第251話 新手(2)






「俺の方に来たのは褐色の大男だったな」



王女エイナの護衛のため始まった王都での暮らし。

最終的にはエイナの命を狙っていた犯人を突き止め、仕向けられたスタンピードと原初を退け、依頼は無事に完了した。

それから我が家に帰ってからのこと。


バカンスに向けた準備の傍ら、改めて報告会を開いていた。

今後も原初と交戦するかもしれない。

そのため、なるべく互いに情報交換をするようにしたのだ。


まぁ、とは言ってもそんな硬っ苦しいものではなく、あくまで雑談程度の会話。

その時にマシロが話した言葉だ。

ノエル側で介入があったように、彼と原初の少女の間にも仲裁に入った者が居たらしい。



「褐色の大男…………まさかガインさん………!?」

「むしろあいつだった方が驚くわ」



ガインとは、王都に服飾の店を構えるマシロの知り合いで、見た目が褐色スキンヘッドの大男と何となく件の原初と特徴が一致するのだ。

少なくとも見た目の厳つさだけは原初に引けを取らない気がする。



「ん〜………あと他に特徴と言えば、白髪赤眼で…………あ、なんかローブの隙間から幾何学模様みたいなのが見えたな」



畳んでいた水着を持ったままマシロがぽんっと手を叩く。


曰く、古代文字に似た作りの難解な図形が体に刻まれており、それは少なくとも上半身から腕にまで渡っていたと言う。

見えたのが一部だけだったと言うのもあって、マシロには読むことが出来なかったそうだ。

また額にある真一文字の傷が特徴的で、放つ気配が嫌な意味で独特なのだとか。



「原初の中でも強い部類だよ、あれは。きっとエルムに近しい実力の持ち主だ」

「へぇ………出来れば遠慮したい相手ですねぇ」

「ね」








ふと、一連の会話を思い出した。

あの時はすぐに逃げられてしまったこともあり、マシロ自身もあまり詳しい情報を知らなかった。

だからあくまで話半分という前提で聞いていた。


しかし、十数メートルほど離れた場所に佇むあの男。

明らかに件の原初その人であった。

聞いていた通りの外見に、確かに見える体の幾何学模様。

もはや間違えようがない。



"原初の────"。



なんとも聞き取りずらい、どこの言語とも受け取れない不思議な発音の言葉で男は名乗った。

イナリは特段頭が良いという訳では無い…………いや、むしろおバカよりなのは承知の事実であるが、それでもこの世界で話されている言語なら何となく覚えがある。


一応言っておくが、決して意味が分かる訳では無い。

覚えがあるだけ。

例えば習ったことは無いが、なぜか"謝謝シェイシェイ"を知っているのと同じ現象だろう。


だがそれすら無い。

と言うか発音的に、あれは人間が出せる音じゃない。

解読不能な古代の言語だろうか。

よって何の原初かはおろか名前すら分からない。



ただ──────。



"死んでもらう"。

あまりにもさらっと放たれたその殺意に満ちた言葉に、イナリは思わずビクリと震えた。

ドロっとした気味の悪い気配も相まって今にも気圧されてしまいそうだ。

やけに生唾を飲む音が鮮明に聞こえる。



「…………イナリちゃん、早く逃げなよ」

「え……!?」



一瞬だけ死を覚悟してしまった。

それを目ざとく察知したのだろう。

腕の中で浅い呼吸を繰り返していたシュカがそっと呟いた。

驚いて目を向けるイナリとシュカの視線が絡み合う。

顔色は青く、そっと力無く服の袖を掴む手は微かに震えている。

応急処置は終わったものの、未だ動ける状態ではないのは明白だ。


"半死人は置いて逃げろ"。


無言ながら、そう言っているのは明らかだった。

確かにそれは実際、有効な手段の一つである。

まだ男が戦闘態勢に入っていない今なら、全力で逃げ切るのは不可能では無いだろう。

たとえ逃げ切れなくとも、マシロやノエルの元にたどり着けばこちらの勝ち。

彼らならかの原初にも勝つことができるであろう。


…………だがそれは、シュカの犠牲の元に成り立つ一手に過ぎない。

彼女が死ぬことは必須。

それで何とかイナリだけ助かる。

ここで二人犠牲になるよりはまだマシという、実に効率的かつ現実的な作戦だ。



───────けれどそんな事で、イナリは納得するだろうか。

いいや、絶対にしない。

絶対にだ。



「…………シュカさん、待っててください。私が………私が戦います!」

「えっ、ちょ、イナリちゃん!?」



シュカをそっとその場に下ろし、前に出るイナリ。

後ろから驚愕の声が聞こえるが、今は聞こえないふりだ。


抵抗虚しく二人無惨に殺されるか、自分だけ逃げ出してシュカを犠牲に生き延びるか。

もしそんな残酷な二択しか残されていないのなら。

イナリはそこに第三の選択肢をねじ込むことにした。




「"死ぬ気で抵抗して二人無事に帰る"。………シュカさん、結局死ぬ気でいるのなら…………私を信じてみてください」




"絶対に二人で生きて帰りましょう!"

そうサムズアップで付け足して、イナリは再び前を向く。

もはや何を言っても彼女の意見が覆ることは無いだろう。

早々にそれを察し、シュカも説得を諦めた。



「まったく………無謀もいいとこだよ〜」

「お互い様ですよ」



ぐぅの音も出ない。

先程まで自分自身が命をかけた無謀な時間稼ぎをしようとしていたのだ。

ブーメランとはまさにこの事。


二人の会話を見守っていた男から、不意に黒い魔力が溢れ出す。

尋常じゃない。

空を覆うと錯覚してしまいそうなほど、巨大で深い漆黒の魔力。


目にするだけでゾワゾワ鳥肌が立つ。

だが決して引くわけには行かない。

こちとら二人分の命を背負っているのだ。

何がなんでも勝って、絶対にマシロの元に帰る。


拳を力強く握り締め、一度深呼吸。




「〈転幻てんげん〉 玖ノ妖・"白面紅月はくめんこうづき九尾之狐きゅうびのきつね"」





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