第280話 人格破綻
「どこだ!」
「すぐそこよ!」
というよりも、既にもう遅かった。
地上では一足先に先手を打たれ手、匿った龍族やこの部族の人たちが襲われている。
「ちょっと……本気で殺す気?」
仮にも同族だ。まさかあの斬りつけている剣が本物なわけ……。
「これが現実だ」
「……………早く行くわよ」
「わかってる」
いつもより体の調子はいい。気分は最悪だが、目の前の『敵』を蹴り飛ばすくらい造作もない。
「なんだ!?」
高速に接近し、雷の魔法を放つ。痺れさせる、もしくは感電して気絶を狙ってのことだったが、思いのほか耐える。
「体が……」
一人目は地面に膝をついた。痺れてはいるものの、まだ余裕はありそうだ。
「次!」
振り返ると襲い掛かろうとしていたであろう龍族がいる。攻撃を身軽に躱し、流れるように一撃。
指の先から放たれる電撃は寸分たかわず敵の頭に直撃した。
「がっ……!」
「頭にやれば流石に気絶するのね」
だが、こんなにチンタラやっていたら人質でも取られかねない。そうなれば、私は手出しができなくなる。
となると、
「少し我慢していてください!」
魔法陣を展開する。
それは紛れもなく一級クラスの規模だ。威力はおそらくそれ以上。
「範囲電撃エリアショック」
名称からして丸わかりの通り、範囲内に電気を流す魔法。生物無生物問わず、範囲の対象となるため、範囲内にいる間は地面からも電気が体の中に流れ始める。
止まり続ければ感電死だ。
ただし、ここには味方もいるため、出力は抑えているので、死人は出ないだろう。
「残ったのは……」
倒れ伏した敵味方を除いて、今この場に立っているのは私とグラートとドラウ。
敵側が、お嬢様のような格好をした人が一人と、若そうな男が一人。
「数では勝ってる……」
手数ではこちらの方が上だが、お嬢様風の女性が『姫』だったとしたら……。
でも、そんなことは考えてられない。すぐにいい策を考えなくては……。
「俺が行く!」
「あ、ドラウ!ちょっと待って!?」
一人飛び出して行ったドラウは、一見弱そうに見える女性の方に刃を向けた。
和風の傘を差しているその女性は、片手を封じられているわけだが、それでも微かに微笑んだのが見えた。
「オラァ!」
槍の上段振り下ろし。その攻撃は簡単に止められる類のものではなかったはずだが、女性は軽々と片手で止めて見せた。
「な!?」
「まずは一人……」
妖艶な呟きが聞こえたと同時にドラウは地面に叩きつけられ、蹴り飛ばされた。私たちが視認できる範囲を超えて吹き飛ばされたものだから、彼の生死はわからない。
「ベアトリス、ここは私に任せてくれ」
「何言ってるの!」
明らかに目の前にいる女性はかなうはずのない強者。それなのにここは任せろと?
「あら、かっこいい。でも、虚勢を張っても意味ないのよ?」
あざ笑うかのような声。
その挑発に乗ったグラートは自慢の槍を片手に、突撃していく。
女性は傘を下ろして、それを閉じる。何をするかと思って見てみれば、傘の持ち手と傘が分離したではないか。
「仕込み刀!?」
「正解」
槍は簡単に受け流され、首元を斬られたグラートは血を流して倒れた。
「グラート!?」
「殺してはないわ」
確かにグラートは死んでなさそうだった。だが、私は息をしているのが見えたわけでもない。
ただ、なんとなく「彼はまだ生きている」と直感的に思った。
なんでだ?
「最後はあなた。見た目は一番弱そうだけど、あなたが一番危なそう」
「そりゃあ光栄ね」
「自己紹介といきましょうか」
傘の部分をポイッと投げ捨てて、刀だけを構える。ゆったりとした服に淡いピンクの髪がなびく。
綺麗な顔立ちだったが、とてもおっかなく見える。
「私は龍族が族長の娘、ナターシャよ」
「私はベアトリス……」
お返しとばかりに自己紹介を返そうとするが、それは剣によって阻まれる。
いきなりで焦ったが、対応できない速度ではない!
「真剣白羽どりってやつ?あれほんとにするバカいるのね」
次の瞬間には脇腹に鈍い痛みが走った。
「お嬢様にしては……蹴りが強いわね」
「あら、淑女の嗜みですのよ?」
そこまで足が強靭になる嗜みがあってたまるか!
「次はこっちの番!」
最初から全力だ。強化魔法を全て上乗せし、最高速度で叩きのめす!
蹴り上げた地面は今まで以上に抉れ、隕石が降ってきたと思わせるほどのクレーターができていた。
「っ!」
流石に驚愕を浮かべるナターシャ。
「もらった!」
声を漏らした次の瞬間だった。
「ストップ」
「はっ!?」
私の全力の攻撃は後ろにいたはずの男に片手で止められていた。
「見た目が若いからと侮りおって……」
「まさか……長老?」
「ふん、物分かりの悪い子供よのう。みればわかるじゃろ」
わかるか!
「長老、それは私の獲物よ」
「わかってはいますが、いましがた負けかけていたではないですか」
「負けてないじゃない!」
「今の攻撃は一発でも喰らえば、姫の上半身が消し飛んでいたでしょう」
「そんなのやって見ないとわからないわ」
それを片手で受け止めたという自覚があるのだろうか、この長老は……。
「では、私も参戦と行きましょうぞ」
「がっ!?」
掴まれた腕が固定され、そこから体がねじれていく。
「私の……腕……!?」
「まずは一本」
ブチっという音ともに、情けなくも右腕が消えた。もちろんそれは、目の前の長老の手の中だ。
「にしても、やわだな。子供というのはこういうものなのか?」
「失礼ね!腕を返しなさい!」
「ふむ?腕をちぎられても悶絶しないとは……訂正しよう。貴様の精神力は既に常軌を逸していたな」
いちいち腹たつものいいしやがって……。
「片腕がなくたって、私はまだ戦える!」
魔力はほぼ満タン。やりようはあるんだ。
「ははは、その実力で勝てるとでも?ほれ、腕は返してやる。まあ、もう無駄だろうがな」
医者がここにいれば神経をつなぎ合わせてくっつけることができたのかもしれない。だが、ここに医者はいない。
(だけど!)
私にはわかる。
「私がただの一般人だとでも?」
「どういう意味だ?」
私は投げ捨てられた自分の腕を拾う。
アレンと試合をした時みたいにヒールを使う?
いや、今回はその必要すらないだろう。なぜなら、私はもう人・で・は・な・い・か・ら・。
「レオ君、借りるよ」
小声で呟く。右腕を拾い、それを元あった位置に戻す。
「無駄だと言って……」
何かを言おうとする長老だったが、それは私の右腕を見て止まった。神経同士が、筋肉同士が再生を始める。
まるで吸血鬼みたいに。少なくとも人間ではできない。
そして、右腕が完全に元の場所にくっついた。指を細かく動かしてみるがこれと言った以上はない。
むしろいつも以上に動かしやすい。
「ふふ……」
右手の指でパチンと音を鳴らす。それと同時に闇魔法が展開し、周囲を覆い隠した。結界が混ざっているおかげで、彼らが逃げ出すのは難しいだろう。
弱体化結界と吸血鬼の『夜の活性化』の特性を使ったわけだ。
だが、それだけではない。
私の本当の本気はこんなものじゃない。
《私の番?》
頭の中で何かが呼びかけてくる。今回ばかりはそれに身を委ねる。
すると、全身から力が溢れ出す。魔力の量は魔王たるユーリをも越えるほどに膨らみ、腕を振るえば、それだけで強力な攻撃となる。
そして、感情のコントロールが消え去り、性格が豹変した。
「ハハハハハ!もう許さないわよ……二人揃って、ここで血祭りに上げてやる!」
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