第236話 九尾変化"土蜘蛛"





「〈九尾変化〉・"土蜘蛛"!」



ポンッ!


白煙を纏いながら一回転したかと思うと、着地したイナリの髪と目の色が艶やかな黒色に変わっていた。

体を覆う妖力も山吹色に変化しており、服も上品な和服姿。

いつもの元気ハツラツとした巫女少女から一変、どこか大人な雰囲気漂う"女性"へとジョブチェンジしていた。


これには流石のシュカも息を飲む。

物静かな背中がどう頑張ってもイナリに見えなかったからでは無い。

面影が、雰囲気が、妖力が、髪と目の色が。

己の知りうる全てと酷似しているのだ。

間違いなく、目の前に立っている者は土蜘蛛と瓜二つ。


もちろん顔を見れば違いなんて一目瞭然だ。

それは当たり前。

だがそれ以外の点において、違いを見分ける方が難しい。

旧友であるシュカにさえそう言わしめるほど、その後ろ姿は似ていた。



「……いきます………!」



腕を持ち上げ、人差し指をゆっくり曲げる。

すると、ちょうど腰の辺りからパキパキと黒い何かが生成され、やがてそれは鋭い八本に枝分かれした。

漆黒の光沢を放つのは"足"だ。

根元は鱗を彷彿ほうふつとさせるザラザラとした甲殻に覆われており、対して先端に行くほどスベスベした光沢を放つ。

また先っぽは色が変わって白く鋭く尖っている。


まさに記憶にある"土蜘蛛の足"そのものだった。

イナリは足をそれぞれ自在に伸ばし、八方向の地面に突き刺す。



「"蜘蛛の巣"」



足を媒介に、流れた妖力がまるで蜘蛛の巣のように絡み合い、四方八方に広がる。

電線と言った方が分かりやすいだろうか。

地上に張り巡らされた電線や電柱のように、大地に普遍的に存在する脈の流れに沿って妖力という電気が流され、あっという間にクニ中に拡散した。

かなりの広範囲探知技だ。


もちろん先程言った通り、土蜘蛛に対して"気配の探知"は困難を極める。

それはたとえ他の者がこの技を使ったとしても同じだ。


しかし、唯一イナリだけは違う。


彼の者と同じイナリだからこそ、決して消すことの出来ない繋がりを感じることが出来る。

真似のしようがない唯一無二の芸当である。


※マシロやノエルほどの規格外の実力者なら話は別です。



「んぬぬ………!」



(これは、旧友失格かもねぇ……)



一見ふざけているようにしか見えないが、れっきとした探知の真っ最中であるイナリから少し離れた場所で、シュカは後ろ姿をそっと見守る。

改めてだが、顔を見ないと判別できないほど似通っているその姿に驚きを隠せない。

新手の影武者と言われても全く違和感がない。

面白い技だ。


"九尾変化"。


彼女だからこそ出来る神技。

彼女にしか不可能な


もしイナリ以外が使えば、きっと失敗するどころか自我を失ってしまうはずだ。

それにも関わらず平然と使いこなしているのだから恐ろしい。


普段からその圧倒的なフィジカルに隠れて直視されないが、妖力の扱い、肉体及び魂の強度共に流石と言わざるを得ない。

やはり

はっきり言って"化け物級"である。


………………………しかし………。



「う〜ん、こっちかな………」



いつもとは違う真剣な表情かつ雰囲気にも関わらず、そのおかしな体勢のせいでおバカさが勝ってしまっている。

中身はイナリのまんまなんだと安心するべきか否か………。

何とも悲しき残念キツネである。



「むっ………見つけました」

「お、早いね〜。やっぱりイナリちゃんに頼んで正解だったよ〜」

「えへへ〜……!」



変化を解いて戻ってきたイナリが指さしたのは北東の方向。

距離的にも割とここから近いらしい。


さて、善は急げだ。

早速向かうとしよう。



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