第127話 巨人の魔王ガンマ






ズズゥン………!



重々しい地響きが防壁を揺らし、巨大な影が兵士達を覆う。

ただでさえ謎の爆発でてんやわんやだった兵士達からすればまさに蒼天の霹靂へきれきだ。



「クハハハ!聞いていた通り、強そうな気配がビンビンするぜ………!」




国を守るはずの防壁を軽く凌駕りょうがする巨体を豪快に揺らし、にやりと好戦的な笑みを浮かべるのは"巨人の魔王"ガンマである。


腰に布を巻き付けただけの筋骨隆々とした肉体は鋼の強度を超え、繰り出される拳は一撃で地形を変える威力。

またその身一つで国家を相手できるとも言われ、魔王連合の四大魔王として名を連ねるとても有名かつ実力派の魔王だ。

当然、吸血鬼族の中でもその名を知る者は多く、実際に彼を目にした門番達はすぐに上層部へと伝達を向かわせた。




そんな兵士達には目もくれず、奥の城を眺めてガンマは一層笑みを深める。

わざわざここまで来たかいがあった。

早く出てこい、早く出てこい…………!

彼は己のたける本能を抑えながら、ひたすらに城を睨みつける。




(早く来ないと民が傷付くぞ…………何故、動かない?)




しばらく待ったが、向こうからは一切動きが見られなかった。

伝令は伝わったはずだ。

なのに突然の襲撃に右往左往しているとかではなく、

心の揺らぎも、気配も何もかも、死んでいるのではないかと思ってしまうほどシンと静まり返っている。


全く動く気配が見られない。

これは予想外だ。



(適当に攻撃してれば、そのうち一番強い奴が出てくると思ったんだが…………)



対して止まることを知らない悲鳴が木霊こだます眼下を見下ろして、ガンマは不満げに顔をしかめる。

彼が頭に浮かべるのはつまらないの一言のみ。

せっかくナワバリから離れたこんな所まで来たのに、今のところ誰一人として強い者と巡り会えていない。

いくらつついても出てくるのは背丈も魔力もちっこい雑魚ばかり。

楽しい戦いができると思って来たガンマからすれば残念でしかない。



「ちっ、鬱陶しいな」



防壁から放たれた数々の魔法を、うんざりと口をへの字に曲げながら腕で振り払ってあっさりとかき消す。

痛くも痒くもない。


彼にとって、ここで防壁を破壊し国を滅ぼすことは造作もない。

やれと言われれば今すぐにでも出来る。

楽勝だ。


しかし、それでは面白くもなんともない。

ガンマが求めるのは強者。

彼は殺戮を好んでいるのではなく、ただ強者との高め合いを求めているのだ。



─────────────が。




「出てこねぇってなら話は別だ」



次は国を守る防壁を壊してしまおうか。

巻き添えで何人か確実に死ぬだろう。

守りが無くなり、死者も出たとなればさすがに動かざるを得まい。


巨大な拳が力強くギュッと握り締められ、真上に掲げられる。

何やら防壁の上に居る兵士達が何か叫んでいるように見えるが………………彼からすれば知った事ではなかった。


ガンマは唇の端を歪め、無慈悲にも鉄拳を振り下ろす。



「っ!?」



しかし、あと数センチで防壁を粉々に破壊する寸前、背筋をゾワッと駆け抜けた恐ろしい気配にピタリと腕を止めた。

発生した風圧で防壁にヒビが入るが、そんなのは全く気にならない。


物凄い勢いで迫る、体を貫くかのような鋭利な気配。

城に鎮座していた気配すら軽く凌駕するそれは、今まで戦ってきた数々の者のどれとも一致しない異質な雰囲気を有していた。

もはやダグールなんぞガンマの眼中には無く、不敵に口角を吊り上げてバッと勢いよく振り返る。



「"血の大鎌ブラッティ・サイズ"…………!」

「クハハハ!何という強烈な気配だ!おいお前、俺と闘え!」



拳を引き絞るガンマと相対するのは、言わずもがな翼を大きく広げて血の大鎌を構えたリーンだ。

まだ残っていたマシロの血の効力で、あっという間にダグールへとたどり着いたリーンは、この男を魔王だと認識するとすぐさま攻撃態勢に入った。


彼女が視界の端に捉えたのは、破壊された門と散らばる瓦礫の数々。



何が壊された?怪我人は?皆は無事?



色々な思考が頭を過った。

しかしそれはすぐに怒りに変換され、大鎌を持つ手にギュッと力が篭もる。



次の瞬間、ガンマの視界からリーンが消えた。



「っ、どこに──────!?」



渾身の一撃が虚しく空を切る。

反射的に顔を上げると、サンサンと降り注ぐ日光の向こうに黒い影が見えた。


直前でボバリングして宙を舞ったリーンは太陽を背に体をひねり。



「はぁ!」



自他ともに認めるその鋼の肉体を易々やすやすと斬り裂いて、ガンマの野太い腕を斬り落とした。




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