第13話 自分の恋
昨晩のデートは我ながら完璧だった。会話はよく弾み、お互いの理解も進んだ。そして何より、とても楽しかった。
この高まる感情は、俺が失った「好き」という感情なのだろうか。俺は恋をしているのだろうか。残念ながら、それは俺にはわかるはずもない。だから今こうして、俺は若葉のいる教室の前まで来ている。
時刻が休み時間に突入すると、教室の扉が勢いよく開いて、中から人が溢れるように出てくる。その中から若葉を見つけ出し、声をかける。
「よ、若葉」
「うわ、悠真!」
彼女は驚いた。だが、俺の顔に目線を向けると、不敵な笑みを浮かべた。
「その顔は、さては昨日のデート、上手くいったな?」
「え?な、なんでわかるの?」
「ハハハ。やっぱり〜」
彼女はそう言いながら、先に教室を出て待っていた彼女の友人に手を振った。
「あのさ、若葉」
「うん。何?」
「お礼をしたいんだ。若葉のおかげだからさ、デートが上手くいったの」
若葉は目線を床に落とした。急な話に頭を悩ませている様子だった。
「それに、ちょっと色々話したくてさ……」
突然すぎることはわかっている。でも、俺にとって若葉は誰よりも大きな存在なのだ。話を聞いてもらうのなら、彼女しかいない。
「うん、わかった。じゃあ今日は悠真の奢りね」
「おう。任せといて」
若葉が指定した店は、巷で大人気の有名ラーメン店だった。お昼の時間を過ぎているのにも関わらず、店の前には長い行列ができていた。
「ラーメンでいいの?もっと高い店でもいいけど」
「いいの。ラーメンって女の子1人じゃ行きにくいから困ってたの」
「そっか。そういうことならいいけど」
並ぶのは全然嫌いではない。ラーメンなんて並べば並ぶほど美味しい。それは若葉も心得ているようで、表情はいつにも増して明るかった。
20数分並んで、ようやく店の中に入れた。俺たちはあっという間にそれを平らげ、早々に店を後にした。今まで食べたラーメンで1番おいしいと感じた。
「今度、新町さんとも来てみようかな」
帰りの電車内で、俺は何気なく呟いた。陽が傾くにつれ、窓の外の空模様は悪くなってきていて、ポツポツと雨が降り始めてきていた。
「いいと思う。沙耶も絶対喜ぶよ」
俺たちを乗せた各駅停車の電車は、やがて小さな駅に到着した。制服を着た高校生カップルが乗車してきて、車両の端の席に座った。仲良く手を繋いで、お互いを見つめ合いながらキャッキャと談笑している。
「なあ、若葉。聞きたいことがあるんだけど」
俺が若葉を呼び出したのは、このことを聞きたかったからだ。
「うん」
「新町さんと何度かデートしているうちに、お互いのことをたくさん知れたし、すごい楽しめた。もっと一緒にいたいと思えたし、また会いたいなとも思えた。でも、そう思えるだけなんだ」
「……思えるだけ?」
「俺はこの気持ちが恋なのかどうか、わからないんだ。だから教えてくれ若葉。俺は新町さんに恋をしているのかな?」
若葉はその大きな目を俺に向けた。彼女の真っ直ぐな視線は、まるで俺の心の中までをも見透かしているような、そんな力を持っている。
「……わからない」
だが、若葉は少しの間考えた後、俺にキッパリとそう言った。
「え?わからない?」
「うん。わからないよ」
俺の思っていた答えとは全く違っていた。俺のことをよく知っている彼女なら、白か黒かハッキリと答えてくれると思っていた。
「わからないっていうのは、なんで?」
俺が恐る恐るそう聞くと、彼女は俺に優しく微笑んだ。
「単純なこと。悠真が恋をしているかなんて、悠真にしかわからないよ」
「でも、俺は人を好きになる感情を失ってるんだよ?俺には自分が恋をしているかどうかもわからないだ」
「悠真、恋っていうのはね、10人10色なの。10人いれば10通り、100人いれば100通りの恋があるの。ただ好きな人といたいって思う人がいれば、そういうことをしたいだけの人もいるし、お金目当ての人もいる。でもそれらの全部が恋で、人を好きになるってことなの」
「……」
「悠真が特定の感情を失ったのはもちろん知ってる。でもそれでも、悠真にしかできない、悠真だけの恋があるんじゃないの?」
「俺だけの、恋……?」
俺は今まで、理想の恋を追い求めていたと思う。他人を見てそれに憧れ、同じような恋を経験してみたいと思った。そうすれば、俺も人を好きになる気持ちを思い出せるのではないかと、そう考えていた。
でもそれは間違っていた、ということなのだろう。俺は理想の恋を追い求めるのではなく、自分の恋を作り出す必要があったのだ。人と同じような恋など俺にはきっとできない。でも実際は俺なりの恋というものがあって、その方法が必ず存在するのだ。
「そっか。だから俺にしかわからないんだ。恋をしているかどうか」
若葉の言葉には強い説得力があった。俺は自らの考えの間違いを正した。
「そういうこと。もし悠真にも自分の恋が見つかったら、私に教えて」
「うん。そうする。約束な」
若葉はゆっくりと頷いた。彼女の前髪が少し揺れた。
そうしている間にも、窓の外の雨脚は段々と強まってきていた。車両に打ち付ける雨音は激しさを増し、車内の空気もどんよりと重くなっていた。
「悠真、今日傘持ってる?」
「折り畳み傘ならある」
「そ、そっか」
「若葉は持ってないの?」
「うん……」
「じゃあ家まで送るよ。駅の近くでしょ?」
「ありがとう」
若葉が恥ずかしそうに微笑んだその瞬間だった。今まで経験したことのないような、激しい頭痛が俺を襲った。
「ああ!!」
俺の悲鳴にも近いような声は車両中に響き渡った。
「悠真!?大丈夫!?」
事故にあった6年前からずっと、原因不明の頭痛に悩まされていた。でも今回の痛みはそれの比では到底なかった。
「頑張って、悠真」
若葉は俺が頭痛にあった現場を何回か経験している。それ故に、彼女は今回も至って冷静だ。俺の鞄をあさって、俺が毎日持ち歩いている薬と水筒を取り出した。
「口開けて!」
やや強引に喉に流された薬だったが、その効き目を感じる前に、俺は意識を無くした。
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