第136話 魔王と少女
かなり近いな……………お、あそこか!
風を切る音を感じながら辺りに視線を巡らせ、正面の開けた荒野の道に一台の馬車と檻、それを囲む魔物の大群、そしてそれを率いる謎の大男を発見した。
………………ありゃ魔王だな。
オーク…………いや、鬼人か?
三メートル近くある筋骨隆々の体は黒く染まり、鋭い牙と角が光を反射してきらりと輝いた。
顔面は憤怒の表情で固定されており、まるで
肩に担いでいるのは巨大な大剣。
大勢の配下を引き連れ、ドンと構えるその姿はまさに魔王と言うに
〈鑑定〉によると"魔王バルガム"という名らしい。
あの魔力…………。
う〜む、まさかこのレベルの魔王がこうも頻繁に現れるとは。
バーゲンセールじゃないんだから…………。
バルガムは迫る俺を見据えて肩に担いでいた大剣を下ろし、衝突するすんでのところで思いきり斜めに振り上げる。
黒剣と衝突。
ガギィン!と甲高い金属音と共に眩しい火花を撒き散らす。
お互いに弾かれてバルガムがよろよろと数歩後ずさった。
檻の前に着地し、リーンを降ろしてから後ろを振り返る。
檻の鉄格子の向こうでは、首に黒光りするゴツい首輪を付けた赤髪の少女が呆然とこちらを眺めていた。
全体的に薄汚れていて、着ているのはヒラヒラしたワンピース一枚だけで靴さえ履かせてもらえていないようだ。
酷いな………………目立った傷は無いみたいだけど…………。
"隷属の首輪"をしていると言うことは、この子も奴隷なのだろう。
たぶんあっちで四肢をひしゃげさせてる男が元主か奴隷商か。
どちらにしろ少々面倒くさい展開だな。
『………………オマエ、ナニモノダ』
「俺?ん〜、まあ通りすがりの冒険者ってことで」
大剣を持った右腕をだらんと脱力させながら放たれたバルガムの言葉は、どこか濁りと単調さが混ざっていて、聞き取るのが中々難しい。
黒剣をピッと払い、半身の体勢で大きく引いて構える。
檻の中の子も気になるが、とりあえず今はこいつを先に倒そう。
治療するにも外野がうるさいと厄介だ。
面倒事に関しては……………………………ダグラスさんに任せるとしよう。
『ククッ…………!』
「ん?」
何がおかしいのか、突然バルガムが腹を抱えて大きな声で笑いだした。
憤怒の表情で笑うってのもおかしな話だが。
違和感しかない般若が笑うその光景にリーン共々、若干引いていると、不意にピタリと笑いを止め、バルガムが俺を指さす。
そのテンションの移り変わりの激しさは何なんだ………?
『ククク……………ソンナ
明らかに見下した
はーいぷっつんきました。
今お前俺に対して言っちゃいかん事言ったからね?
ちっこい?
しょうがないだろ、二百年経っても不老不死の影響で十六歳の時の肉体から成長できないんだから!
成長しないんじゃなくて、成長できないの!!
身長の話題は自分で言うのもあれだが、俺にとって地雷だ。
「よーしお前そんなに早く死にたいなら─────────ってあの、リーンさん?」
わざわざ剣を収めてボキボキと握った拳で指を鳴らしながら前に出ようとした直前、ずっと隣に居たリーンの様子がおかしい事に気がついた。
表情は俯いていて見えないものの、魔力がまるでリーンの心情を顕著に表すかのようにゆらゆらと立ち昇る。
あまりの魔力の強大さに空気が歪んだ。
………えっと………………もしかしてもしかしなくても怒ってます?
黙っているだけで魔物達を
「マシロさんの悪口を言うなんて………………許しません!!!」
『ヌゥッ!?』
ばっ!と手を振り上げ、勢いよく下ろすと同時に周囲の地面がべこりと
地面は圧力に耐えきれず悲鳴を上げながらひび割れ、巻き上げられた砂煙がもうもうと立ち込める。
バルガムでさえ、まるで上から超重量の力士にのしかかられているかのごとく片膝と片手をついて苦しそうに
じゅ、重力魔法……………。
難しい古代魔法の中でもさらに高難易度である、この世の
選択した魔法の殺意の高さに戦慄する。
そんなに怒る………?
「怒ります!」
「そ、そっか……………」
ふんす!とリーンが鼻息荒く詰め寄る。
すまん、俺の事で怒ってくれるのは嬉しいんだけど、そんなに近いと思わず目を背けてしまうんだが…………。
「だいたいですね!」、とひたすらに俺の事を語り始めるリーン。
目の前には苦悶の表情(?)で苦しむバルガム、後ろには何とも言えない微妙な表情でこちらを見つめる少女が居ると言うのにも関わらず。
恥ずかしいことこの上ない。
『オオオオオオオッ!!』
「「っ!」」
雄叫びを上げ、何倍にも増えた重力に逆らってバルガムがゆっくりと立ち上がった。
俺とリーンは瞬時にそれぞれの拳と大鎌を構える。
ドスッ!と重々しく一歩が踏み込まれた瞬間、
思わず吐血したガムバルの体が数メートル浮かび上がる。
そして、そんな彼が捉えたのは目の前で血の大鎌を振りかぶったリーンの姿。
大剣でガードする暇さえ無く、ザンッ!と一太刀の元に両断された。
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