第307話 忘れられてた二人

「集合!」


 校庭で待機している生徒たちを私のでかい声で一か所に集める。


「いない人いるかな?」


「全員います!」


「よろしい……あれ?人数合わなくない?」


 理事長室から急いでここまで向かってきたが、どんなに焦っていようと資料の内容が変わるはずない。というか、自分のクラスの生徒の人数を忘れるわけない。


「え?殿下?」


「やあ」


 一人だけ異世界人とはかけ離れた派手な髪色の人がいるな……と思ってたら殿下がポツンと立っている。


「俺もいるんだけど……」


「え、アレン?どこにいるのよ」


 声がするが、どこにいるかわからない……そう思っていたら、銀色の髪の後ろからアレンの赤い髪が見えた。


 あー……シルくんや、お兄ちゃんから離れなさい。


「何で二人がここに?二人とも違う教室でしょう?」


「わからないけど、なんか理事長に言われたんだよ」


 理事長……!なんていい人!


 誰と誰が仲いいとか完璧に把握してる系の理事長でよかった。まあ、まだみんな私の授業が最後なんて思っていないからね。


 誰もかれも遠征合宿が楽しみで仕方ないという顔をしている。


 私も今の放置されてる公爵領がどうなってるのか気になるので、早く行きたい。


「二十四人、全員いるわね。教師一人と副教師二人で引率するので、皆さん遅れないように……行く途中でけが人が出たら、教師のうちの誰かが運ぶからね」


 遅れると授業時間が減ってしまうので、遅れるわけにはいかない。時間厳守である。


「それじゃあ皆さんそろそろ行きましょうか」


 出発の時間になり、私たちは歩き出した。



 ♦♢♦♢♦



 生徒たちは別に子供ではない。なので、二列になって歩きましょうね~ということはしないのである。


 というか、通る道は誰もいないようないばらの道なので、もはや列を作る必要すらない。


 というわけで、ぎゃーぎゃー騒いでいる男子たちは「ちょっと男子ー!」と女子に注意され、女子は女子トークで盛り上がっている。


「そろそろお昼休憩だけど、みんなどこで食べたい?」


「先生!あそこの原っぱはどうですか!」


 左側に森が広がり、右側にはとてつもなく広い平原が広がっている。


「じゃああそこで休憩しましょうか」


「「「はーい」」」


 歩き始めて二、三時間たったが疲れた様子が見られない生徒たち。流石普段から鍛えてるだけはある。


「みんなお弁当なんか持ってきてないわよね?」


「持ってないです……」


「え、じゃあご飯どうするんですか?」


「まさか飯抜きとか……」


 無論私も弁当なんか持ってきていない。


「よって、向かいの森に入り、狩りをしてきます!」


 食べるものにありつきたければ自分でとってこい!


「たくさん取ってくるのよー」


 各自、元々パーティとして活動していたメンバーと合流し、狩りに行くために武器を取り出している。


「あ、言い忘れてたけど、その森にはSランクの魔物も出るそうよー」


「「「え?」」」



 ♦️↓アネット視点↓



 アネットは一人で黄昏ていた。朝起きてもすることがなく、教室に顔を出すも誰もいない。


 ある意味では平和な一日の始まりだった。


「前まではこんな風にはいかなかった」


 組織に所属していた頃は、戦場に駆り出されるたんびにいつ死ぬのかと怯えて、いざそこから逃げ出せば仲間だった者たちが私を連れ戻しに追ってくる。


 平和だ。


 朝日が教室に差し込んで、音もない空間に小鳥の囀りがこれでもかとこだましている。


「暇だ」


 ただし、やっぱりこれといった楽しみはない。


 そういえば、ベアトリス。遠征に行くとか言っていたような気がする。


「遠征先は……」


 黒板の方を見れば、昨日書かれた板書がそのまま残っていた。


「旧王国公爵領まで、ねえ」


 そこまで遠くはない。せいぜい数十キロだ。


 このクラスの生徒たちなら、数時間以上はかかるだろうが、私ことアネット……個人でSランクを超えたあたりの人になって来れば、一時間もかからないだろう。


「早く行こう」


 そう思って教室の窓を開けて飛び出そうとした時だった。


「あれ!?」


 教室の前側のドアから声がする。


「嘘!誰もいないじゃん!」


 その声はこの短い学校生活で何度か聞いたことのある声、だが名前は知らない。


「あ、そこの赤髪の人!」


 私のことを言っているのだろうか?


「ベアトリスさんみませんでしたか?」


「……黒板を見て」


「え?……あっ!」


 黒板を見たその表情はとても暗かった。なんでかはわからない。


 だが、頭を振るとその表情は嘘のように消えた。


「えーっと、もしかして置いてかれた?」


「わからない」


 そもそも私はここの生徒じゃない。たまたま生徒用の服があてがわれただけである。


「ちょっとむかついてきた……私に遠征について何も教えなかったなんて!あのくそ教師……って言ったらまずいか。うん、ベアトリスめ!」


 自問自答している目の前の少女は、そうだ!と何かを思いついたようだ。


「あなたも一緒に行きましょう!」


「え、授業は……」


「そんなのどうでもいいじゃない!それに、私は通常授業免除されてるし!」


 そういえば、こいつは頭も良く実践科目でもトップだった気がする。


「じゃあ行こうか」


「名前なんだっけ?」


「って脈絡なさすぎ!」


「ごめん」


「まあ、いいわ!私はレイナ、レイって呼んでね!」


 ……………なお、ベアトリスの最後の授業ということで、親しい人を遠征に参加させていたことを二人が知ることはない。そして、理事長に忘れられていたとはこれから一生二人が知ることはないのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る