第396話 魔王の休暇(魔王視点)
「魔王様、このまま放っておいていいのでしょうか?」
「む?」
「あの悪魔の少女です。名前すらも教えないような秘密主義者を信じていいのですか?」
あの少女が帰った後、部下が不安そうに告げる。
「良い、あのまま放っておけ」
「しかし……」
「案ずるな、魔族の民は我が死守する」
民を守り、領土を広げる。多種族と魔族は何ら変わらない。例え悪魔からであろうと守り抜くだけだ。
悪魔はもう何百年も前に地上から姿を消したとされていたが、今の魔族たちじゃ到底太刀打ちできないだろう。俺はともかく、あの悪魔の少女レベルの化け物が大量に押し寄せてきたらまずい。
ただ、それはないとはっきり断言できる。なぜなら、彼女は地上に自らの意志で降り立つことができるただ一人の悪魔だという。なら、近い強さを持つ悪魔はいようとも、そこまで多くはないはずだ。
「悪魔が本格的に攻めるのはまだ先だろう。その間に、人類との戦線をどうにかできないか?」
「スタンピードを度々起こして冒険者を疲弊させておりますが、あまり効果は見込まれません。慣れ始めた冒険者にはもはや意味ないかと」
「そうか……なら、悪魔の軍勢が来る前に弱き人類には退散してもらわなければな」
人間とは弱い生き物である、大抵の場合がそうだ。全てのステータスにおいて魔族の平均を大きく下回る。
魔族なら子供でもレベル10を超えているものだ。何にも関わらず基礎ステータスで劣る人間たちは10に達すればいい方とまでいう。
ここまで強さに無頓着な平和ボケした連中は悪魔の大群には耐えられないだろう。
「かつての聖戦通り、我々は悪魔側につくのですか?」
「それだが……悪魔とは組まん」
「え?」
「よく考えろ、あいつらは地上全ての生き物を根絶やしにするつもりだ。もちろんその中には魔族も含まれる」
そして、いつかはぶつかることになる。
「それに、前回の聖戦では一応悪魔側が負けているんだ。天使についた方がまだマシだ」
「では……」
ただ一つ、引っ掛かりを覚えるとしたらあの女の言葉だ。
『女神派を殺せば、一発でバレる。だから君は殺さないであげる。感謝しなよ?女神にね』
女神派、それは天使を含んだ女神に付き従うもののことだろう。あのセリフを聞くかぎりあの女は『世界』とやらについたのか。
だが、今となっては関係ないか。もう俺はマレスティーナよりも強いから。
「問題を挙げるなら、まだ天使を確認できていないことか」
悪魔はさっきまだいた少女のようにああして地上を歩き回っている。だが、まだ天使の姿が確認されたという話はどこの地域でも聞かない。
「もし、天使が地上まで降りてこないのならまた話は変わってくるな」
「天使がいなかった場合、魔王様はどうするおつもりで?」
「……精鋭たちを集める。これしか言えんな」
「それは、種族問わずということですね?」
対抗できる戦力なら誰でもいい、いるだけかき集めて短期決戦で敵の『王』を討つしかないだろう。
「はぁ……先が思いやられるな」
「現在進行中の魔王軍にも着々と疲弊が伝わってきています。それに魔王様もお疲れのようですし……ここで一つ休暇を取っては?」
「休暇か」
そういえば最近、息子は今何をしているのだろうか?
「御子息様にお会いになるのですか?」
「ああ……待て、声に出てたか?」
苦笑いの部下。
「あーくそ、俺は休む。俺の仕事やっておけ、それが罰だ」
「かしこまりました」
♦️
「ここか」
訪れるのは何年ぶりか。最近は魔王城に顔すら出さなくなった私の息子シャル……。
「元気にしているだろうか?」
ドアに手をかける前にノックしようとする。その時、
「こら!てめーちょこまかと!」
中から声が聞こえた。何かを追い回しているのかガタガタと音がしている。
そして、
「うるさい、読書の邪魔」
「ぶへぇ!?」
凄まじい衝撃音と共に家に穴が空いた。扉のすぐ横に空いた穴から飛んできたのは、
「シャルよ……」
情けなくも吹っ飛ばされた息子だった。
「いてて……」
「おいおい、あんまり家を壊さないでおくれ。紅茶に塵が積もる」
「うるせえクソババア!俺の家だぞ!」
女性の声がそんなことを言っていた。その声を聞いた瞬間、俺は戦慄する。
「あれ?親父?どうしてこんなところに……」
「……シャルよ、中にいる二人は誰だ」
「あ?関係ねぇだろ?」
「答えろ」
「いやだ」
「答えるんだ!」
「っ!なんだよ……」
思わず強く言ってしまった久しぶりに息子と会ったというのに、また印象が悪くなってしまう……。
そうしているうちに、中から予想通りの人物が出てきた。
「やあ、魔王。久しぶりじゃないか」
「マレスティーナ……お前か」
「ああそうだとも、どうやら……女神に魅入られたようだね」
全身隈無く、何もかもを見通すかのような悪寒が走る。相変わらずの余裕を感じさせる態度。
「女神に魅入られようと、俺は俺だ。もう次は負けない」
「相手ならいつでもしてあげるよ」
「おいおい!ストップストップ!親父!ここ俺ん家だから!?壊すんじゃねーぞ!?」
もう負ける気はしない。拳を一発放ち、それは確実にマレスティーナにヒットした。
「なに?」
「はは、強くなったじゃないか。少しでも油断したら殺されるところだったよ」
結界らしきものがマレスティーナを守り、彼女には傷ひとつついていなかった。
「なるほど、無効化の結界か」
「本当に危なかったよ。あまりの変化に驚いて結界が歪んでしまった」
見ると、若干形が歪な透明な板のようなものが見える。『魔力視』ができないとこれは絶対にわからないだろう。
「おい!」
「む?」
「む、じゃねえよ!いきなりきて何のようだよ!」
「あ、ああ……たまたま休暇が取れたから久しぶりに顔を出そうかと思った」
「お呼びじゃねえんだよ、さっさと帰れ!」
「むぅ……」
「ははは!天下の魔王様もご子息には敵わないか!」
そんなことをしている間に、またもう一人出てきた。
「うるさい、誰?」
「こやつは?」
「私、フォーマ」
そう言って手を伸ばしてくる。それを見て、つられて俺も手を出し握手を交わした。
(これは……?)
この女もなかなかに強い。
(ふふ、なんだか面白いことになりそうだ)
そう心の中で笑う。
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