第354話 女神につく者(???視点)
『ふん、今代の魔王ねぇ……そいつには興味ないけど、覚えておくわ』
その言葉を言い放った少女が水晶越しに見える。そして次の瞬間にはそれはパリンと割れて破片があちこちに散らばっていってしまった。
「面白いことを言うじゃないか」
割れた破片は既に水晶の役割を終え、砂となって消滅する。椅子に腰掛けるその男はさぞかし面白いものを見たとでも言うように、椅子から立ち上がった。
「どうなさいましたか、魔王様」
部下の一人が部屋へと駆け込んでくる。
「案ずるな、何でもない」
「はっ……」
一幕置いて、告げる。
「ドゴラが負けた」
「……そうですか」
「あやつはお前の友人ではなかったかな?」
先ほどドゴラという魔族が率いる魔物の軍勢が一人の少女によって屈した。そのことは魔族としての恥ではあるが、それを責めるつもりは毛頭ない。
「友人でした……しかし、我ら魔族は割り切らなければ生きていけません」
魔族領は食糧が不足し、住み場所も減り年々と衣食住を補える人々が減っていっている。いつ何時、隣にいた友人が地に伏しているかわからない。
そんな彼らは何かしらを諦めて、手に届くものを手に入れるしか、生きていく術はないのだ。
「それで?一人欠けたわけだが計画に支障はあるか?」
「いえ、問題ございません。魔王軍の戦力、そして人類の戦力を比較しても我々の勝利は揺るがないでしょう」
「そうか、ならいい」
言葉ではそう言いつつ、魔王と呼ばれた男は考える。
果たしてそれは本当なのかと……。
(先ほど水晶を通して見た少女は、明らかにあり得ないことをしていた)
何をしたのかはわからなかったが、言葉を一言放った瞬間、それら全てが実現していた。もし、ただそれだけの能力であれば、それに逆らうことは絶対に不可能だということになる。
「いや、そんなはずはない」
「魔王様?」
となると、何かしらの弱点があるはずだ。だが、言葉を使えば魔法を乗っ取ることもできれば、体の制御さえ乗っ取ってしまう力をどう抑え込む?
魔王は考えない能無しではない。全ての力を持ってして、魔王の座を手に入れたのだ。
先代魔王が消息を絶った日。歴代最強と言われていた魔王が姿を消した日から俺はすぐさま知恵を働かせて、味方をつけていった。
実力も先代魔王よりはるかに強い。だが、あの飄々とした先代魔王……あの魔王を見るとなぜだか勝てる気が失せてくる。
(せめて一騎討ちでこの座を勝ち取りたかったな)
「現在の進行状況は?」
「はい、魔族領から進み10キロまで侵攻済み、人類には未だ気付かれておりません」
「そうか、ただ王国には手を出さないほうがいい」
「なぜでしょうか?下等な人間如きをなぜ?」
王国は魔族領の国境とかなり近いところを位置する。進軍すれば、一番初めに侵攻に気付くのはあの国だろう。
「なぜか?なぜかと聞かれれば答えは簡単だ。あそこには恐ろしい女がいる」
かつて、まだ俺が魔王ではなかった時の話だ。
♦️
「ここは通さんぞ勇者!」
「いいや、通してもらう!」
魔王城の一角、最上階にはまだ程遠い場所に位置する大広間。そこに対峙するのは上級魔族である俺と今代の勇者だった。
だが、その背後には勇者パーティと呼ばれる勇者の仲間が控えていた。おそらくあいつらもこの戦いに割って入ってくることだろう。
「我が名の下に、討つ!」
一歩足を踏み込む。その瞬間、凄まじい速さで勇者が突っ込んできた。その剣は重く、動きは素早い。
とても重鎧を着込んでいるとは思えないほどのスピードだ。
「だが、まだまだ甘い!」
力を込めすぎだ。剣の攻撃を逸らすと勇者は簡単に体勢を崩した。そこに一撃を放つ。
攻撃自体は剣で弾かれたが、今ので何となくわかった。
「お前が俺に勝つことはない」
「何だと!」
人間としてはかなりの実力を持っていることだろう。だが、戦いにおいて素人丸出しだ。
再び始まる攻防。今度は勇者も力加減を考えて攻撃をくわえてくる。だが、力をセーブしているためか、俺に傷を与える……隙を狙って攻撃を当てるチャンスがなかなか回ってこない。
その間に、後ろで控えていた魔法使いやら何やら回復魔法を唱えたり、補助魔法を勇者に付与したりとしてきた。
力は増し、一撃一撃が初段と同じ威力へと変わった。
その攻撃に耐え続けること数分。
「もらった!」
隙を晒した俺の首元に勇者は剣を振るう。その一撃は力のセーブを全く考えていない本気の一撃だった。
勝った、そう思ったことだろう。
だが、俺はそこでニヤリと笑う。
「死ぬがいい」
勇者の剣は俺の首にあたり……そして砕けた。
それと同時に、俺の拳がそいつの顔面を砕いた。
響く悲鳴。後ろの女たちが騒いでいる。
「お前ら全員地獄送りだ」
勇者のお供だった奴ら全員が逃げ出すと思っていた。だが、違った。
逃げ出しはしたが、ただ一人だけ逃げ出さなかった。
その女はどこかつまらなさそうな表情をしていた。
「お前は逃げ出さないのか?」
そう問いかける。一応の慈悲、抵抗する気がないなら痛みを感じる間も無く殺すつもりだった。
その女は声に反応し、こちらを向く。
「なっ!?」
その表情はそこが知れないほどの闇を発していた。
「あー、また失敗かー」
そんな女の呟き一つに殺意が満ち溢れていた。だが、それは俺に向けられたものではないとすぐに気づいた。
「メアリ私以外の『仲間』を探してもこうも見つからないとはね。期待の勇者ださえこの様じゃない」
「お、お前は何を言っているんだ?」
「ん〜?」
その声に反応した女は俺に向かって歩き始めた。
コツコツとヒールの音が大広間に反響し、グチャグチャと何かを踏む音が不協和音を響かせる。
「うーん……」
ジロジロとこちらを眺める女。その女に見られると、まるで全てを見透かされたような感覚に陥る。
「あんた、強いね」
笑顔を見せる女だったが、どうにも不気味でならない。
「だけど、このままじゃ私よりも強くなれそうにないなー」
「お前は俺より強いと?」
そう聞いた時、女は既に視界から消えた。とっさに背後に気配を察知して、思わず殴りかかる。
凄まじい衝撃波……あれだけ力をセーブしないと次の攻撃が続かないと思っておきながら、あまりのことで本気で殴った。
だが、煙が晴れて視界が開けた次の瞬間には、指一本でその攻撃を防いでいた女の姿があった。
「強くなりたければ、『女神』か『世界』を選んで」
「何だと?」
「早く選べ」
その目は早く答えなければ、俺を殺すと訴えていた。
「女神だ」
「……理由は?」
「女神と世界?世界に何ができる、全知全能の神に全て捧げた方がまだマシだ」
「そっか、君は女神派か」
そういうと女は再びコツコツ歩き始める。
「女神派を殺せば、一発でバレる。だから君は殺さないであげる。感謝しなよ?女神にね」
♦️
大賢者マレスティーナ
かつての今代の魔王が唯一敗北を喫した。あれから数十年の時が流れた。数十年ぽっちで埋まる差ではなかった。だが、女神は俺を見捨てなかった。
『ならば、力を与えましょう』
俺は、気づかなかった。語りかけた『女神』の邪悪な微笑みに……。
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