第310話 勇気の一歩
あの件について生徒たちに話したあと、私は逃げるように森に来ていた。
久方ぶりに目にした景色はどこか懐かしいものだった。二年前に見た時よりも若干狭くなった気がするその森の風景を尻目に、私はそれらしい獲物を探す。
ちょうどみんなもお腹空いているだろうし、そこそこの大きさの魔物を仕留めてしまいたいところ。
小鳥のさえずりなんかも聞こえてきて、自然の景色に浸る。
「はぁ……このまま時が止まればいいのに……」
なんともない穏やかな日常が送りたかっただけなのに、どうしてこうなってしまったのか。
でも、こんな生活から逃げることは不可能。だったらもう少しだけ頑張ってみるしかないか……。
「止めてあげようか?」
バッと後ろを振り返る。急に聞こえてきた女性の声は大人びていて、私の知らない声だった。
「どちら様?」
後ろに目をやれば、いつからいたのか不明な魔術師……が立っていた。なぜか、肌の露出が若干多い気がするが気のせいだろう。
「やあ、こうして会うのは初めてかな?」
気軽に挨拶してくる女性。その顔をじっと見ていると、だんだんと瞳の中に吸い込まれてしまうのではないかという気分に襲われる。
「それ、やめて」
「あれ?バレちゃったかー。流石だね」
瞳の奥に映っていた魔法陣が消える。だが、それがなくなっても吸い込まれてしまいそうな美しい瞳をしていた。しかし、それ以上に私の気になる特徴が、
「黒髪……」
「そうだよー、もしかして君は私の同・胞・?」
「同胞?何のこと?」
黒髪をくるくるさせて遊びながら、少し興味を失ったようにその女性は目をそらした。
「そっか、その反応だけで十分だよ」
そういうと、女性は少し近づいてくる。
「じゃあ、そろそろ試していいかな?」
「た、試す?」
「そう……」
コツコツ、というヒールの足音が次の一歩を踏み出す前に消えた。私の視界から忽然と姿を消したのだ。
「あ・な・た・が・世・界・を・救・え・る・か・ど・う・か・」
耳元から声がしたのと同時に、私は全力で走り出す。
(あいつはやばい!)
なぜ逃げだしたのか、それは悪魔の少女と似たような気配を纏っていたからだ。この世の頂点、『最強の一角』であると気配が主張していた。
私は足が速い方だ。それは私が小柄な上、魔力の使い方がうまいから。
逃げ切れるとは思っていた。
しかし、
「どこへ行くのだい?」
気づけばいきなり目の前の木の後ろからその女性が出てきた。
「転移?」
「ちょっと惜しい」
もう止まることはできない。なら突っ込んでそのまま殴り飛ばす!
拳にねじれを加えた一撃。その一撃は森の一部をすべて破壊できるのではというほどの威力だったが、
「無駄」
魔術師の女性の体に触れる瞬間、何かに弾かれたように拳が跳ね返ってきた。
「『物理攻撃無効化』の結界なんだけど、どうかな?破れそう?」
無効化!?
そんなの破れるわけないでしょ!
拳じゃだめだ!今の一撃を構えもなしに防がれては……魔法攻撃ならどうだろう?
態勢を立て直すと同時に掌の上に魔力を凝縮させていく。手の中に集まる魔力、それらは集まるにつれてとてつもない冷気を纏い始める。
「『氷結地獄コキュートス』」
前回使った時よりも格段に威力が上がってるのが分かる。辺境伯の元へ向かう時に使ったコキュートスでは、大型の魔物一体を凍らせる程度の規模だったが、今回はそれの数倍の効果範囲だ。
「なんで?」
だが、現実は残酷だった。女性がそのきれいな指を前に出すと、再び何かに阻まれたかのように魔法が一部消える。
「『魔法攻撃無効化』だよー」
「そんなのあり!?」
どちらの攻撃も通用しないということ?
そんなの勝てるわけないじゃん……。
「あれれ?もうあきらめちゃう感じ?」
少し私をあおるようなセリフ。
「まだよ!『止まりなさい』!」
私のスキルは、言葉を武器にする。私がスキルを使って放った言葉に相手は絶対逆らえない。
だが、弱点もある。『死ね』やら『消えろ』などのより強力な言葉はそれ相応に代償がいると本能的に感じる。
あまりに強すぎる言葉になればなるほど、何かが体の中から急速に減っていく気がする。
そして、止まれというシンプルな言葉はかなり有効だったようだ。
「お?これは……」
「少し大人しくしてもらえる?」
「へぇ、言葉を使うんだ……」
嬉しそうにニタニタ笑う女性。このまま逃げ去るべきだろうか?
「物理も魔法も聞かないとは驚いたわ。だけど、もう終わりよ」
「それはどうかな?」
「どういう意味?」
若干キレ気味に聞く私に対して、気味悪く笑う女性。
『止まる時間よ巻き戻れタイムロード|』
そんなセリフが聞こえた時だった。
気づけば私は森の中に……正確に言えば、その女性と邂逅した地点まで戻っていた。
「あ、れ?」
「ちょっと時間を巻き戻させてもらったよ」
「っ!」
そんなのあり?
「もう一度聞くけど、諦める?」
嘲笑うかの如き、圧倒的な気配。その気配の中に殺意や敵意は一切ないが、恐ろしくてしょうがない。
だが、私は……。
「諦める?はっ!そんなことするわけないでしょ?」
死の恐怖でいっぱいだった前世から逃げ、そこで逃げずに抗うと決めて過ごしてきた。それなのに、ここまで頑張ってきたのに……逃げる?
「ありえないわね、私はこれ以上何かを捨てるのは嫌なの!」
わがままだけど、それでいい。今はそんなちっぽけなものでいい。
これからもっと強くなる予定なんだから!
すると、なぜだろう?不思議と力が湧いてきた。
「ほぉ?」
なんか、目の前の女性の威圧感が減った気がする。
「その気概や気に入った!よし、合格だ!」
「へ?」
「いやぁ、流石だね。あの子が気に入るだけのことはある」
あの子?
「だけど、あなた……技術がまだまだ粗削りね」
「うっ……」
それは全くと言っていいほどの図星だ。
「あなたの一番の強みはその『スキル』でしょうに。なんでそれを活かした戦い方をしないの?」
「それはどういう……」
「っと、それは自分で考えてね。でも、またすぐに会うことになるだろうから、その時にでも教えてあげようかな?」
そういうと、女性は背を向ける。
「待って!あなたは誰なの?」
「私?私はね――しがない賢者様だよ」
♦♢♦♢♦
「大賢者、何してきたの?」
白い服を着た女性が転移で現れた女性に問いている。
「ああ、君のご主人様にご挨拶しに行ったんだよ」
「!」
「明らかに目の色変わったね」
目は開いていないが、なんとなくわかる。二年の付き合いだからね。
「それで、元気そう?」
「もうばっちり元気だったよ、私を『拘束』するくらい元気」
「それは……元気?」
困ったような顔をする白装束の女性は会うのが楽しみだと言わんばかりに読みかけの本を閉じ、窓から空を眺める。
「それにしても……」
しがない賢者はその目で見た。自分の目は特別で、この世に起こるすべてを垣間見ることが出来る。
そんな彼女には、この世がゲ・ー・ム・の・よ・う・に・映っている。
彼女の視界に広がるのはゲーム画面。
右上にはマップ。左上には体力値と魔力値とスタミナ。
そして、意識を集中させればもっと細かいステータスが見える。
そして、ベアトリスのことものぞき見した。
ステータスは十代とは思えないほど高い。何といっても単純ステータスでは一部自分を上回っていたのだから。
と言っても、魔術師とは縁遠い筋力値だが……。
だが、そんなことどうでもいい。彼女の視界には鮮明に映っていた。
称号欄には、称号がいくつかあった。その中に新たに、称号が追加される瞬間を彼女は目撃した。
《個体名、ベアトリスが『小さな勇者』の称号を獲得しました。これにより、各種ステータスが増大、スキル『限界突破』を獲得しました――》
小さな、だが……新たな勇者の誕生の瞬間を自分は目撃したのだ。この世で勇者が二人同時に存在したことがあるという記録を私は見たことがない。
つまり――歴史上初の快挙であった。
(メアリ、あんたの娘は元気にやってるよ)
そう、死んだ友達に向かっていった
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