第179話 トレイルの迷い(トレイル視点)
ようやく解放されたわ……。
私はハイエルフの王族。
その意識が疎かになっていたのかもしれない。
衛兵たち……エルフたちに心配をかけて、医務室で怪我はないか調べられ、何があったのか事情聴取を受けた結果、夜になるのは当然の結果だった。
(あいつらは結局どうなったんだろうか?)
あの人間……私なりに強気に出るために言葉遣いを荒げてみていたが、傲慢にも……普通に接してくるあのベアトリスという人間。
(なんだったのよ……あいつは……)
人間は全て敵。
その敵をエルフの森の中に入れるなど……私は一体何を考えているのだろうか?
ただ、私は目の前で見せられたあの光景がまだ脳内にはっきりと映っている。
我らエルフに加護をお与えくださった精霊様が頭を下げていた。
エルフのために頭まで下げてくださった精霊様のご意志をむげにできるはずもなく、渋々中に入れてやった。
だが、そこから先は私は手助けなんかしない!
私は、衛兵たちに魔物急増の原因を話した。
あの場所で聞いた話が真実かどうか……もちろん信じてもらえなかったけど、私が『ハイエルフ』であることが理由で全て真実とさせることができた。
結局は身分なのか。
私には対等に接してくれる人なんていない。
兄妹たちは、私を子供扱いして、それと同時に、『無能扱い』もする。
私がエルフなのに魔法が使えないから……そして末っ子だから。
過保護的に接してくれるノル姉様は例外中の例外。
それでも、対等の存在として接してくれているわけじゃないのはわかっているつもりだ。
私には……友達がいなかった。
エルフは私をハイエルフというだけで、勝手に崇拝して、兄妹たちは私のことを年下扱いしてくる。
年下扱いする分にはいいが、普段から関わりを持ってくれない……一緒に遊んでもくれないし、一緒に訓練に行かせてもくれない。
私は、気さくに話してくれて、差別せずに、優しい……そんな友達が欲しかった。
いつか現れるだろうと待った結果、出会ったのは人間だった。
それも少し特殊なやつだった。
頭を回るのだろうけど、変なところで気が抜けたやつ。
差別をしない……全てが平等とか考えてそうな楽観思考。
そして、何かとんでもない罪悪感を抱えてそうな暗い瞳。
彼女の過去に何があったのかは大体察した。
精霊様が漏らしていた。
あまりにも悲惨だったと……。
それは私よりも苦しい道のりだったに違いない。
その中で異種族の友を見つけて……。
「私よりも、だいぶ立派……」
それが本音。
種族関係なしに、それはすごいと思った。
辛いことを経験したからこそ、優しみを感じる。
だが、残酷さも両立させているような存在がベアトリスだ。
身内に甘く、敵には容赦がない……御伽噺の英雄様のような性格をしている。
私にも……それなりに優しく接してくれた。
だけど、種族が問題だった。
人間は私たちの敵。
それだけで、私たち二人が交わる……友達となることはできないのだ。
だが、本当にいいのか?
私は……私は今のままでは何も変わらないのではないか?
いつか現れる友達のためにここで何もせずに待っていろと?
認められて、みんなとも仲良くなりたいと考えた私の行動は空回ってばかり。
人間だからと言って、このまま突き放していていいのか?
実際に、人間が悪の種族であるという話以外私は何も知らない。
人間がどう暮らして、どう過ごし、どう生きているのか。
ここには……エルフの森にはないその景色が……見てみたい。
ドアがノックされる。
私が今いるこの部屋は自室。
すぐに取り調べが終わると解放されて護衛付きでここまで送られた。
私もすぐ帰りたかったので、ちょうど良かったが……。
(こんな時間に誰?)
ノックされる扉をゆっくり開く。
薄暗い部屋の中で、ランプを手にする男の人の顔が見えた。
「やぁ、トレイル」
「トワルお兄様?」
現れたのはハイエルフの一人、一番上の兄であるトワルお兄様だった。
王位継承権第一位……ただ、それには似合わず、いつも顔色が悪く足取りはふらついている。
夜遅くまで何かの研究にでも没頭しているのだろうというのが兄妹間でも考えだった。
その兄様は成長が遅いのか、私よりも身長がちょっと高い程度。
髪色は色素が薄くなりつつあり、限りなく灰色に近い金髪をしていた。
「中に入っても……?」
「はい、もちろんです!」
兄様と久しぶりに喋ったものだから、緊張して声が上ずりかける。
私の部屋の中はハイエルフ……他の兄妹たちと比べても大差ない広さで木製の地面はキシキシとなる。
ランプを机においた兄様は椅子に座り、私はベットの部分に腰掛けた。
「それで、お兄様。今日は何しにこちらへ?」
「ああ、実は今日、謁見の間にて、人間が現れたんだよ」
「!」
謁見の間に現れた人間というのは十中八九ベアトリスという少女だろう。
(あの人間!バレたの!?じゃあ、兄様がここにきたのって……)
その嫌な想像が頭をよぎるが、兄様はそれをすぐに否定した。
「違うさ、君を疑っているわけじゃない」
「え?」
「僕はとある君の考えを聞きたかったんだ」
「私の……考え?」
「トレイル、君は『人類を滅ぼす』という計画を立てていたそうじゃないか」
「で、でも!それは夢物語のような話ですよ?」
私はハイエルフ。
腐ってもエルフの一員であり、人間を嫌っている。
彼女と出会う前までは、本気でそれを実行しようとしていた。
それができると信じて……。
「いいんだ、どんな夢物語でも。僕はそれだけの能力を持っている」
「?」
「いいさ、わからなくて。僕は妹の夢を叶えたいだけなんだ」
「私の……夢」
「今まであえて話せなかったからね、こうして話すのも悪くないだろう?」
頭の中が痛くなった。
私の夢?
私に夢なんてあったっけ?
実際に、それを本気で目指したことは果たしてあった?
わからない。
だけど、
「お兄様とこうして話せるだけで私は嬉しいです」
「じゃあ、話してくれるかい?」
「……はい」
——その時の、お兄様の気味悪い笑み……それに私は気づくことができなかった。
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