第186話 約束は破らない

 国王を置いて、私は屋敷の外に飛び出した。

 そして、


「あ……あ」


 私の中で、それはトラウマになっていたのだろう。

 吐き気がした。


「森が……」


 街が燃えていた。

 私の無駄に良い目は、逃げ惑うエルフたちを見つける。


 母親が子供を庇い、衛兵が二人を逃す。

 襲いかかってくる魔物を相手取っている。


(なんで……なんでよ!)


 どうしてエルフたちが襲われている?

 理由はわかっていた。


 私のせい。


 だけど、認めたくなかった。

 私のせいで、たくさんの人が死んでしまったら……そう考えると、その場に座り込んでしまった。


 嗚咽が漏れる。

 頭が痛い。


 公爵領が燃えている姿と、エルフの森が燃える姿が頭の中で重なる。


「いやああああ!」


 頭を抱えて叫ぶ私、そんな私の肩に手が当たった。


「ご主人様……」


「あ……ぁ……」


 ユーリが心配そうに私を見ている。

 思わず、顔を逸らした。


 泣いている姿なんか見られたくなかった。

 今更かもしれないけど、私は弱い自分の姿を晒したくなかった。


 前世で力がなかったから……必要だった力を手に入れて、私は幸せになった?

 弱い自分も、強い自分も嫌いだ。


 力を奮って……何を成し遂げた?

 私は答えを見つけることができなかった。


 その間に涙を拭いて立ち上がる。


「まだ……間に合う!」


 そうだ、そうだよ。

 まだ間に合う。


 前回は間に合わなかった。

 が、今回はまだ助けることができるんだ。


 エルフたち全員を。

 母が病弱だったあの少女も。


 私は走り出した。

 無言でついて来てくれるユーリ。


 走り出すと言っても、ジャンプして地上に落下するだけ。

 それだけですぐに着いた。


「教官!」


 衛兵の一人が駆け寄って来た。


「避難は?」


「まだ……」


「最優先で」


「ですが、魔物は!」


「私がやる」


「教官一人じゃ——」


「黙れ」


「!」


 その時、初めて私はエルフを睨んだ。

 肩を竦ませつつも、その衛兵は身を翻した。


「避難が優先だ!撤退!」


「ご主人様も教官らしくなったね」


「茶化さないで」


 魔物がどんどんと目の前に現れていく。

 この街の柵は脆く、すぐに壊せてしまう。


 壊れた部分から、魔物が溢れてきている。


(先に、あの柵を直す?いえ、それだとまた穴を開けられるだけ。いたちごっこじゃ意味がない)


 とる選択は一つだけだ。


「かかってこい!魔物共!」


 目の前にいた、巨大なイノシシの魔物に接近し、殴りつける。

 それは空中に浮遊して、何処かへと落下した。


 おそらく生きてないだろう。


 魔物の標的は弱い民から、強い私へとシフトチェンジした。


(それでいい)


 殴りやすくなった。


「っらあ!」


 向かってくるゴブリンたちの攻撃を全て避け、代わりに手刀を叩き込む。

 ただし、加減はしなかった。


 倒れたゴブリンを放置し、私は無策に突っ込んでいく。

 もちろん、それを止めようとする衛兵もいたが、


「全員まとめて、『吹っ飛べ』!」


 そう叫ぶだけで、周囲の魔物は勝手に吹っ飛んでいった。

 これには衛兵も口出しすることはなかった。


 ユーリは家に残っている人の救出を始める。

 そして、私は魔物狩り、衛兵は避難指示。


(助けられる……!)


 そう思い始めた時だった。


「ようやく見つけたぞ」


「!」


 頭上からそんな声が聞こえ、私に向かって何かが飛来する。


「その魔力……質量……間違いない。エルフではない存在だ」


「誰!」


 飛んできたのは、黒い槍だった。

 それは地面に刺さると、ドロドロに溶けて、空中にいる何からに溶け込んだ。


 ゴツい鎧を着ている黒い男がそこにいた。

 空中に浮遊していることから、おそらくこいつが悪魔だろう。


(でも、なんで私の居場所がばれた?)


 そんな疑問を抱えつつも、私は攻撃に転じる。


 近くにあった小石を投げつける。

 魔力で包み込んだ小石はそんじょそこらの魔法より強い。


 ただし、それが当たっても悪魔が怯むことはなかった。


「そよ風のような軽い一撃だな」


 転移を使用し、背後に回り込む。

 手刀を首元に叩き込む……本気で意識を奪うつもりで。


 だが、


「効かぬ」


 右手が私の方に飛んでくる。

 それを掴んで避けて、地上に着地。


「悪魔……」


「俺を知っているか、面白い」


 次なる手を考えている時には手遅れ。

 目の前から消えた男は地面すれすれに現れて、私の首を掴んだ。


「っ!」


「教官!」


 叫ぶ衛兵。


「ばか……逃げろ……!」


 左手を衛兵の方に伸ばす悪魔。

 私はすぐに右手をふりほどき、衛兵に向かって飛来するその黒い槍を受け止めた。


 どこから槍を出したのか……答えは『手』だった。

 手から黒い槍が作り出されそれが射出された。


 防御魔法を展開し、衛兵を庇う。

 凄まじい衝撃が伝わり、防御魔法が破れた。


 だが、それと同時に悪魔の槍も消えた。


「逃げろ、ばか!」


「ですが……!」


 私はその続きを聞かずに、悪魔との戦いに戻る。


(こいつを倒せば終わる!)


 これを倒してしまえば、エルフたちを救えて、この森にとどまる理由も……。


「消えろ!」


 走り出すと同時に落ちてた槍を拾って、首元を刺す。

 しかし、槍は刺さったまま抜けなかった。


 槍を離して一歩後退する。

 だが、


「逃さぬ」


 足が地面に引き摺り込まれた。

 足元には黒い影……それも巨大なもの……が生まれて、私の足を飲み込んでいた。


 そして、追撃を受ける。

 放たれる魔法。


 至近距離で放たれるその魔法が私に当たる。


「ぐっ!」


 防御を展開しつつも、それはほぼほぼ意味をなさない。


 何度も命中し、そのたんびに服が破けたり、傷を負ったりした。

 魔法が止んだ時には、私の体はボロボロになっていた。


「死んではいないな」


 私の状態を確認するかのように、悪魔が告げる。

 余裕がその表情にはうかがえた。


 この場にはユーリはいない。

 助けを呼ぶ人のもとに向かって駆け回っていることだろう。


 結局、私が魔物を押さえつけていたのは、森の半分程度なのだ。

 反対側をユーリが守ってくれている。


 だから、私はこいつを倒さなくちゃいけないのに……!


 前回戦った少女の悪魔。

 彼女は加減をしてくれた。


 敵の情けを受けたようでムカつくが、そのおかげで私は生きている。

 だが、この男は容赦がなかった。


 拘束されて、至近距離で魔法を連発されたのは初めてだった。


(ここでも、私は守れないの?)


 ふと、そんな考えが私の頭をよぎった。

 なんで、私は守れないの?


 そんなことを考えていると、あることを思った。


(私は……なんでまだ帽子をつけているの?)


(なんでまだ本気を出していないの?)


(なんでまだエルフの“ふり“をしているの?)


 視界が悪くなる帽子なんかつけて、戦っていた。

 私はバレたくなかった。


 人間であることが。

 だってそうでしょ?


 せっかく仲良くなれた人が私に石を投げつけるなんて……そんな想像したら、余計に怖かった。


 だが、それも今更だ。


(私は精霊とも国王とも約束した!森を守るって!)


 約束は約束。

 私は守らなければならない。


 例え、後でエルフたちから石を投げつけられようとも……!


 私は視界を悪くしていた帽子を取り去った。

 使っていた無駄な魔法も全て解除した。

 エルフのふりもやめた。


「私が勝つ!」


 私の反撃が始まった。

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