第144話 契約書
「ただいま戻りました」
「あ、おかえり。ありがとうね」
「いえいえ。そちらのお話は終わりましたか?」
「おう。おかげさまでバッチリよ」
とある書類と睨めっこしていた俺は、割と早く帰って来たリーンに顔を上げて手を振る。
隣には手を繋ぎ、どこか居心地悪そうに視線を逸らした少女の姿が。
どうやら無事に捕まえられたようだ。
うむ、やっぱりちゃんと戻って来てくれたね。
「マシロさん、それは?」
「ん?ああ、ちょっとね」
片手に持ったままの数枚の書類。
行く前には持っていなかったはずのそれにリーンが目ざとく食いつく。
しかし、俺は適当に誤魔化しながら書類を横の封筒にしまい、そのまま【ストレージ】の中に放り込んだ。
これはまた後でだ。
たしかにこの書類は少女が見るべきもので、加えてリーンも一緒に過ごす上で知っておいた方が良い事が書かれていた。
が、今出すべきでは無い。
ちゃんとした時と場合を考えて渡さないとね。
「こちらが………………おや、おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
最初に来たのとは反対側の扉を開き、紙と何かの台を持った二人の女性と共にダグラスさんが戻ってきた。
実は先程、俺が少女を買うと言った後すぐに何かを取ってくると言ってどこかへ行ってしまったのだが……………。
「こちらが契約書と印でございます。身の安全などは全て自己責任ですので、注意事項はきちんとお読みください」
うっ………………。
契約書と呼ばれた書類に目を傾け、途端に若干顔を顰めてしまった。
これ、読んでると頭痛がするタイプのやつだ…………。
一面に字がびっしり敷き詰められ、しかもほとんどが"特別犯罪奴隷を監視する際には〜"やら"責任の所在"についてやら。
あれだ、時々外国製の商品に限らず付いてくる、全く意味が分からない割に物凄く長い説明書と同一の気配を感じる。
つまり結局何が言いたいのかと言うと、とりあえず読むのがめんどくさい。
ダグラスさんもさすがにこれは思う所があるのだろう。
苦笑い気味に「まぁ、何だかんだ言っても結局は建前ですからね………」と。
ただ個人の本音がそうであったとしても、商売人としては例え面倒であろうとも毎度しなければならないのだ。
ダグラスさんも……………いや、ダグラスさんだけに限定された話ではないが、色々と大変らしい。
「……………えっと、それ……なに…………?」
「これ?これは君の購入手続きの紙で……………あ、事後報告で悪いけど、君を買ったよ」
「え………………」
必死に書類に目を通しながら勝手に話を進めていた事を謝ると、少女は驚愕で息を飲み、続いてなぜかリーンの方を向いた。
困惑とも取れるその表情に対して、無言の微笑みが返される。
ん?どうしたの?
「いえ、やっぱりマシロさんはマシロさんだな、と」
「?」
訳が分からず首を傾げる俺に、リーンは「ふふっ」と意味深に微笑む。
そして、話題を逸らすように置かれていた
「時にマシロさん。マシロさんのお家には、既にお二人の奴隷さんがいらっしゃるのですよね」
「え、うん。そうだけど、それがどうs」
「えいっ」
「あっ!?」
「えっ!?」
緩く可愛らしい声の後に続くのは、二つの驚愕の声。
珍しく同じような表情で固まってしまった俺と少女は、呆然としながらリーンの首にがっしり嵌められて離れない、漆黒の首輪に視線を送る。
なんと、リーンがあまりにもさらっと"隷属の首輪"を自身につけてしまったのだ。
言葉が出ないとはまさにこの事。
リーンは嬉しそうに首輪を揺らしたりしてはしゃいでいるが、正直俺はそんな場合ではなかった。
"他国のお姫様を奴隷にした"。
そりゃあもう取り返しがつかない所の話ではない。
もしこんなのが知れ渡ったら普通に死刑案件だ。
「な、なんで!?ちょ、とりあえず外さないと………!」
「嫌です」
「それこそなんで!?」
「だって…………皆さんだけずるいではないですか。私も"私はマシロさんのものだ"とアピールしたいです!」
「むぅ……………って。いやいや、それならペンダントとかプレゼントするからさ」
とりあえず首輪を外してくれ…………。
信じて娘を託してくれたユラさんとバスさんに申し訳なさ過ぎる。
ダグラスさんも笑ってないで止めてくださいよ。
「たしかにペンダントも魅力的ですが、これでないとダメなんです」
「その心は?」
「興奮するから、です」
「そっか………………ん?今なんて?」
「冗談ですよ。ともかく、私はこの首輪が良いんです!」
「これもアクセサリーのようなものです!」とあながち暴論とも言いづらい事(?)も付け足し、リーンはグッと力強く拳を握る。
聞き間違いか?
今、とんでもない言葉が飛び出たような……………。
訝しげにリーンを見つめるが、ハテナ顔で傾げられたのは純粋な瞳。
「……………まったく、怒られる時は一緒に怒られてもらうからね?」
「………!はい、もちろん!」
まぁ結局はリーンがどうしたいかだもんな。
俺がどうこう言うようなものでもないし、なによりリーンは王女としてじゃなくて、一人の少女として着いてきたんだ。
その気持ちはなるべく尊重したい。
突然やるのは非常に心臓に悪いことこの上ないが。
「では、ご契約はお二人分でよろしいですね?」
「はい」
「………………」
ダグラスさんの確認に対して、少女はどこか心ここに在らずといった感じでぼぅ………と俯いていた。
先程からずっとこんな風だ。
う〜む、やっぱり勝手に話を進めちゃったのがまずかったかな………………。
でもあそこで"買う"って言わないと、すぐに他のところに話が言っちゃいそうだったし…………。
「マシロ様、こちらにお願い致します」
「あ、はい」
前やったように描かれた魔法陣の上に血を一滴垂らすと、陣が純白の輝きを放ち、二人の首輪に印を刻んで行く。
どちらも幾何学模様なことに変わり無かったが、少女の方が少し複雑そうな印が刻まれていた。
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