは言い難いくらいの小さな町で働くごくごく平凡なOLの26歳。
家族同居。家族構成は父と母、弟。恋人はなし。
趣味はネットサーフィンとインターネットショッピング。昼寝。
昔はゲームやアニメも好きだったんだけど、最近は毎週アニメを追う事にも疲れてしまって、ゲームも買うだけ買ってなんとなくやる気が出なくて放置してしまっている。
そんな感じで、自分で言うのもなんだけど、プライベートがあまり充実しているとは言い難い生活をしていた。
仕事…会社の方では、それなりに仲の良い同僚も、苦手で近寄り難いお局様も、ちょっと顔が可愛くて気に入ってる後輩クンも、セクハラまがいの発言が大嫌いな上司もいて、まぁ、特に褒められることもないけれど虐げられるわけでもなく…取りたてて楽しいことも大きな問題も起こらないながら平凡な日々という感じだった。
良くも悪くも刺激もない。それは、つまり生きていて楽しいとも思わないということで…。このまま私はだらだら生きて歳をとって死んでいくのかな?と思うと少しだけ空しくもなったけれど、だからって通勤電車の線路に飛び込もうなんて勢いの良さもなかった。ただそれだけ。
そう。"私"は、こんな豪邸の一室で目覚める心当たりは一つもない。
ゆっくりゆっくり記憶を手繰り寄せてみても、特におかしなところなんてなかったはず…と私は思い返してみる。
いつも通り電車に乗って仕事に行って、いつも通りに帰宅して、部屋に戻って、パソコンの電源を入れて…。
―――その瞬間、思い出した。
まだ真っ暗なパソコンのモニターに苦しげに歪んだ自分の顔が見えたのを。
そうだ。
あの時、突然胸がきゅっと痛んで。息が苦しくなって。家族を呼ぶことも出来ないまま、意識が遠のいていって…。
「あ」
もしかして、あの時"私"は死んでしまったのだろうか。
私は愕然としてしまう。
そこから先は、どうやっても思い出せない。
あの続きが今だとするなら―…これは………
私は、努めて冷静を装ってもう一度、私の周りでザワザワしている女性達と、自分が目覚めた部屋をぐるりと見渡す。今度は確認の為だ。
"私" 波佐間悠子にとっては見知らぬ景色と人々。
けれど、私は、私の中にもう一つある"私"の記憶も、少しずつ思い出してきていた。
今度は自分の身体を見下ろしてみる。
繊細なレースがふんだんに使われた乙女チックなネグリジェからすらりと伸びた腕を見てみると、元の"私"と較べると格段に色白で…きめ細かく美しい肌が見えた。
…こ、これが私の腕…?
26歳の"私"が思わずうっとりしてしまうと、恐らくは頭がどうかしてしまったと心配したのかもしれない、一人の女性がすぐ近くまで駆け寄ってきた。
「エリスレアお嬢様、大丈夫ですか?痛い所はありませんか???」
慌てた様子で駆け寄ってきたメイドの名はマリエッタ。
赤毛を三つ編みに結っていて、顔には少しそばかすがある。
私よりも確か2~3歳上で、少しそそっかしいけれど、真面目でいつも一生懸命仕事をしてくれる娘だ。
そう、日本人のOLである"私"である"波佐間裕子"は知らないけど、
もう一人の"私"、この屋敷の主であるヴィスコンティ公爵の一人娘"エリスレア・ヴィスコンティ"は、彼女のことを良く知っている。
彼女は自分が10歳くらいのときからこの屋敷にいて、ずっと私の世話係として…恐らくは歳の近い友人としての役割も与えられていたのだろう。
私はそんな彼女を微笑ましく、愛らしいと思っていたし、同時にちょっと鬱陶しくて煩わしいとも思っていたことも思い出せる。
混乱していたときはわからなかったが、今、改めて集まっている女性達の顔をみれば、彼女達一人ひとりの名前も、彼女達がこの屋敷でどんな風に仕事をしてくれているのかも思い出せる。
"私"は、この世界の人間である"エリスレア"が、突然に前世の記憶を取り戻したのか、それとも日本人である"波佐間悠子"の魂?が何らかのトラブル?あるいは運命の悪戯?によって"エリスレア"の身体と記憶を乗っ取ってしまったのかはわからない。
ただ、日本人として生きていた"私"と、この世界で生まれ育った"私"二人分の記憶と知識が合わさって始めて気がついたことが一つある。
それはこの世界が、見知らぬファンタジー世界ではなく、"波佐間悠子"が昔やりこんだ乙女ゲーム"悠久のチェリーブロッサム"の世界だということだった。
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