第163話 目覚め

 深い眠りの中にいた。

 暗闇の中を一人でずっと歩いていた。


 歩く目的を理解せずに、ただただひたすらに一直線に進んでいく。

 その末に見つけたものは、なんだったか。


 正確には覚えていない。

 だが、


(母様……)


 はっきりと二人の女性の顔が見えたことだけは覚えていた。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 辺りは静かで静まり返っており、私の耳は木々が揺れる音、動物たちの戯れる音だけを聞いていた。


 それが、眠りを加速させ、さらに深い場所まで誘われようとしていた。


 その時、何か鼻に刺激を感じた。

 耳に聞こえる自然音とは真逆で、この世の匂いとは思えない。


 それぞれ感じる感覚の差が鍵となり、私の眠りは浅くなり始める。


「——ああ!ちょっと失敗しちゃった……」


「何やってるの!?あー、これ食べれるの?」


「むぅ、多分大丈夫だよ!」


 そんな声も聞こえてきた。


(誰の声……だっけ?)


 寝ている私は思考がうまく回ることはない。

 そして、時期に、


「大丈夫かな、食べさせて……」


「ご主人様はきっと喜んでくれるもん!」


「ほんとかぁ?はぁ、僕が作ればよかったな……」


「ほら、早くあげてやりなよ!」


 そして、匂いの元が近づいてきた。

 私がなぜか拒否反応のようなものを示す。


 そして、徐々に近づいてくるその匂いを避ける前に、口の中にその味が広がった。


(まずっ!)


 その刺激が私の頭を目覚めさせる。


「んん!」


「え!?」


 口の中に入れられたそれを引き出す。


(スプーン?)


 木で作られた木製のスプーンが口の中に入っていた。


 そして、


「ベアトリス?」


 私は声のした方向を見る。

 そこには、


「レオ君!」


「!」


 私は思わず抱きついた。

 あの戦いの中、やっぱり無事で……もし本当は死んでて、私の妄想だったらどうしようとか思ってた。


「ちょ、ちょっと!離して……」


「やだ!」


 嬉しさのあまり、抱きしめる強さが上がる。

 服の上からでも、モフモフの毛並みが感じられる。


 懐かしい気分だ。

 ガバッと起き上がった私の体は所々痛む。


 しかし、そんなの気にならなかった。


「よかったぁ……」


「あの、ベアトリスさん?そろそろ……」


 レオ君の頭をわしゃわしゃとなでる。


「あぅ!」


 私の精神年齢的に、自分の子供にあやされている気分だ。

 恥ずかしいが、それよりも幸せで嬉しかった。


「はい!そこでイチャイチャしないでください!」


 レオ君のじゃない声がする。

 そして、レオ君が私を無理やり引き剥がす。


 その顔は、かなり赤くなっていた。


「ご主人様!そういう思わせぶりなことをすると、すぐに男が寄ってきますよ!」


「え?……あ!ユーリなの?」


「そうですそうです!ご主人様!」


 目の前にいるのは小さなキツネでも、巨大なキツネでもなかった。

 目の前にいるのは、小さな少女。


 明るい茶色の髪色で、獣人のような耳が横に生えていた。

 赤と白で整えられている服は、どこか着物のようだった。


 尻尾も生えていて、側から見たら、完全に獣人だった。


「そういえば、ここはどこ?」


 あたりを見渡すと、そこはボロ小屋だった。

 今にも壊れてしまいそうなほどボロい小さな家の中に三人がいる。


 その奥、隙間からは森が見える。


「さあ?わかりません!」


「そんなに自信満々に言わないでよ……」


「嫌ですぅ!わかってても教えてあげません!愛しのダーリンとイチャイチャしてればいいんですよ!」


 ユーリがツンとしている。

 この子、こんな性格だったのか……。


「っていうか、イチャイチャしてないし!私たちはただ感動の再会を……ねえ、レオ君」


「へ?あ、うん!」


 惚けていたレオ君に問うと、それに追従するように、レオ君も同意した。


「まあいいです!ご主人様が誰と付き合おうと!でも、僕がいるんですからね!」


 嫉妬深いなーこの子。(遠い目)


「そういえば、ユーリ。なんで一人称別々なの?」


「?」


「ほら、この前の屋敷での戦いでは『我!』っていてたじゃん」


「あー」


 何やら恥ずかしげに頬を掻くユーリ。


「あれはただ……カッコつけただけです!」


「え?」


「ぼ、僕だってご主人様にいいところ見せたいんだもん!だからカッコよくて頼り甲斐のある『漢』になりたかったの!」


「ふふふ、何よそれ。でもまあ、ありがとね」


 ユーリも結局は自分のことを思ってくれていたと考えると、嬉しさでニヤケが止まらない。


 どうにか笑って誤魔化す。


「あ、そうだ。フォーマはどうしたの?」


「「!」」


 私の何気ない問いに二人の顔から緊張が走った。


「え?どうしたの?フォーマに何かあった?」


 少し心配になり聞く。

 すると、予想外な回答が返ってきた。


「僕たちと一緒じゃなかったんだ」


「え?」


「転移するときに、転移陣の中に体全体が入ってなくて、少しはみ出してたみたい。転移したのは間違い無いけど、どこか別の場所に落とされたのかも……」


 レオ君がシュンとして、表情を陰らせる。

 耳も尻尾も垂れて、本気で落ち込んでいるようだった。


「大丈夫だよ」


 優しく顔を触る。


「フォーマのことだもん。すぐに、また会えるって」


「そうかな?」


「忘れたの?私たちよりも強いんだよ?」


「うん……」


 泣きそうに潤んでいるレオ君の瞳。

 ハンカチをあげようとしたところで、


「もう!すぐにまたイチャつくんだから!」


「な!イチャついてないよ!」


「いいもん、いいもん!僕は一人でいるからさ!」


 拗ねて顔を膨らませているユーリ。

 可愛いが、慰めてあげなければ……。


「ひとまずは、一緒にいて?状況の整理とかもしたいからさ」


「ふん!」


「ほら、この中で一番強いのってユーリでしょ?頼りにしているわ」


「本当!?わかった!」


 チョロすぎる……。


「って、ちなみに程度の話なんだけどさ」


「ん?」


「ユーリって女の子だったんだね」


 どこからどう見ても女の子だ。

 髪は若干長く、肩の辺りまである。


 仕草や表情の変化もまさしく女性。


 ただ、私とお風呂を一緒に入りたがらないのが、いかんせん疑問だ。



 そう思っていた時期が私にもありました。



「え?僕、男だよ?」

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