第18話 ベアトリス、誕生日会をする③


「それには毒が入っています!」


「毒………だと?」


 俺には理解できなかった。

 一体なんの根拠があってそんなことをいっているのか。


 王族に毒物を飲ませようとする愚か者がどこにいるというのか。

 王家に仕えることこそが至高の喜びであるはずの貴族たちがそんなことをするものか。


 などなど、いろいろな理由をつけて否定したくなる衝動に駆られる。


「なぜ、そう言い切れる?」


 俺はできるだけ優しい声色で尋ねる。

 若干彼女の顔が引きつったようにも見えるが気のせいだろう。


「殿下ならご存知かもしれませんが、私は魔法が使えます」


「うむ、知っている」


 その内容は事前に聞かされていた。

 仮にも王族、立場は上なのだから当然である。


 だが、事情を詳しく知らない貴族たちには動揺させるに値する言葉だった。

 せいぜい、『神童』だということしか知らなかったのだろう。


「魔法には毒物を探知する魔法がございます。ポイズン・ディテクションという魔法ですが……ご存知ですか?」


「あ、ああ」


 返ってきた言葉には流石の俺でも動揺した。

 なぜ彼女が中級の魔法を扱えるのかが理解できなかったのだ。


 偉そうに知っているとは言ったものの、流石にここまでとは思っていなかった。

 そもそも、魔法を使えるというだけで、称賛に値し、将来の宮廷魔道士候補として教育がなされるだろう。


 それが中級だ。

 しかも中級だ。


 魔法にも段階が存在する。

 それは強さの段。


 下級クラスは十級から六級


 中級クラスが五級から三級


 上級クラスが二級から一級


 魔術というものもあるにはあるが今回は説明から省こう。


 さらにその上は存在すら確認されていない、神話上の魔法である。

 つまりは、存在しないに等しい。


 そして彼女が行使した魔法は五級のもの。

 つまりは中級クラス。


 魔導師にもしくは、魔法士になるためには中級クラスまで修める必要がある。

 五級まで使えて一人前。


 それ以下は新米とされる。

 いわば駆け出し。


 そして、彼女はすでに“自立“しているという計算になる。

 どう考えようと、家庭教師から習うレベルであるーー


 駆け出しを超えているのだ。


 俺の思考を邪魔するかの如くに、彼女の話が続く。


「その魔法によって、毒物が入っていることが判明したんです」


「ま、まて!」


 負け惜しみのように俺が叫ぶ。


「なんでしょう?」


「魔法はいつ発動したんだ!?そのような気配は感じなかったぞ!」


 四歳の絶叫ともいえる高い声は、よく会場内に響き渡る。

 俺だって、彼女がいなければ『神童』と呼ばれていたであろう程度の実力は持ち合わせている。


 魔法は俺の得意分野でもあったのだ。


「ああ、そのことですか。発動なんてしてませんよ?」


「え?」


 その言葉に呆気にとられる。

 それを聞いていた野次馬も同様だったらしい。


「じゃあ、どうやって……」


 感じるのは知的好奇心。

 魔法を知りたい欲求と、彼女自身に強く興味が湧いたからだ。


「簡単です。私が我がアナトレス公爵家に結界を付与したからです」


「は?」


 結界


 それはモンクやプリーストが扱う魔法である。

 本来であれば、魔法士は魔法のみ、魔術師は魔術しか使えない。


 そのはずだった。


「私は、魔除けの結界を操作して、ちょっとだけ魔法を混ぜ込んだだけです。他に大したことはしていません」


 大したことだろ!というツッコミは驚いている間であったことが功を奏し、言葉に出なかった。


 野次馬は酷く固まっていた。

 常識外れにも程がある、その意見はきっと俺も同意するだろう。


 言葉を交わさずともわかるような気がした。


 だが、俺の好奇心は尽きない。


「………他に何系統の術が使えるんだ?」


「え?えっと、確かには覚えていませんが、書物庫に保管されている全ての本は一通り読破してあるので、そこに載っている術式は全て記憶していますよ?」


 俺は頭を抱えた。


(ダメだ。こいつはダメだ)


 危険すぎる。

 公爵家ともなれば、保管されている本の桁は並外れているだろう。


 それを全て記憶しているというのは単なる化け物である。

 つまりは、一通りの職業の術を全て覚えている。


 これは一つのパーティに匹敵するだろう。

 冒険者パーティが相手だったとして、多少の実力差なら彼女は自力で埋めることができるだろう。


 支援魔法をかけ、強化魔法をかけ、弱体化魔法を相手にかけ、結界を自らにはり、魔法の連続使用。


 結界と、毒物探知の魔法はおそらく同時発動したものだと思われる。

 同時に発動しなければ、結界が先に完成してしまい、中に魔法を混ぜ込むことなんてできないからだ。


 同時発動………それに必要な魔力量が彼女の力量そのものである。


「殿下?大丈夫ですか?」


 心配そうに近寄ってくる彼女。


「大丈夫だ。だが、お前に水をかけてしまったのは事実、謝罪しよう」


 頭を下げる。


「いえいえ!お気になさらず」


「それを考えずとも、ベアトリスさ……殿の体調が心配だ。応接室で休んでくれると私としても嬉しい」


 思わず“様“と言いそうになるのをグッと堪える。

 それを聞いて納得がいかないというと思った。


「わかりました!ベアトリス!休みます!」


 なぜか元気に嬉しそうに応接室に向かっていく少女をただ茫然と婚約者の俺は眺める。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 それ、私用の睡眠薬だから!

 なんて口が裂けても言えなかった。


 わざわざ豪華の装飾を施し、誰も触らないようにしたのがまずかったらしい。


(飲み物くらい使用人が運んでくれるから大人しく待っててよ!)


 私は殿下に悪態をつく。

 貴族たちの合間を縫うように歩き、殿下に忠告する。


「ダメ!」


 と。


 これは殿下のためというわけではなく、それを飲まれたら、私の家族も疑われかねないのだ。


 故に止める。

 これ以上殿下に迷惑をかけられてたまるか、という話である。


 弁明をしようとしてくる殿下に嫌気がさし、疑われかねないので、止めた理由を話す。


 すると、目を大きく開いて驚いている様子が見て取れた。

 私よりも年下のくせして、目はぱっちりと私よりもデカかった。


(うらやま………)


 だが声には出さない。

 そして殿下は理由を問うてくる。


 私はもともと用意してあった言い訳を述べる。

 魔法を使ったと………。


 魔法ならば絶対の信頼を得られるのではと思った故の行動である。

 まあ、もちろんどうやったのかは聞かれてしまった。


 だが、これも想定済みだ!


(結界張っといてよかった!)


 もし、装飾でも判別がつかずに探す羽目になる可能性を危惧して毒を探知する魔法をかけておいた。


 ついでにそれに近づく人を監視する魔法を追加で。

 そのおかげで、なんとか乗り切ることはできたっぽい。


 なんで、毒があることを承知で放置していたのだ。

 というツッコミを喰らったら少々不味かったが、嬉しいことにそのようなツッコミは誰もしなった。


(でも、少しは怪しまれただろうなぁ〜)


 きっと頭の回るものならこう考えるだろう。


 ーー婚約者を殺したい理由がある、もしくはその財産。はたまた女王の座を狙ってのことか、暗殺など、貴族たち危険意識の改善に見せしめにしようとしたか。幸いにも王族には次男が……。たまたまということもあるかもしれないが、考えにくい。そもそも子供にそこまでの行動力があるのか?証拠が足りない。ひとまずは放置だーー


 ってな具合だ。

 多分、出席していたほとんどの貴族はこんなことにすら気づかないだろう。


 ってか、気づかないで!

 気づかれたら私の当初の“予定“が大幅に狂うことになる。


 それを修正するには数年の時間を無駄にすることになる。

 だからそれは勘弁して欲しいものだ。


 そして、私の説明ターンが終わり、どんなことを聞かれるのか身構えていると、殿下から『休め』との、『命令』を渡されたため、私は『素直』に従った。


(ナイスだ殿下!)


 心がぴょんぴょんしていたのは内緒である。


(一部バレる可能性は高まっちゃったけど、ひとまずは目的どおりに動けたでしょ。あとは私の自由時間だ!)


 応接室には誰も入れないように命令をして、私は窓から外の星でも見ながらこの誕生日会を終えよう。


 足軽に私は応接間に向かっていく。

 その様子は側から見れば、病人のそれとは思わなかったことだろう。

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