第278話 泊まる

「元々は俺らは兄貴側についてたんだ。だけど、俺が情けなかったばっかりに敵に負けちまってな……」


 一度部屋の中に連行し詳しい事情を聞けば、なんとなくこの現状が分かってきた。


 グラートは一人でドラウが治めていた部族の人たちを押さえつけて見せたが、百人ほどいる部族を一人で押さえつけるのには、流石に無理があった。


 もし、百人全員が死ぬ気でグラートにかかっていたら、グラートだって大きなけがを負っていたことだろう。


 それがなかったのは、単純にドラウ側の部族民たちの士気がゼロに等しかったおかげである。嫌々に特攻させられてたわけだ。


 まあ、そっちは任せたといってグラートに百人を相手にさせたのは私だけど、ケガしなかったから万事オッケー。


「まあ、こんなことにはならなかったんだろうがな」


「黙れ」


「っ!?」


 ぼーっと話を聞いていたが、聞き捨てならない言葉を前に思わず声が出てしまう。


「鬼族が生き残っていなければですって?鬼族には私の友人もいるの。私の友人の侮辱……つまり、私に対しての侮辱ととらえていいかしら?」


「……落ち着いてくれ、そういう意味じゃない。少し口が滑った……」


 ドラウを睨みつけ、警告する。


「いい?次はないから。次、私を侮辱したらただでは済ませないわよ?」


「ああ、すまない」


「そう?ならいいわ」


 少し重たい空気が流れるかと思っていたが、意外にもそんなことはなく話は進んだ。


「お前を負かしたのはどこのどいつだ?長老か?それとも姫か?」


 長老や姫……当たり前のように繰り出される会話だが、私目線で言わせてもらえば、どちらも戦うような人の呼び名には思えない。


「あの、長老と姫ってどっちが強い?」


 どうにかして私が龍族として自然に相手の強さを聞き出すためには、これが最もいい返しだろう。


「そうだな……やはり長老だろう」


「その、姫様はドラウと比べて強い?」


「当たり前だ、龍族の姫は天才だ。生まれ持った片鱗は全身をうろこで覆うほど多く、文武両道の生粋の天才肌だよ。うちの弟が勝てるわけない」


「本人がここにいるのに悪口かよ……」


 グラートもそれなりの実力者だとは思うが、そんな人物から天才と称されるほどの腕前を持つ姫様。


 それを超えると予想される長老ねえ……。


「ぶっちゃけあなたたちじゃ太刀打ちできなくない?」


「それを言うな……みんなわかってることなんだ、薄々は。龍族の名誉復興のためと最強の二人が向こう側についたんだ。俺ら穏健派にできるのは時間を稼ぐことくらいだ」


 時間を稼いでどうこうできる相手でもないというのは明らかではあるが、正直私は向こう側について何も知らない。


 私からしてみれば、感情移入できるのは穏健派の人たちだけなのだ。


「まあ、私も何とかしてみる。会ってみないとわからないけど、私で相手になるんだったら問題はなさそうね」


「正気か?いくら翼持ちとはいえ、勝てると思ってるのか?」


「そこまでは言ってないよ。ただ、私程度で片方を足止めできるんだったら、まだ勝機はあるって話」


 私が姫様を足止めできれば、レオ君とユーリで長老のほうを倒してもらえる。今はこの場にはいないし、龍族では明らかにないが、龍族にとっては親しみのある獣人族だ。


 協力程度なら喜んで受けてくれるだろう。


 ユーリは獣人ではなく魔族だが、バレなきゃ大丈夫!それに、私よりもよっぽど強い。


 レオ君も実をいうと、単純な身体能力じゃ三人の中で一番だ。


「ははは!強気な姿勢は好きだぜ。もしできるんだったら、俺と兄貴でお前の欲しいもん何でも手に入れてやるよ!」


「ほんと!?」


「あ?あ、ああもちろんだ」


 私の目の色が変わったことに少し驚いた様子を見せるドラウだったが、私にとってその提案は願ってもないことだった。


「欲しい物は複数でもいい?」


「大丈夫だぜ」


「じゃあ……」


 私はお使いで探してる素材を二人に伝えた。


「大蛇の皮か……この辺りで大蛇つったら、ミストスネークっていうやつだな」


「ミストスネーク……」


「龍族が住む地域は少し霧がかかってるだろ、そのおかげで他の種族に見つからずに過ごしてきたわけだ。それを操ってるのがミストスネークだ」


 霧を操る大蛇。突如姿を現したりする奇襲型の魔物だそうだ。


 耐性も高いため、倒すのは面倒だとのこと。


「まあ、その蛇でいいわ」


「残りは龍の牙と逆鱗か……」


「やっぱり難しいかな?」


 龍族にとっては同族とはいえ、尊敬すべき対象ではあるのだ。そんな龍の牙と逆鱗をよこせというのだから図々しい話かもしれない。


「まあ、何とかしてみるさ」


 精霊の鱗粉は大丈夫として、残りの素材も収集のめどが立ってよかった。


「さて、今日はもう疲れたからゆっくり眠るとするわ」


「ああ、この部屋で寝てくれて構わない。だが、少しいいだろうか?」


「どうしたの、グラート?」


 客人に対して、心の底から申し訳ないという表情で話すグラート。


「一応襲撃してきたやつらも事情が事情だ。匿ってやりたい。だが、そうなると、空き部屋が足りなくてすでに他の住居も満杯なんだ」


「へ、へぇー……」


「そこで、この部屋にも泊めてやりたいんだが……」


 なんとなくわかっていたことだから、そこまでの衝撃はない。ただ、一人でゆったり寝られないのは残念だが。


「安心してくれ、ここに入ってくるのは一人だけだ!しかも子供だからスペースも取らない!」


「それを先に言ってください!」


 子供なら確かにスペースは取らないし、暑苦しい男どもに囲まれるよりずっとまし……むしろ一人よりも良かったかもしれない。


 でも、家族と離れて一人だけこっちで泊まらせるというのは……。


 何もしていない私だったが、罪悪感に苛まれかけていた時、


「お兄ちゃん!」


 そんな声が聞こえた。


「おお、ルー!来たか!」


「グラートお兄ちゃんと一緒に寝れるの嬉しいよ!」


 グラートお兄ちゃん……?


 入り口に目をやると、私よりも小さな子供……五、六歳ほどの背丈の子供がいた。その子供はグラートやドラウと同じように青色の髪色をしていた。


 二人とは違ってまんまるな目をしているのが特徴的だ。


「ええっと……」


「ああ、紹介しよう。俺たち三兄弟の末っ子のルーだ」


「三兄弟だったのかよ!?」


「よろしくね、お姉ちゃん!」


 なんだかんだ言ってお姉ちゃんと呼ばれたことがほとんどない私には何よりも嬉しい一言。


「よろしくね、ルーちゃん」


「うん!」


 と、今日はルーちゃんと一緒に寝るのか……と、そう思っていたが、少し引っ掛かりを覚えた。


(グラートお兄ちゃんと一緒に寝れる……って言ってたよね?)


 どういうことだと、グラートのほうに目をやる。すると、案の定目が泳いだ。


「す、すまない。俺の部屋も貸し出しているせいで、俺の部屋には空きスペースがないんだ……」


「ついでに俺もな!」


 兄弟そろって泊まる部屋がなくなったそうで……。


「だから、俺たちもここに泊まるんだが……」


「ア、ハイ……」


 この部屋は元々狭かったせいか、体格のでかい二人と、寝返りが激しい末っ子のおかげで、私は端のほうで細々と眠ることになるのはこの後すぐのことだった……。

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