第十二章

第233話 謎の男





サクッ、サクッ、と積もった雪が踏む度に間の抜けた音を出す。

急な傾斜は全て真っ白に染め上げられており、夏には似つかわしくない冷気が辺りに漂っていた。

気温はおそらく一桁程度だろう。


ひたすらに上へと歩を進める黒ローブの男の口から、白い息が吐き出される。



それもそのはずで、ここはジパングの中心部にある"富士の山"という巨大な山の山頂付近。

標高は三千メートル以上にも達し、当然それにともなって空気は希薄、体感温度は地上とは比べ物にならない。


ジパングを代表する"富士の山"。

その山頂付近はいつも純白の雪で覆われていて、ここだけは別世界のような光景が伺える。

そのため国の内外から観光客が訪れる有名な観光地でもあるのだ。


もちろんここまで来るのは中々大変で、それなりに危険も伴う。

それでも山頂での美しい景色を見るため、年中人が絶えることはない。



しかし。



こんなに山を登る輩は中々居ないだろう。

周囲は見渡す限りどっぷり闇に呑まれていて、光のない山道では数メートル先すらまともに見えない。

淡く差す、心もとない月明かりだけが頼りだ。


普通ならどんな人でも夜の山が危険なことくらい分かるはずだ。

落石やクレパスへの落下など、下手すれば事故で死んでしまう。


けれど男の歩みに迷いは見られず、全方向が闇で閉ざされているのにも関わらず進む。

まるであるべき道が見えているかのようだ。



「ここが………」



徐々に傾斜が緩くなり、少し広くなった場所に出た。

男が右上に視線を向けると、これまた急斜面につたない木製の階段が設置されていた。


その奥に佇むのは古めかしい鳥居。

あそこを抜ければ山頂………そして、彼の目的のものを拝むことができるであろう。

男は白い息を吐き出し、再び階段の上へと歩を進める。



鳥居をくぐると空気が変わった。

先程までの何の変哲もない風景が一変、空間が歪むほどの重く禍々しい妖力が男を押し潰さんとのしかかる。

まるで彼の存在を拒絶しているかのようだ。



「…………当たりか………」



これで確信した。

確実にこの上に自分の求めるものがある、と。


常人ならば圧死してしまう程の圧力も意に返さず、男は残りの道のりもあっという間に踏破した。

再び戻ってきた平らな地面を踏みしめ、辺りを見回す。



───────それは、噴火口の手前にぽつんとあった。


男はそれに歩み寄る。

小さな、本当に小さな祭殿だ。

かなり古くに作られたのか、木製のため所々が風化したりかけていたり、損傷がいちじるしい。

また貼られている御札ももはや効力を失いかけ、今にも剥がれてしまいそうである。

もう紙切れ一枚と何ら変わらない。


男が祭殿の扉に触れる。


すると、途端に圧倒的な妖力が溢れ出し、荒ぶって周囲を破壊し始めた。

その対象は男も例外では無い。

ブツッ!と初めて男の指に切り傷が刻まれた。


やはり腐ってもかつて大厄災を振りまいた存在。

封印されたほんの一部だけでも絶大な力を誇る。



「……………【解】」



そう唱えた瞬間。

あれだけ暴れ狂っていた妖力が霧散し、触れていた扉が塵のように崩れ風に攫われて消滅した。

あっという間の出来事だ。


男は指の傷を治すと、壊れた祭殿の中からとあるモノを取り出す。

何重にも封がされた謎の物体だ。

札を丁寧に剥がし、露わになった物体を眺める。


次に向かったのは祭殿の裏の噴火口。

その際に立ち、物体を持った片腕を差し出すと。



「………目覚めろ、古の大妖怪よ」



そんなありきたりなセリフと共に、物体を煮えたぎるマグマの中に落とした。





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